80歳が「遊べる」金久保製作所 若手もベテランも強み生かせる生産体制

空圧制御機器や医療用機器などに使われる、金属部品の切削加工を主に手がける金久保製作所(さいたま市岩槻区)。勤続65年の80歳が業務の合間に自由気ままにものづくりをすることを許容する雰囲気が、未経験や若手の採用につながっています。3代目の武野谷翔吾さんは若手とベテラン、汎用機と最新工作機械のミックスしている生産体制の強みを残しつつ、次の一手を模索しています。
空圧制御機器や医療用機器などに使われる、金属部品の切削加工を主に手がける金久保製作所(さいたま市岩槻区)。勤続65年の80歳が業務の合間に自由気ままにものづくりをすることを許容する雰囲気が、未経験や若手の採用につながっています。3代目の武野谷翔吾さんは若手とベテラン、汎用機と最新工作機械のミックスしている生産体制の強みを残しつつ、次の一手を模索しています。
目次
金久保製作所には、22歳から80歳までの技術者が働いています。中ロットの部品を製造する仕事が多いため、中規模の工作機械を多く取り揃え、それぞれのマシンに担当者を充てています。
そのため2つある工場にはNC旋盤11台、マシニングセンタ16台が所狭しと置かれていて、これらの機械は主に若手や中堅が担当しています。
一方、汎用機と呼ばれるアナログの工作機械も複数置かれています。NC旋盤などでの加工が思うようにできなかった、加工の際に誤って傷をつけてしまったので直したい、小ロットのため汎用機で加工した方が早い……。このような業務を、60歳以上のベテランが担当しています。
つまり、若手が新しい工作機械を使って行っている加工や作業のサポートを、ベテランがこれまで培ってきた技術で担っているわけです。その他、NC旋盤で使う治具なども、ベテラン技術者が汎用機で製作しています。
ベテラン技術者には、仕事がないときもあります。ベテラン技術者の一人でもある2代目の武野谷富之会長は「そんなときは遊んでいます」と笑いながら話します。
会長の話す遊びとは、自由気ままにものづくりを行うとの意味で、実際、玩具のようなオブジェクのようなユニークなものや、端材を組み合わせたロボットなどを製作。友だちから頼まれたバイクの部品を加工したり、畑仕事で必要なポンプの部品を手作りで直したりしているメンバーもいます。
「皆さん技術力があるので、とにかく仕事が早いんです。そのため仕事は素早く終えて、自分の好きな、趣味なのか遊びなのかそれとも仕事なのかよく分からないものを自由に作っているようです。ただ、このような環境でいいと思っています」と、3代目の武野谷翔吾さんは話します。
というのも、若い従業員はこのように自由にものづくりを楽しめる環境に魅力を感じ、入社しているケースが少なくないからです。
また、ベテランからサポートを受ける際、どの程度負荷をかけたらドリルが折れてしまうのか。削りクズはどれくらい発生するのかといった、加工の基本を学ぶことにもつながっていて、NC旋盤でトラブルが生じた際の対応にも生きています。
ただ武野谷さんが家業に入ったとき、自由な環境ではありましたが、自身が32歳で最年少と、メンバー構成は今とは異なっていました。というのも、幼いころから何となく家業を継ぐと考えていた武野谷さんですが、大学卒業後に入社した世界的な大手工作機械メーカーで、海外赴任も含めそれなりのポジションに昇進していきます。
そのため会長は、家業を継がないかもしれない。であれば事業を縮小もしくは畳むことも考えていたため、意図的に若い従業員を採用していなかったからです。
しかし、武野谷さんは2017年に家業に入ることを決意。一転、同業者の事業を引き継ぐなどして、事業の拡大に舵を切ります。
一方で、課題も抱えていました。自由な環境を実現するためにと従業員の肩書きは一切なし、フラットな組織としていましたが、不良品やトラブルが発生した際、誰が責任を取るのかで揉めるなど、社内がギスギスするようなことが度々あったからです。
そしてあるとき、事件が起きます。小競り合いが大きくなり、その中心メンバーであった40代の中堅技術者3人が退職したい、と告げてきたのです。加えて、家族も働いていた外国人従業員3人も辞めることになりました。
ただ、引き止めることはしませんでした。一見すると痛手のようですが、「以前のようなギスギスした雰囲気がなくなり、社内が穏やかになりました」と武野谷さんは言います。逆に若返りのチャンスだと捉え、積極的に若手を採用していきます。
コーポレートサイトの採用ページを充実させたり、大手採用媒体に出稿したりもします。求人原稿を作成する際には、ものづくりの楽しさが味わえる環境であること。若手からベテランまでが和やかな雰囲気の中で仕事に取り組むことができる、そのような環境のもと、若手や未経験者でも技術や経験が身につくことを強調しました。
とはいえ現在は、特に金久保製作所のような町工場の採用は厳しいのが実情です。また、ものづくりが好きといったフレーズは、「どこの会社でもやっていることです」と、武野谷さんは話します。
しかし、金久保製作所の採用ページを見ると、「若手活躍中」「フランクなコミュニケーション」「定着率が高い」「ものづくりのやりがい」などとの言葉だけでなく、先述したロボットの写真や実際に加工している様子を撮影した動画なども掲載。20代から80歳までのメンバーが楽しそうに仕事をしている。まさに金久保製作所らしさを、飾ることなく自然に表現しているように感じます。
そしてこのように飾らない、フランクでストレートな言葉や映像は、特定の人には深く届くものです。現に大卒の新入社員が複数人、手に職をつけたいと30代の女性未経験者などの入社が実現しています。
未経験者を積極的に受け入れているのも特徴です。実は会長が家業に入ったのは40歳を超えてからで、それまではまったく別の仕事をしていました。そのため採用のポイントは、ものづくりが好き。まわりの人と協調性がある。和やかな環境を好むといった点であり、経験の有無や性別、年齢は関係ないからです。
実際、半年前に未経験で入社した女性メンバーは「採用ページに載っていったロボットや会社の雰囲気に惹かれました。面接で工場を訪れた際には工場をしっかりと案内してくれて、その通りの雰囲気だと思い入社しました」と、話します。
所有する工作機械がほぼフル稼働するほど、仕事はひっきりなしにありますが、新入社員をすぐに現場で働かせるようなこともしません。たとえば先の女性メンバーは職業訓練校に9カ月ほど通ってから、金久保製作所に入社しました。
他の新入社員もメーカーや県などが開催する工作機械関連の研修で学んでもらってから、その後はOJTを行っていく。また、さまざまな加工技術が身につくよう、数カ月単位で担当の工作機械をローテーションするなど、育成についても従業員ありきで、丁寧に行っています。
「従業員1人ひとりの幸福を実現する」との経営理念を掲げる金久保製作所。具体的な取り組みを聞くとここでも「ものづくりの楽しさを仕事を通じて感じてもらうことだと思っています」と武野谷さんは言います。
つまり、歳を重ねたからといって現場から外すようなことはせず、とにかく現役でいつまでもものづくりを行える。しかも落ち着いた環境で、です。
実際、東京から今の場所に移転して来た際も一緒に移り住んできた、勤続65年の島田久さんに話を聞くと「仕事ができていること、ものづくりをしていることがとにかく楽しい。社長や会長をはじめ、会社の雰囲気が穏やかなのもいいですね」と、長く働いている理由を笑顔で話しました。
最近では、金久保製作所らしいものづくりの楽しさや自由な雰囲気をより多くの人に伝え、採用や新たな販路や顧客開拓につなげようと、ベテランが遊びで作った製品をギフトショーやコンテンストに出展するとの取り組みも行っています。
一方で、これから先は若手人材が減っていくこともあり、以前にも増して効率的な生産を考えています。具体的には若手とベテラン、汎用機と最新工作機械のミックスとの現在の生産体制を見直し、ベテランが汎用機で行っている加工技術を、NC旋盤などでも再現する。そのような取り組みにも挑戦しています。
しかし、すべて自動化してしまったら金久保製作所らしさがなくなりますし、それこそ自社の存在価値もなくなるのではないか、とも考えていると武野谷さん。最後に経営者らしい正直な胸の内を吐露しました。
「フラットな組織は維持しながらも、何がこれからの時代においてベストなのか。同業者に限らず、さまざまな業界の経営者の話を聞いたり工場を見学したりした上で、自身でブレインストーミングするなど日々試行錯誤を続けていきます」
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。