目次

  1. 会社は誰のものか?
    1. 会社の所有者は株主
    2. 経営権と所有権の違い
    3. 家族経営における「家族のもの」としての感覚
  2. 会社は誰のためにあるのか
  3. 後継者としての心構え
    1. 経営権を持つということの本質を知る
    2. 経営者としての覚悟を持つ
  4. 規律を重んじた経営を実施するために必要なこと
    1. 家族経営の潜在的なリスク
    2. コーポレートガバナンスの体制を整える
    3. ガバナンスを強化する方法
  5. 「会社は誰のものか」を考えて後継者としての心構えをしよう

 中小企業を引き継ぐ立場になった際、ふと頭に浮かぶのが「そもそも、会社って誰のものなんだろう?」という問いかもしれません。創業者の思い、社員の生活、取引先との信頼関係、地域とのつながりすべてが会社を形づくる大切な要素です。しかし、経営のかじ取りを担う者として、この問いに自分なりの答えを持つことはとても重要です。ここでは、会社は誰のものかについて解説します。

 株式会社の所有者は、株式を保有している「株主」です。株主は必ずしも経営に参加するとは限りませんが、株主総会で経営に関わる重要な議決に参加する権利があります。

議決 内容 可決割合
普通決議 取締役・監査役の選任、役員報酬、剰余金の配当など 議決権のある株式の1/2超
特別決議 定款の変更、合併・会社分割・株式交換・株式移転、合意による特定の株主からの自己株式の取得など 議決権のある株式の2/3超

 議決権は原則として株式数に応じて1株当り1票で、配当や解散の時の残余財産も株式数に応じます。

 会社の経営は、株主総会での議決で選ばれる「取締役」が行います。会社を代表する取締役を代表取締役といいます。取締役は、多くの株主から「日常の経営判断と意思決定を任された」存在であり、経営権を託されています。

 経営者の役割は、会社の業績を上げて収益を最大化し、株主に配当が還元できるよう務めることです。株主の期待に応えられない場合は、報酬が減らされたり、解任されたりします。

 株式会社には株主が経営する「所有者=経営者」の場合と、株主以外が経営者となる場合があり、後者を「所有と経営の分離」といいます。株主は必ずしも優れた経営者とは限らないので、経営の専門能力のある経営者に委任して業績を上げることを狙ったものです。

 家族経営は同族経営やファミリービジネスなどとも呼ばれます。

 少し前のデータになりますが中小企業白書(2018年度版)によると、中小企業の約72%がオーナー経営企業で、企業の規模が拡大するにつれて、所有と経営が分離している企業の割合が増加しています。

第2節 企業の統治構造の整備状況 第1-4-5図|中小企業庁
出典:第2節 企業の統治構造の整備状況 第1-4-5図|中小企業庁

 日本では家族が中心になって事業を展開する家族経営の企業の比率が高く、会社の「所有者=経営者」の比率が非常に高いです。

 個人事業として家族の協力を得て創業する場合は、事業主自身が出資し、所得も事業主のものです。「事業は家族のもの」と考えることは間違いとはいえません。その後、事業規模が拡大して法人化しても「会社は家族のもの」の意識が続く場合もあるでしょう。この意識の共有が家族に一体感をもたらして、協力し合い、支えあって事業を拡大してきた場合は、特にこの意識が強いと思われます。

 前章で「会社は株主のもの」と説明しましたが、会社は株主のためにあるのでしょうか。

 結論から言えば、株主のためだけに会社があるのではありません。会社は、会社自身を取り巻くさまざまな関係者のために存在します。

 2022年版中小企業白書によると、経営理念・ビジョンの内容のなかで、「顧客・取引先」「社会」「社員」「地域」といった関係者を意識している企業が非常に多いことがわかります。また「貢献」「信頼・信用」「安心・安全」という言葉から、回答企業が関係者との関係のなかで重視している価値観がうかがわれます。

第2章 企業の成長を促す経営力と組織 p.Ⅱ-145|中小企業庁
出典:第2章 企業の成長を促す経営力と組織 p.Ⅱ-145|中小企業庁

 経営をするうえで、直接的または間接的に影響を受ける関係者を「ステークホルダー(stakeholder)」または「利害関係者」といいます。英語の「stake(掛け金)」「holder(保有する)」に由来する言葉で、哲学者のR・エドワード・フリーマンが1984年に著書のなかで主張しました。利害というと経済的な関係のイメージがありますが、社会的な関係者も含め、企業と関わりのある関係者を幅広く捉えることが重要です。

 企業が円滑に経営を行って収益を確保するためには、ステークホルダーと良好な関係を築くことが理想です。しかし、全てのステークホルダーの利害が一致することはあり得ないため、どこを重視するか、企業によって姿勢に違いが生じます。

直接的ステークホルダー 間接的ステークホルダー
企業活動から直接影響を受ける、または活動に直接影響を与える団体や個人 企業活動から直接影響を受けない、または活動に直接影響を与えないが、間接的な影響がある団体や個人
株主、投資家
顧客、消費者
取引先(仕入先、販売先、外注先など)
従業員
金融機関、債権者
など
行政機関
地域社会
報道機関
従業員の家族
業界団体、関連団体
一般大衆
など

 例えば、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドでは、以下をステークホルダーとして挙げています。

ステークホルダー・エンゲージメント|株式会社オリエンタルランド
出典:ステークホルダー・エンゲージメント|株式会社オリエンタルランド

 近年、ステークホルダーとの関係性が重視される背景には、下記のような関心の高まりが挙げられます。

  • CSR(企業の社会的責任)
  • SDGs(持続可能な開発目標)
  • 持続的な成長
  • リスクマネジメント
  • 「ステークホルダー資本主義」の提唱

 これらの潮流が示しているのは、企業は単に株主の利益を追求するためだけに存在するのではなく、関わるすべてのステークホルダーの信頼と期待に応える存在であるべきだということです。つまり、「会社はステークホルダーのためにある」という考え方が、現代の経営における新たな常識になりつつあるのです。

 会社を受け継ぐということは、単に経営権を引き継ぐだけではありません。これまで築かれてきた信頼や文化、社員や取引先との関係、そして地域社会とのつながりまで含めて、すべてを守り、次の世代へとつないでいく役割を担うことになります。プレッシャーを感じる場面もあるかもしれませんが、だからこそ「後継者として、どんな心構えで臨むべきか」を考えることが、これからの第一歩になります。自分らしい経営を描くための土台として、心の準備を整えていきましょう。

 会社は株主のもので、経営権は取締役が持っています。株主=経営者の家族経営の後継者には「会社を自由に経営できる」と考える人もいるでしょう。しかし、「会社は誰のためのものか」の視点で考えると、幅広いステークホルダーに支えられて会社が成り立っていることが理解できます。

 中小企業白書2023年版に載っている、事業承継した企業の「後継者の選定理由」のアンケート結果から、先代の経営者が後継者のどこに期待しているかがわかります(参照:変革の好機を捉えて成長を遂げる中小企業 p.Ⅱ-122|中小企業庁)。

 「経営者としての自覚・当事者意識を備えたため」が4割を超えて最も多く、「自社や他社で十分な実務経験を積んだため」「経営者として必要な知識・スキルを習得したため」が続きます。

 後継者が経営者として覚悟を決めたことを見極め、経営者としての資質や能力を備えたタイミングで引き継ぐ企業が多いと考えられます。

変革の好機を捉えて成長を遂げる中小企業 p.Ⅱ-122|中小企業庁
出典:変革の好機を捉えて成長を遂げる中小企業 p.Ⅱ-122|中小企業庁

 このアンケート結果から読み取れるのは、「後継者が経営権を持つこと」は単なる形式的な地位の継承ではなく、深い責任と覚悟を伴うものだということです。

 これから事業を引き継ぐ立場にある人は、まず「自分は経営者として、どんな価値を会社にもたらすのか」「会社をどのような方向に導きたいのか」といったビジョンを持つことが大切です。その上で、経営に必要な実務経験や知識を積み、社内外のステークホルダーと信頼関係を築く努力を惜しまないことが、信頼される後継経営者への第一歩となるでしょう。

 経営権を持つことは責任も伴います。権限をどのように使うかをじっくり考え、覚悟を持つことが大切です。

経営者の基本的な責任 企業のリーダーとして利益を最大化し、ステークホルダーに対して責任を果たす
未来への責任 経営理念を継承しながら、時代や市場の変化に合わせたビジョンを長期的な視野で考え直し、企業の成長を図る
過去を活かす責任 組織文化や価値観、蓄積されてきた強みに感謝し、敬意を払い、次代に継承する
従業員を守る責任 業務に精通した従業員の働きが企業を支えている。従業員が安心して安全に働ける環境を整え、幸福な生活を約束する
同族の代表としての責任 家族経営の場合、家族の生計を支える責任も伴う。同族内で信頼され、融和を図って中心的な存在となり、次代へ承継する
リスクに対応する責任 事業に大きな影響を与える可能性のあるリスクを予測し、事前に備えることで事業を継続する
地域や社会への責任 多くのステークホルダーに価値を提供して良好な関係を築き、支持されることで持続的に事業を展開する

 変化の速い現代の経営環境のなかで、これらの経営者の責任を果たしていくためには、常に学び続ける姿勢を取り、経営者として成長していくことが必要です。

 家族経営を安定して長く続けていくためには、後継者自身が規律を重んじる姿勢を持つことが欠かせません。曖昧なルールやその場しのぎの判断は、信頼の低下や組織の混乱を招きかねません。ここでは、家族経営において規律を重んじた経営を実施するために必要なことについて解説します。

 家族経営では、同族内の関係や価値観を反映して意思決定を行う場合も多いですが、「家族経営なので許される」とステークホルダーが受け止めるとは限りません。合理的、客観的な経営判断を行っている企業と評価されるよう、仕組みを築くことが大切です。

 家族経営のリスクは下記の通りです。

健全な経営が推進できない 同族外の従業員の意見を取り入れずに、同族の利益を重視して誤った経営判断を行うリスクがある
経営が保守的になり、時代に合ったイノベーションを起こしづらい
同族同士の対立 意思疎通が図りやすい反面、意見が対立した場合に修復困難となり、経営に悪影響を生じる可能性がある
相続も関わり、主導権争いが生じる場合もある
後継候補者が限定的 同族内の候補者が限定的となり、経営者としての資質が十分でない後継者が選ばれる恐れがある
公私混同、私物化 会社の資金の私的流用や、私的な生活費や遊興費を経費で精算したり、経理上の不正が起こりやすい
従業員のモチベーション維持が難しい 同族やイエスマンを優遇した不公正な人事が行われ、従業員の待遇に格差が生じ、不満の発生や退職者が出るリスクがある

 上記のリスクの対策としては「コーポレートガバナンス」の体制を整えることが有効です。コーポレートガバナンスとは、企業や組織の健全な経営を自ら管理する体制のことで、経営者の行動を適切にチェックする仕組みとして機能します。

 ガバナンスを強化すると、以下のメリットがあります。

  • 管理体制が機能し、社内の不正や不祥事を未然に防ぐ
  • 企業とステークホルダーの利益が適正化される
  • 健全な経営が推進され、社会的信用や企業価値が高まる

 コーポレートガバナンスは、利益を株主だけでなく、ステークホルダーに幅広く還元し、長期的な視点で持続的な経営を推進する考え方です。

 では、ガバナンスを強化するためにはどのような方法があるのでしょうか。下記は、ガバナンスを強化する方法の一覧です。

内部統制の構築 全社的な業務フローと部門毎の業務フローを分析して適切な管理体制を構築し、情報漏洩や不正を行いづらい「統制」の仕組みを取り入れる
内部監査の定期的な実施 コンプライアンスやリスクマネジメントが適切に行われているかをチェックし、改善を行う
社外取締役、監査役の設置 客観的な視点から経営を監視できる知見のある第三者を任命し、監督する責任と権限を明確にして不正を起こりづらくする
コンプライアンス(法令順守)の徹底 行動規範や倫理憲章を作成して役員と従業員に周知徹底し、法規制を遵守する意識を全社で共有する
リスクマネジメントの実施 発生する可能性のあるリスクを事前に洗い出し、適切な対策を検討する
例:災害に備え、BCP(事業継続計画)を策定
経理業務のIT化 アナログ的な経理業務は不正を行いやすい。会計ソフトの利用、顧問税理士との連携強化などで効率化、見える化を図る

 この他に家族経営の企業は、「同族内の役割分担の明確化と、信頼関係の醸成」「同族以外の従業員の能力の適切な評価、登用」が非常に大切です。

 生涯に500社以上の企業の創業と支援に関わった渋沢栄一は、「事業計画に必要な条件」として以下の5つを挙げています。

  • 第一「今日の世の中に必要であるか、かつ公益的の性質のものであるか」
  • 第二「時代に適応しているか」
  • 第三「資本が確実に得られる成算があるか」
  • 第四「事業を営むにあたって、首脳となりて全責任を負い、十分信頼するに足る人物があるか」
  • 第五「経営に関する詳細なる営業予算はあるか」(詳細な経営計画は立てられているか)
    参照:『経済と道徳』p.195~197 事業計画に必要な条件

 これらのアドバイスから、家族経営の後継者に求められる心構えを考えてみましょう。

  • 第一と第二の課題:これまで成功を収めてきた事業であっても、現代の世の中に必要か、時代にマッチしているか、改めて考え直す
  • 第三の課題:現在の会社の資産、先代の信用で確保した資金を継続して運用できるか検討する
  • 第四の課題:自分自身が、経営の全責任を負い、信頼できる人物になれるか自問自答をする
  • 第五の課題:経営計画を改めて作り直す

 もっとも企業は多くのステークホルダーに囲まれて成り立っており、経営者は孤独ではありません。それは後継者であっても同じです。上記の心構えも必要ですが、ステークホルダーの協力も十分活用することが経営者として成功するための秘訣です。