稼げる事業に従業員の力を注ぐ 老舗観光業がITで生産性を高めた理由
IT化で事業を急成長させた伊勢神宮前の飲食・土産物店「ゑびや」と、神奈川県・鶴巻温泉の老舗旅館「元湯陣屋」。両社の経営者へのオンライン公開インタビュー後編は、中小企業がIT化で生産性を高めて、新事業につなげるためのポイントや、従業員教育の方法を聞きました。(聞き手:広部憲太郎、構成:牧野佐千子)
IT化で事業を急成長させた伊勢神宮前の飲食・土産物店「ゑびや」と、神奈川県・鶴巻温泉の老舗旅館「元湯陣屋」。両社の経営者へのオンライン公開インタビュー後編は、中小企業がIT化で生産性を高めて、新事業につなげるためのポイントや、従業員教育の方法を聞きました。(聞き手:広部憲太郎、構成:牧野佐千子)
前編ではゑびや、陣屋のIT化による経営改善の具体例を紹介しました。では、リソースが限られる中小の老舗企業は、どこから改善の足がかりを築けばいいのでしょうか。ゑびや代表取締役・小田島春樹さんの回答は明快です。「今あるリソースを効率的に運用するしかありません。選択と集中が大切で、時には切り捨てることも必要です」
IT化を進め、収益を生まない「ノンコアビジネス」を切り離すことで、有望な事業にリソースをつぎこむことができます。ゑびやでは、経理や財務、給与振り込みなどに関する業務はすべて外注化。余った人員で、新しい売り上げを30%積み上げることを提案しています。
小田島さんはこう強調しました。「新しい事業は何が当たるかわからない。小さい取り組みを重ねるのが大切です。感覚で成功するほど甘くはありません。データを分析して事実に基づいたアクションを徹底していかなければ生き残れないでしょう。経営者がするべきは、時代の変化の潮流を捉えてアクションすることだけです。変化に対応できないなら、事業のクローズも検討するべきではないでしょうか」
顧客情報などを一元管理するシステムを開発し、IT化を図った陣屋の宮崎さんは、企業がシステムを選ぶ要件として、セキュリティや価格、カスタマイズ性などを挙げます。事業継承した2009年当時は、自分たちのニーズに合ったクラウドがなく、内製化を選びました。予約管理、設備管理、社内SNS、会計管理などを一括で管理するクラウド基幹システム「陣屋コネクト」を自社開発しました。
今は、多くのクラウドが開発され、中には無償で使えるものもあります。宮崎さんは「自社にとって何がいいのか、希望をまとめて決めるといいでしょう。カスタマイズができるプラットフォームを選び、その利便性に合わせて、扱う人たちの業務を変える方がうまくいきます」と話します。
立派なシステムを導入しても、現場が使いこなせなければ意味がありません。特に老舗観光業は年齢層の高い従業員が多いのが特徴です。システムを使ってもらうため、宮崎さんは「外堀を埋める作戦を取りました」と言います。どういうことでしょうか。
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例えば、従業員の勤怠管理をクラウド化して「出勤を知らせるボタンを押さないと、給料計算ができなくなる」という状態を作ることで、高齢の従業員も自発的にクラウドを使ってくれるようになりました。
コロナ危機で、陣屋もさらなる変革期を迎えています。働き方の面では、従業員の休業日を旅館の休館日に合わせて週3日に増やし、より副業がしやすい制度を作りました。
小田島さんと同じように、時流をとらえた新しいビジネスの展開にも動いています。陣屋が位置する丹沢・大山エリアは、鎌倉や箱根に比べればマイナーで、宮崎さんは「観光窪地のような状態」と言います。コロナの打撃も大きく、子どもに「苦労するから後を継がなくていい」という観光業者も出始めているそうです。
宮崎さんは、周辺の観光業者も巻き込んだ「里山文化圏構想」を掲げました。「活きた体験型博物館」というコンセプトで、丹沢・大山エリアの大自然や豊かな食文化などを売りに、体験型旅行を広めようとしています。
ここで役立つのが、陣屋が進めてきたIT活用のノウハウです。「里山トラベル.com」というプラットフォームを計画。ウェブサイトや自社予約機能の構築など他の宿泊施設のDX推進、SNSやネット広告を使った里山観光圏のPR、アクティビティを含むパッケージ旅行商品の企画・販売などを盛り込んだ多角化事業を目指します。そのために、旅行代理店資格も申請しています。
宮崎さんは「現状維持では押し戻されてしまいます。コロナ禍でスピード感がより大切だと感じるようになりました。まず小さくても走ってみることが大切ではないでしょうか」と力を込めます。
公開インタビューの視聴者からは、両社の「機械学習と生産性向上」に関する質問が寄せられました。
ゑびやでは、カメラを設置して通行人の数を測定するなどの機械学習を取り入れています。以前は職人が勘で食材を仕入れて、残ったものは廃棄するような「勘ピューター」の世界でした。しかし、在庫管理をIT化することで、年間にすると大きな食品ロスの削減につなげました。
小田島さんは「店の前の通行量を測るのも、人力ではものすごく手間がかかりますが、機械だとカメラ1台で済みます。どちらがコストが安いかと言えば、圧倒的にカメラです。人間がやったらめちゃくちゃコストがかかる作業を機械に置き換えること。その積み重ねが、生産性の向上につながります」と話します。
陣屋も宿泊客の部屋の割り振りに、機械学習を活用しています。静かな環境を求める個人客と団体客の部屋を離すといった部屋割りは、「女将さんの腕の見せどころ」と言われていました。しかし、宮崎さんは「部屋割りは重要ですが、他にもやることはたくさんあります。ある程度機械に学習させて、最後の微調整で済むように進めています」と言います。
陣屋ではIoTも活用しています。風呂場のタオル回収ボックスにセンサーを付けて、何枚使われたかが分かるようにして、交換すべきタイミングをアラートで従業員に伝える仕組みを導入。タオル使用の頻度にかかわらず、風呂場をチェックする無駄が無くなりました。宮崎さんは「単純作業から解放されることで、接客のために自由に使える時間を増やすことができました」と話します。
「店内のITインフラに慣れていない従業員への教育をどうすればいいか」という質問も寄せられました。
ゑびやでは、釣り銭の補充や1日の売り上げの確認も自動化して、従業員に極力作業をさせない仕組みを導入しています。小田島さんは「ITを導入すればいいのではなく、どのシステムを使うのが従業員にとってベストかを考えなければいけません。もし教えてもできないのであれば、使っているツール自体を変えることが必要です」
ただし、何でも機械任せにするという意味ではありません。自動化で出てきたデータを見て、施策を判断することに関しては、従業員への研修を重ねているといいます。
宮崎さんは10年前に陣屋を引き継いだ時、従業員の平均年齢が50歳以上だったといいます。「マニュアルが分かりにくいと使ってもらえません。30秒にまとめた動画で見てもらったり、絵を使いながら1枚にまとめた簡単なマニュアルを用意したりして、誰もがいつでも閲覧できる環境を作ることが大事です」とアドバイスを送りました。
従業員から質問を受ける側の姿勢も重要なポイントといいます。「何十回と同じことを聞かれても嫌な顔をしないことです。叱られたくないから、分からないことを放置して隠されてしまうとアウトです。なるべく笑顔で答えるように心がけています」と打ち明けました。
ゑびやと陣屋はITをフル活用して、コロナ禍でも新しいアイデアにも意欲的です。小田島さんは「虎穴に入らずんば虎児を得ず。危険なところにも入り込んでチャレンジして、成功したいです」、宮崎さんは「若い人が職場にいないと発展は難しくなります。旅館業を子どもたちのあこがれの仕事にしたいです」と意気込みを語りました。
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