IT活用で客層の変化をつかむ コロナ禍で売り上げを確保した老舗観光業
コロナ危機が観光業を直撃する中、伊勢神宮門前の飲食・土産物店「ゑびや」と、神奈川県・鶴巻温泉の老舗旅館「元湯陣屋」は、それまで培ったIT施策を土台にしたデータ活用で、ウィズコロナ時代のおもてなしを進めています。老舗観光業のIT活用について、両社の経営者へのオンライン公開インタビューの模様をお届けします。(聞き手:広部憲太郎、構成:牧野佐千子)
コロナ危機が観光業を直撃する中、伊勢神宮門前の飲食・土産物店「ゑびや」と、神奈川県・鶴巻温泉の老舗旅館「元湯陣屋」は、それまで培ったIT施策を土台にしたデータ活用で、ウィズコロナ時代のおもてなしを進めています。老舗観光業のIT活用について、両社の経営者へのオンライン公開インタビューの模様をお届けします。(聞き手:広部憲太郎、構成:牧野佐千子)
インタビューに答えたのは、ゑびや代表・小田島春樹さんと、元湯陣屋の女将・宮崎知子さんです。地域も業態も異なる2人ですが、ともに配偶者の家業を引き継ぎ、ITの力を使って老舗を急成長させたという共通点があります。
ゑびやの小田島さんは元々起業家志向で、ソフトバンク勤務を経て、2012年に妻の実家が営む「ゑびや」に入りました。1912年創業で伊勢神宮の参道という好立地にある店でしたが、「当時は撤退戦のような話も出ていて、不動産事業を手がけようとしていました。でも、うまくいかず、店舗ビジネスを再構築しなければいけませんでした」
店で販売する土産は古めかしく、店頭の食品サンプルは日焼けして色褪せ、店内は広い桟敷が広がる海の家のような雰囲気でした。当時は電卓やそろばんを使いながら、食券の裏に手書きでメモをして会計するアナログな管理手法でした。
小田島さんは段階を踏んで、店舗運営のIT化を進めていきました。そろばんからエクセルに変え、エクセルでデータベースを作り、POSレジを導入しました。そこから機械学習による来客予測に着手。伊勢神宮参道の通行客の画像解析によってAIデータを収集して来客予測し、2018年にはデータベースの可視化に行き着きました。
老舗の従業員にIT化を理解してもらうのは難しくなかったのでしょうか。小田島さんは「特に苦労することはなかった」と言います。「私たちは普段、スマートフォンやカーナビを使って特に苦労することはありません。同じように、日々の大変なことや無駄なことを、デジタルに変えていっただけなのです」
「使い方が分からない」という先入観や苦手意識で尻込みする従業員はいましたが、使える人が教えることで、次々と使いこなせるようになったといいます。では、IT化を進めるために、経営者として必要なものは何でしょうか。小田島さんはこう話します。
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「事業承継ならステークホルダーとの交渉力が必要ですし、従業員への根回しも欠かせません。デジタル化で大切なのは、テクノロジー云々ではありません。組織におけるマネジメント力と決定力の問題なのです」
インタビューは2人同時に、対談形式で行いました。小田島さんの話を聞いた陣屋の宮崎さんからは「通行量で来客数を推し量るシステムは飲食店にとって夢のようなアイデアです。どのような発想で構築したのでしょうか」という質問がありました。
小田島さんは「会社員時代にパソコンを売っていた際、どのエリアなら売れるかを計算しました。通行量が多くて可処分所得の低いエリアでは、安いパソコンが売れるといった法則が分かりました。人間の行動には共通点があり、数学的に計算できる部分があるのではないでしょうか。どの店にお客さんが入るか分からない観光地でも、予測は立てられると思っています」と話しました。
陣屋の宮崎さんは2009年、夫婦で事業承継しました。前年に旅館のオーナーであった夫の父親が急死し、女将だった義母も体調を崩したことで、大手自動車会社のエンジニアだった夫と宮崎さんに、急きょバトンタッチされました。
リーマン・ショックの直後で、かつて鶴巻温泉に17軒あった旅館はわずか3軒に減少。陣屋の売り上げも3億円を割り、借入金は10億円に膨らんでいました。M&Aの話が進んでいましたが、提示された買収金額は1万円だったといいます。
「売り上げはバブル崩壊直後から低迷していて、団体旅行から個人旅行への変化など客のニーズにも対応できておらず、にっちもさっちもいかない状態でした」と振り返ります。
承継直後は、旅館経営の核になる情報が共有されていませんでした。顧客情報は入院中だった前の女将しか知らず、営業に関する情報も担当者の手帳にしかありません。食材の在庫管理も、板前が冷蔵庫を開いて「これくらいあれば、今月は持つかな」と確認するどんぶり勘定でした。社員20名に対してパート社員が100名以上いましたが、ノートに手書きで管理されており、人件費が月末まで不明という状態でした。
それでも、従業員たちの危機感は薄かったといいます。宮崎さんは「90年続いたから大丈夫、いざという時は創業家が頑張る、という甘い見通しが社内全体にありました」と話します。
宮崎さんは経営改善策として、四つの方針を決めました。
・情報の「見える化」
・PDCAサイクル
・情報は持つだけでなく活用させる
・仕事を効率化し、お客様との会話と接点を増やす
宮崎さんは顧客の利用履歴を、おもてなし向上や次回の営業機会につなげるため、顧客管理システム(CRM)を導入。ウェブサイトやSNSを通じた情報発信にも努めました。
それでも、周りからは「接客はFace to Faceだから、機械を入れたらお客さんに嫌われるよ」と忠告されたこともあったといいます。「アナログからデジタル化に踏み切ったのは、バックヤードの業務を圧縮することで、接客の時間を増やすためでした。そこを理解してもらうまでには、時間がかかりました」
小田島さんからは、宮崎さんに「デジタル化したからといって、売上が飛躍的に伸びるわけではありません。ネット予約での戦い方をどう進めましたか」という問いがありました。
宮崎さんが後を継いだ当初は、大手旅行サイトを通じた予約も行いましたが、2年前に一切やめて、陣屋のホームページと電話でのみ予約を受け付けています。
「鶴巻温泉は、同じ神奈川でも鎌倉、箱根といった観光地ではないので、大手旅行サイトのエリア検索から流入することはありません。それよりは、陣屋のホームページから流出させないことが必要だと考えています。陣屋での宿泊を旅の目的にしてもらい、一人ひとりに寄り添って、ファン層を広げることに注力したいと思っています」
ゑびやも陣屋も新型コロナウイルスによる影響は避けられませんでした。ITの力でどうやって反転攻勢を仕掛けたのでしょうか。
ゑびやは、伊勢神宮参道の通行量をセンサーでモニタリングしています。店周辺でその日どのくらいの人が歩いたかをデータ収集し、経営戦略や商品開発に生かしています。データによると、伊勢神宮参道の通行客数は、4月は前年対比90%減、5月は同97%減で、コロナの影響が直撃したことが分かりました。
小田島さんがデータを詳細に分析。以前は平日に多く訪れていた高齢者層の旅行が消失し、土日に20歳代が集中するという逆転が起きていました。地域別では、関東圏からの顧客が消失し、地元三重からのマイクロツーリズムが増えていました。「年代によって売れる商品は異なるので、新メニューを考える必要がありました。また、地元客向けに、普段からよく注文してもらえる品揃えにしなければいけませんでした」
客層の変化をデータでつかめたことで、商品設計を速やかに練り直せました。20歳代がよく頼む中価格帯の料理を充実させ、高級食材を日常遣いの食材に組み替えました。若者がよく注文するメニューを店頭の看板に載せたり、メニューや価格を書いたうちわを配ったりするなど、アプローチも工夫。販促物を配り、分析ツールで効果測定する「アナログとデジタルの合わせ技」で危機を乗り切ろうとしています。
逆にコロナ危機でやめたのが、ウェブ広告です。関東圏からウェブの検索で来る客が激減したことで、固定費の削減に踏み切りました。小田島さんは「広告をやめても、何の影響もありませんでした」と言います。
店内の混雑具合のデータを、ホームページや店内ディスプレイに表示して、密を避けてもらう安全対策も行いました。この夏、通行客に占める売上客の割合(入店購買率)は前年対比で113%になりました。
宮崎さんからは「(アイデアを)実行するまでのスパンが早いです」という驚きの声があがりました。小田島さんは「実験が大好きで、やらないと気持ち悪くなります」と答えました。ゑびやが企画した3D来店も「実験」の一つです。ウェブ上で、バーチャルの店内を歩き回りながら、実際に商品もオンライン購入できる仕組みです。「ECとリアルの中間を目指しました」と言います。
陣屋は緊急事態宣言を受けて、4月8日~末日まで休業した影響で、同月の売り上げは97%減となりました。5月1日から、感染防止対策を徹底して一部営業を再開。「Go To トラベル」の効果もあり、宿泊は戻りつつあるものの、宴会・婚礼などの売り上げは全滅しました。
「4月は目を覆いたくなるような状況で、このままではまずいと思いました」。宮崎さんが取り組んだのは、経営基盤の強化と安全安心な環境作りでした。
運転資金を確保するため、「売り上げが2年間ゼロでも持ちこたえられるレベル」の新規借り入れを行いました。コロナ時代の勤務体系にするため、就業規則の見直しも行いました。密にならないよう1万坪の敷地で受け入れる客室数を半減しました。
宮崎さんは「車で1時間以内に移動できる顧客をターゲットに、マイクロツーリズムを見据えたビジネスモデルを立ち上げました」と言います。
「陣屋の味を家庭で楽しみたい」という声に応えるため、おせち料理作りのノウハウを生かし、価格帯数万円の「高級仕出し弁当」「母の日 特製三段重」「父の日 特製二段重」の宅配サービスを始めました。
従業員によるポスティングを行ったほか、CRMで蓄積された11万人分の顧客情報が役立ちました。その中から、購入が見込まれるアクティブユーザーの約1万人を抽出。ダイレクトメールを配信して、注文を受けました。顧客データが蓄積されていたことで、確度の高いプロモーション施策を打つことができました。反響は大きく、日頃のリピーターからの注文も入ったといいます。
※10月8日配信の後編では、経営者がIT化を進めるためのポイントや従業員の理解をどう深めるかなどについて、インタビューをお届けします。
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