目次

  1. 和裁を学んだ母が起業
  2. 分業制と機械開発で生産性向上
  3. 機械の勝機はカーテンにあり
  4. 働き方もオーダーメイドに
  5. 「ゆかた作り体験」を事業の柱に
  6. 工場見学が刺激した職人魂
  7. 仕立屋の意地で生まれた新商品
  8. 続けられる経営を目指して

 ラポージェは姉妹の母・白石末子さんが、大病の影響で動かしにくくなった手のリハビリのため、30代で和裁を学んで起業しました。10代から和裁を学ぶ学生が、そのまま講師から仕事を請け負う徒弟制度に違和感を覚え、独立を決意したといいます。

 1990年に現在の場所に工場を建設して法人化。高い技術力で着物のナショナルチェーンなどに取引先を広げています。2024年5月時点の社員は20人、年商は9500万円です。

ラポージェの社屋(北條巧磨さん撮影)

 姉の小百合さんは「私も妹も、物心ついた時から家業を手伝っていました。晴れ着や浴衣のシーズン前は多忙で、母は家に戻るひまもありませんでした」と振り返ります。

 1980年代後半ごろ、製造業は安い労働力を求めて海外に進出。末子さんは高卒の新入社員採用を機に、一人の職人が全工程を手縫いで進めていた着物づくりの分業化を進めました。

 「母は初心者も熟練者もできるように、手縫いの工程を15分割する分業制にしました。海外との競争力を高めるため、ミシンによる着物づくりにも挑みました」(小百合さん)

 短大で被服を学んだ麻祐さんは「『ミシンは縫い目が汚くなる』というのが伝統的な着物づくりの定説でした。ミシンは曲線が多く立体的な洋服づくりに最適化されており、生地をずらさずに真っすぐ縫う着物づくりは難しかったのです」と説明します。

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