オーダースーツで富士登山 4代目が家業再建へ考え抜いたPRと出店戦略
オーダースーツSADA(東京都千代田区)は、個々の体形にフィットしたフルオーダースーツを低価格で提供する仕組みを作り、全国48店舗を展開しています。4代目社長の佐田展隆さん(48)は、一度社長に就任するも多額の負債を抱えて会社を去り、東日本大震災後の経営危機で復帰する曲折をたどりました。後編では、大手の競合と渡り合うための出店戦略や、自ら体を張ったプロモーション、コロナ禍での展開など、社長復帰後の家業再建策に迫ります。
オーダースーツSADA(東京都千代田区)は、個々の体形にフィットしたフルオーダースーツを低価格で提供する仕組みを作り、全国48店舗を展開しています。4代目社長の佐田展隆さん(48)は、一度社長に就任するも多額の負債を抱えて会社を去り、東日本大震災後の経営危機で復帰する曲折をたどりました。後編では、大手の競合と渡り合うための出店戦略や、自ら体を張ったプロモーション、コロナ禍での展開など、社長復帰後の家業再建策に迫ります。
目次
オーダースーツSADAは採寸と縫製は専門の職人が担い、自動化できる型紙作製と生地裁断は中国などの工場で行う分業化で、初回限定1万9800円という低価格のフルオーダースーツを提供しています。佐田さんは2005年に父から経営を引き継ぎ、適正価格への是正や生産性改革で黒字化を果たしましたが、25億円もの負債が重荷に。85%の債権放棄と引き換えに、佐田さんは責任を取って08年に家業を去りました(前編参照)。
その後、佐田さんは経営コンサルタント会社などで働いていましたが、11年3月の東日本大震災後、会社の引き受け手が不在となり、再び佐田さんに白羽の矢が立ちます。
宮城県の工場や取引先であるテーラーの多くが震災で被災。その状況下で、当時のオーナー会社が経営を手放すことになったのです。復帰を決意した佐田さんは、それまで卸売りがメインだった自社のフルオーダースーツを直販店で展開する方向にかじを切ります。
実は1度目の社長就任のとき、佐田さんはフルオーダースーツを直販する店をいくつか展開していました。「当時は卸先であるテーラーさんに、若い人もオーダースーツに興味を持つということを証明する目的で運営していました。実際に販売を開始すると、予想以上にユーザーからの反響があったのですが、本腰を入れる機会は与えられず会社を離れざるを得ませんでした」
この時の手応えを、2度目の社長就任時に生かすことを考えました。
とはいえ、東日本大震災による工場や取引先の被災が重なり、1度目の時に立ち上げた店舗やウェブでの注文も、ほとんど動きがありません。社内は「オーダースーツの需要はない」という空気に支配されていました。
↓ここから続き
「それでも、私は震災で失った利益を小売りで取り戻すという決意を固めていました」
自社製造のフルオーダースーツ直販のメリットは、売れた瞬間に会社にキャッシュが入るということでした。かつて1着10万円、20万円を超えるようなスーツの時代は手付金での商売が主流だったため、売り上げに計上されるタイミングが安定しないうえ、未回収のリスクも伴いました。
一方、同社が得意とする中国製のフルオーダースーツを手ごろな価格で売れば、確実に現金で回収できます。
「短期的にキャッシュフローが改善されることで、震災で失った売り上げを埋められるようになります。その間にさらなる戦略を立てればいいと考えました」
小売りのための店舗拡大と手ごろな価格で購入できるフルオーダースーツの認知度アップ。収益のカギをこの二つに定めると、佐田さんは一気呵成に行動に出ます。11年10月には新宿駅近くにショールームをオープンし、そこから店舗を急拡大しました。
ビジネススーツ業界は大手企業が激しい競争を繰り広げる戦場です。しかし、佐田さんは「あえて大手紳士服店に近い場所を確保することにこだわった」といいます。
「当時、紳士服大手の売り上げは1社で年間2千億円台に達していました。この顧客の1%でも、フルオーダースーツに興味を持ってくれれば、数十億円くらいの売り上げが見込める計算です」
「採寸すると分かりますが、標準体形そのままという人間は存在しません。裾を合わせただけでフィットしないスーツを着ているケースも多く、大手紳士服店に満足していない人は必ずいると思いました」
佐田さんが試行錯誤の末にたどり着いた店舗拡充の条件は、以下の三つでした。
既製服の店舗の場合、カラーやサイズのバリエーションを多数ディスプレーする広いフロアが必要になります。一方、フルオーダーであれば、見本があって採寸できる20坪程度の店舗面積で十分です。「路面の1階にこだわらず、家賃の割安になるビルの上階の小さなスペースを狙いました」
立地面の不利をカバーするため、佐田さんは自らチラシやティッシュを作製し、街頭で声をかけながらPRを重ねました。「企業訪問や住宅街でのポスティングなど何でもやり、それを見た社員も『社長にここまでさせるわけにいかない』と動いてくれました」
街頭での「地上戦」に加え、ウェブでのPRにも注力しました。その手法は、著名なアスリートや芸能人、経済人らが同社のフルオーダースーツを着用した写真を掲載するというユニークなものでした。
「フルオーダースーツが初回1万9800円で作れることを打ち出しても、”嘘つき”と思われることもありました。そこでスーツを気に入って購入してくれた著名人の方々に、公式サイトにスーツを着用した写真を掲載させていただくお願いを重ねました」
そして、今も反響を呼び続けているのが、佐田さんが自らフルオーダースーツを着用し、登山やマラソンなどに挑戦する動画です。一橋大スキー部でノルディック複合の選手として活躍した佐田さんならではの発想でした。
始まりは13年、スーツを着用しての富士登山でした。「動画をアップしたらすぐにメディアの取材が次々と入りました。私は1回目立てばいいと思っていましたが、社員から『続きをやってください』と声をかけられるようになりました」
その後もスーツで山を滑り降りたり、スキージャンプを披露したりしています。さらに東京マラソン完走、百名山の登山などチャレンジは継続中です。話題性だけでなく、激しい動きをしても型が崩れないフルオーダースーツの品質の高さも伝えています。
こうした佐田さんの姿勢は、社員の意識改革にもつながったといいます。「失敗も含めてトップが本気で行動を起こせば、社員がついてこないはずがないという思いでした」
社長が先頭を突っ走る姿を見せることで、社員が総出でついてくる。それが、佐田さんの思い描くリーダー像なのです。
コロナ禍で在宅勤務が広がると、ビジネススーツ業界は大きな打撃を受けました。オーダースーツSADAも例外ではなく、21年7月期の売上高は前期比約6億円減の約32億円となりました。「リピーターの3割くらいは来なくなりました」(佐田さん)
しかし、フルオーダースーツの売り上げはじわじわと回復し、現在の売上高は前年比135%ほどで推移しているといいます。
「コロナ禍で時間ができた人たちが、インターネットでフルオーダースーツをじっくり検討する時間ができたことが大きいのかもしれません。一般的な大手紳士服の既製服が3万円や5万円という中で、フルオーダースーツが初回限定で1万9800円。専門のスタイリストによる採寸や補正で体にフィットすることはもちろん、生地や裏地、ボタンなどのディテールに至るまで自分らしさを追求できるフルオーダースーツのメリットが、今まで知らなかった層にも浸透してきたのだと思います」
それまでウェブでフルオーダースーツの価値を伝え続けていたことが、コロナ禍で花開いた形です。
オーダースーツSADAでは、最初に佐田さんが社長を務めていた時代から、宮城県に工場を構える縁で、Jリーグ・ベガルタ仙台のオフィシャルスーツを提供するようになりました。現在は、プロ野球の阪神やロッテ、Jリーグの名古屋グランパス、ガンバ大阪など17チームに広がっています。
「たとえば、下半身の筋肉が発達しているサッカー選手は、太もも周りのサイズでパンツを選ぶと、ウエストが大き過ぎてブカブカになってしまうなど既製のスーツでは体に合わないことが多いのです。国の英雄であるアスリートが、自分の体にあったスーツを着用して堂々とした姿を見せることで、フルオーダースーツの良さを表現してくれています」
23年も毎月のように、ホームスタジアムでファン向けにスーツの予約販売会などを実施するなど、プロモーションにも一役買っています。
フルオーダースーツは非常に手間のかかる事業と、佐田さんは言います。専門職の社員の重要性はもちろん、育成にも時間を割く必要があります。
「人によって商品の質が変わるので、大手が手を出しにくい世界になります。ゼロから製品を作るため、クレームも起こりやすい。でも、クレームこそが、信頼を勝ち取るチャンスです。人の質が高ければ、クレームを解決することで熱いファンを増やすことにつながります」
佐田さんが社長に復帰した直後の13年7月期は、約17億円だった売り上げは右肩上がりとなり、20年7月期は38億円まで押し上げました。コロナ禍で落ち込んだものの、直近は再び上昇トレンドに入っています。
大手の競合もオーダースーツに取り組み始めていますが、決まったサイズ、形、生地からセレクトするパターンオーダーがほとんどといいます。「リソースが限られる中小企業は、基本的に1点突破でいくべきです。フルオーダースーツの事業だけで、年商100億円は突破できるはずだと考えています」
「迷ったら、茨の道を行け」
これは、2代目だった祖父の言葉です。4代目は祖父の行動力と父の論理的思考を組み合わせることで、存亡の危機にあった家業を立て直してきたといいます。
「日本人にはおもてなしの心があります。相手への感謝と敬意を表すアイテムとして、フルオーダースーツは最高のドレスコードであるということが、少しずつ浸透してきました」
佐田さんには小学生の子どもが2人います。「子どもたちが継ぎたいと思ってくれる会社にすることが、先代の父から与えられた、人生のミッションだと思っています」
佐田さんはこれからもフルオーダースーツの伝道師として、家業を引っ張っていきます。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。