「売り上げゼロを覚悟しても」 前掛けを世界に広めたエニシングの試行錯誤
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東京・新宿御苑前に店を構えるエニシングは、伝統の前掛けを年間10万枚生産するメーカーです。ゼロの状態から海外への売り込みを始め、今ではパリの展示会で人気を集めるなど売り上げの3割を海外が占めます。創業社長の西村和弘さん(51)は試行錯誤を重ね、20年かけて海外での評価を定着させました。「最初は売り上げゼロの覚悟が必要」と言う西村さんに、伝統産品を海外に広げるための戦略について、失敗談や教訓も含めて伺いました。
東京・新宿御苑前に店を構えるエニシングは、伝統の前掛けを年間10万枚生産するメーカーです。ゼロの状態から海外への売り込みを始め、今ではパリの展示会で人気を集めるなど売り上げの3割を海外が占めます。創業社長の西村和弘さん(51)は試行錯誤を重ね、20年かけて海外での評価を定着させました。「最初は売り上げゼロの覚悟が必要」と言う西村さんに、伝統産品を海外に広げるための戦略について、失敗談や教訓も含めて伺いました。
目次
エニシングは2025年1月、パリで開かれたインテリアとデザインの大型展示会「メゾン・エ・オブジェ」に出展。横6メートル・奥行き2メートルのブースに、藍色の前掛けや派生商品を並べました。
前掛けは愛知県豊橋市にある自社工場で製造しています。前掛けを作るシャトル織機はどれも古く、1917年製のものもあります。古い機械を使うと生地の風合いが柔らかくなるそうです。西村さんは「100年以上前の機械を使っていると知ったバイヤーからは、『なんてサステイナブルな会社なんだ』と驚かれます」と言います。
会場を訪れるバイヤーは、雑貨などを扱うセレクトショップと取引しています。「そうした店は地球環境への影響を重んじるので、伝統の前掛けがぴったりはまります」
前掛けは腰への負担を軽くする目的で使われ、日本では酒蔵や酒屋の従業員が締めるイメージです。一方、海外は家庭用のエプロンとしてのニーズがあり、ギフト需要も高いといいます。「欧州では歴史を感じさせるシンプルなものが好まれます。キッチン用なのでパイが大きいのも魅力です」
出展は9回目ですが、コロナ禍直後に次ぐ2番目の売り上げを記録し、「5日間で1千万円弱の注文を受けました」。
約2千ブースが並ぶ「メゾン・エ・オブジェ」で、参加者の足を留めるのは容易ではありません。そのコツは何でしょうか。
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「『このブースは面白そう』と2、3秒で気づいてもらうのが、オブジェの鉄則です。前掛けの魅力が一瞬で伝わるよう工夫しています」
エニシングのブースはシンプルそのもの。富士山や葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」をデザインした前掛けは前面に出しつつ、全体のアイテム数を絞り込んでいます。
60年間使い続けた前掛けも飾ることで、歴史を醸しだしています。前掛けの生地を使ったジャケットなども展示し、一緒に生地を開発できることもPRしています。
「環境や生活を大切にするという欧州の思想を理解し、(来場者が)引っかかるポイントを分かりやすく出す。お客さんが吸い寄せられるプル戦略を目指しています。まずはフックとなるものを展示して右脳に訴えかけ、興味を持ってくれた人の左脳に前掛けのことを詳しく伝えるイメージです」
国内の展示会はビラや試供品を配る光景が珍しくありませんが、海外では逆効果といいます。
「良かれと思って配っても海外ではゴミを増やす行為とされ、延々と商品や素材を売り込むことも嫌われます。だからこそ、出展者は興味を持ってもらいたい人とそうでない人の区別を、明確に持たないといけません」
それでも、海外出展で成果を出すには時間がかかるといいます。
「1年目は売り上げゼロが標準。まずは現地の文化を知り、パリで挑戦できるというのを社内外に伝えるのが目的です。海外の郷土料理が日本で受け入れられるのにも時間がかかるじゃないですか。同じように、現地の思想を理解し、挑戦し続けた企業だけが生き残ります」
そんなエニシングも、海外で花開くまでには長い道のりがありました。
西村さんは江崎グリコで働いた後、2000年に独立し、漢字をプリントしたTシャツの販売を始めました。前掛けの事業化を始めたのは2005年です。Tシャツのバックプリントと同じくらいの大きさのロゴを入れられる前掛けを、海外への発信ツールとして捉えたのが最初でした。
「前掛けを作る職人の高齢化が進み、産地の豊橋市を訪ねると『あと少しで辞めるから、君たちも一生懸命やらないほうがいい』と言われました。でも逆に、僕らが続けたら面白いことになると思ったのです」
前掛けは当初、全く売れませんでした。それでも、日本文化を海外に広めるビジネスを目指し、2007年4月にニューヨークへ渡ります。あらかじめ現地の日本食レストラン15軒のロゴを入れた前掛けを作り、飛び込み営業を重ねたのです。
興味を持った1件のレストランから、現地の日本語新聞社を紹介され、前掛けを6枚受注しました。それを足掛かりに、2009年にはニューヨークの紀伊国屋書店のギャラリーで「ニッポンの前掛け展」というイベントを1カ月間、開きました。
海外で売れるのは月10枚程度でしたが「3年間続けて小さな光が見えれば御の字だと思っていました」。
毎年のように米国の展示会に出展しましたが、前掛けは思うように売れませんでした。それは「メイド・イン・ジャパン」を売りにしたからだと振り返ります。
「来てくれるのは毎回同じ人でした。日本が好きな米国人が少し買ってくれるだけで狭いパイで戦っていたんです。現地の日常生活に溶け込めるようにしなければと思いました」
「ジャパニーズ・トラディショナル・エプロン・マエカケ」という訳語をシンプルに「マエカケ」に変えましたが、見せ方には課題が残りました。2015年のニューヨークの展示会の写真を見ると、前掛けやパネルが所狭しと並ぶ様子が目につきます。
「『ジャパニーズ』という表現こそ除きましたが、色々なものをぐちゃぐちゃに増やしていました。足を止めてくれないから足し算する。まさに悪循環でした」
転機になったのは2015年、ロンドンの展示会への出展でした。
エニシングの前掛けを使っていたロンドンのラーメン店の内装デザイナーに、西村さんが「ニューヨークでは売れない」と伝えると、ロンドンの展示会への出展を勧められます。それがデザイン作家向け展示会「TopDrawer」でした。そのデザイナーのサポートも受けて、前掛けを出展すると大好評でした。
「参加者が生地を触ってくれ、『これはシャトル織機で作っているの?』とも聞かれました。デザイン系の展示会なので職人技に興味を持つ人が多く、3日間で20件ほどの注文が入りました」
欧州での展開には援軍も現れます。パリの人気雑貨店メルシーの創業メンバーのひとり、ジャンルック・コロナさんです。日本貿易振興機構(JETRO)のプログラムで、コロナさんからオンラインでアドバイスを受ける機会を得ました。
コロナさんからは「バイヤーは2、3秒で全てを判断する」といったアドバイスや、引き算の発想でシンプルに商品を見せる思想を教わりました。
2020年、「メゾン・エ・オブジェ」に初出展した際も、こうした経験を生かしました。前掛けの売れ行きは好調で、ニューヨーク近代美術館のショップからも注文が入りました。
2021年10月公開の映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」も追い風となります。映画のワンシーンにエニシングの前掛けが使われたのです。イギリスで販売していた1枚が、映画の制作会社の目に留まったのがきっかけでした。
公開翌日からネット注文が殺到し、前掛けの認知度が一気に高まりました。
エニシングは「メゾン・エ・オブジェ」出展に先立つ2019年、豊橋市に自社工場「前掛けファクトリー」を開きました。それまでは工場を持たないファブレス企業でしたが、生産を委託していた職人の高齢化で、その6年前から若手職人の育成と工場建設の準備を進めていました。
当初は居抜きの工場を使う予定でしたが、友人からスペインのワイナリーの様子を聞いて心変わりします。
「そのワイナリーはブドウ畑に囲まれ、工場の隣の試飲スペースでみんなが盛り上がっている写真ばかりでした。一生に一度の仕事が居抜きの安い工場でいいのかと思い、一から土地を買って工場を建てることにしました」
投資額は3倍に膨らみましたが、完成した工場には西村さんの思いが詰まっています。
古いシャトル織機を集め、豊田自動織機の元技術者を顧問に招きました。周辺に住む職人からも「こんな技術がある」と教えてもらい、前掛けの品質が高まりました。
工場はオープンファクトリーにして、海外のバイヤーやデザイナーが訪れるようになりました。
「1個のモーターで機械を動かし、18世紀と同じ方法で製造している点が海外で評価されていることに気づきました。その強みを海外にPRするともっと売れるようになりました」
西村さんは工場を訪れる外国人を居酒屋に招き、ひざ詰めで語り合っています。こうしたコミュニケーションから、前掛けの生地を使ったジャケットやペンケースなどの派生商品も生まれました。
「結局は、バイヤーから1次情報を集めないと身に付かないと思います。日本人は商品説明に終始しがちですが、うちのコンセプトを丁寧に説明し、工場の背景も含めて全部が一貫していないと、人の心には深く刺さりません」
エニシングは事業拡大を加速させています。2024年7月、東京・新宿御苑前に直営店をオープン。前掛けのほか、ジャケットやバッグなどの派生商品も並びます。「先日はドイツ人観光客が20万円分の商品を買ってくれました」
業務委託の海外人材も雇用し、同年9月にはパリ支店を開きました。フランスには前掛け数千枚の在庫を積んでいます。「営業は基本的にプル戦略。問い合わせのあったところをフォローしています」
協力工場と提携して製造体制も強化。「古いシャトル織機を引き取ってほしい」という要望も多く、将来的には第2工場の建設も視野に入れています。従業員数は9人(2024年末現在)になりました。
「いずれは売り上げを今の倍に伸ばして、その割合も国内と海外で半々にしたいです」
伝統産品の海外展開を目指す中小企業は少なくありません。その先達である西村さんは、こう話します。
「まず現地のことを知らないと何もできません。1年目は見学し、2年目でどのようなニーズがあるのかを聞く。それを活かした商品提案で、3年目から少しずつ実績を作る姿勢で臨むことだと思います」
西村さんは創業社長ですが、日本の老舗と欧州の企業文化は相性がいいとみています。
「経験上、1800年代から続く外国企業の半分以上はオーナーが変わりながら続いています。フランスのブースで隣になった老舗の手芸針メーカーは、従業員の女性が買収してデザインなどを改良しました。引き継いだ理由を聞いたら、『地元からなくなったらいやだ』と答えました」
鳴かず飛ばずの状況にもめげず、西村さんは種をまき続け、20年かけて海外で前掛けの花を咲かせました。
「最初は補助金の存在も知らず、自費で活動しました。海外では乗り継ぎ便を使い、安いアパートを拠点にして経費を抑えればいい。円安を理由に出展をためらう人もいますが、海外で売れれば(為替差益で)むしろプラスです」
「伸びている会社は先へ先へと挑戦しています。エニシングもいきなり売れたわけではありません。実になるまで10年かかるという覚悟を持ち、トライしてはいかがでしょうか」
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