人権デューデリジェンスとは?取り組み方や実例を弁護士が詳しく解説
世界的に、企業における「人権」対応を求める動きが高まっています。日本企業も、海外の取引先から人権侵害が存在しない誓約を求められるなど、無関心のままではいられません。本記事では、企業に求められる人権デューデリジェンスの取り組みについて、対象分野に精通した弁護士が解説します。
世界的に、企業における「人権」対応を求める動きが高まっています。日本企業も、海外の取引先から人権侵害が存在しない誓約を求められるなど、無関心のままではいられません。本記事では、企業に求められる人権デューデリジェンスの取り組みについて、対象分野に精通した弁護士が解説します。
目次
人権デューデリジェンスとは、企業が人権侵害のリスクを軽減するための継続的なプロセスのことです。
英語で表現すると”human rights due diligence”となります。
具体的には、①人権侵害のリスク(「人権リスク」または「負の影響」と呼ばれることもある)を特定・評価し、②特定した人権侵害のリスクに対する予防措置または是正措置を実施します。その後、③追跡調査(モニタリング)を実施し、④情報開示をするという4つの取り組みをおこないます。
企業が事業活動のなかで生じる人権リスクは、多岐にわたります。奴隷労働のような行為はもちろん、賃金の不払いや法律の上限を超えた違法残業、外国人労働者のパスポート・身分証明書を企業側が預かることなども、強制労働として捉えられる可能性があります。
人権リスクを生じさせる場合は、企業自身が人権侵害を引き起こすときだけではありません。企業が第三者の人権侵害を助長したり、自社の事業・製品・サービスと人権侵害が直接関連したりする場合も含まれます。
人権は、もともと国家が尊重・保護すべきものとされてきましたが、国連で2011年に承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」(指導原則)のなかで、国家だけでなく企業にも人権を尊重する責任があることが提唱されたことをきっかけに、企業にも人権の尊重を求める考え方が国際的に広まっています。
その背景には、企業のグローバル化に伴い、製品の原材料や安価な労働力を求めて新興国でビジネスが展開されたこと、一方で新興国において人権保護が不十分なために強制労働や児童労働が多発したことが挙げられます。また、近年では、国連が2015年に採択した持続可能な開発目標(SDGs)やESGへの関心の高まりに伴い、企業においても人権尊重への取り組みが避けて通れない経営課題となっています。
そして、企業の人権尊重に対する意識の高まりを受けて、海外では欧米を中心として法令化が進んでいます。例えばドイツでは、2023年1月から一定規模のドイツ企業に対して、強制労働・児童労働などの人権リスクや気候変動などの環境リスクに関するデューデリジェンスの実施義務を求める法律が施行されています。
日本政府も2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定し、企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上などを5年の行動計画(2020~2025)として掲げています。
また、経済産業省が立ち上げた委員会での協議に基づき、2022年9月に、企業に求められる人権デューデリジェンスの指針として「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定・公表しました(参照:日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました丨経済産業省)。
このガイドラインに強制力はないものの、規模やセクター(業種)を問わずすべての企業に人権リスクを軽減させるため、人権デューデリジェンスを求めています。日本政府は、今後公共調達の入札説明書や契約書などにおいて、人権デューデリジェンス・ガイドラインをふまえて人権尊重に取り組むように努める旨の追記を決定しています(参照:公共調達における人権配慮について丨内閣官房)。
また、経済産業省は2023年4月4日、企業がガイドラインに基づき取り組みをおこなう際の参照資料として、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(以下「本参照資料」と記載)を公表しました(参照:「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を公表しました丨経済産業省)。
日本政府の人権デューデリジェンス・ガイドラインでは、企業に対して「人権方針の策定」「人権デューデリジェンス」「救済手段の確立」の3つの取り組みを求めています。
まず、1点目の「人権方針の策定」については、以下の5つの要件を満たす人権方針を策定・公表することが示されています。
また、2点目の「人権デューデリジェンス」では、以下「人権デューデリジェンスの具体的な進め方」で詳述するプロセスにおいて、企業が自社のサプライチェーンを対象とした人権リスク低減の取り組みをおこなうことが求められています。
3点目の「救済手段の確立」では、個人や集団が企業から受ける負の影響について懸念を提起し、救済を求められるように、苦情処理システムを確立する、または業界団体などが設置する苦情処理メカニズムに参加することを求めています。
日本政府による人権デューデリジェンス・ガイドラインの公表に先立ち、国際経済連携推進センターは、2022年2月に「中小企業のための人権デューデリジェンス・ガイドライン」を公表しています(参照:中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン|国際経済連携推進センター)。
同ガイドラインでは、中小企業における人権方針の具体例や、業種別人権リスクの例、仮想企業における人権デューデリジェンスの取り組み事例などが記載されています。これまでの取り組みを一歩進めようとしている、もしくはこれから始めようと考える多くの中小企業にとって参考になる内容が書かれています。
人権デューデリジェンスの進め方については、人権リスクの特定・評価、人権リスクの防止・軽減、取り組みへの実効性評価、説明・情報開示といったステップごとに、取り組みの方針が示されています(参照:責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料|経済産業省)。
人権デューデリジェンスの最初のステップは、サプライチェーンで生じている、または生じそうな人権侵害のリスクを特定し、深刻度を評価することです。進め方には、大きく2つの流れがあります。
セクター(業種)・製品やサービス・地域・企業固有のリスクなどのリスク要素を考慮しながら、人権への負の影響が生じる可能性が高く、リスクが重大な事業領域を特定します。そのうえで、事業領域ごとにビジネスの各工程において、人権への負の影響がどのように発生し、自社とどのように関わっているのかを特定します。
なお、ガイドラインでは事業領域が限られた企業(特に小規模な企業)は、このプロセスを省略することも可能とされています。
特定された人権侵害のリスクは、人権への負の影響の規模(侵害の性質や背景・侵害の態様・被害者の状況を考慮した人権侵害リスクの重大性)・範囲(影響を受ける人数やコミュニティの大きさ)・救済困難度(人権侵害が生じる前と同等の状態に回復することの困難性)の3つの基準をふまえて、対応の優先順位を判断します。
企業活動によって人権侵害のリスクが引き起こされる、または助長されている場合は、防止・軽減するための措置が求められます。自社の事業が人権侵害のリスクに直接関連している場合にも、自社の影響力を行使して軽減に努めることが推奨されます。
ただし、取引の停止は、相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われるなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もあるため、最後の手段として検討されるべきとして記載されています。
企業は、自社従業員やサプライヤーへのヒアリング・アンケートや、自社・サプライヤーなどの工場への訪問、サプライヤーへの監査などを通じて、人権侵害リスクの特定・評価や防止・軽減の対応状況を評価し、対応状況をモニタリングします。
企業は、人権の負の影響への対処方法に関して、1年に1回以上の頻度で公表・情報提供をおこなうことが求められています。公表・提供した内容は、関与した特定の人権に対して、企業の対応が適切であったかどうかを評価するのに十分な情報であるべきとされています。
公表の方法は、CSR報告書・統合報告書・サステナビリティ報告書の中で記載したり、企業のホームページに掲載したりするなどさまざまです。
企業が人権デューデリジェンスを実施するときの主要な注意点を、いくつかご紹介します。
人権リスクは、企業活動の変化(新製品の導入、新規プロジェクトへの参入など)・地域における紛争の発生・政治情勢の変動などにより、変化する可能性があります。そのため、人権デューデリジェンスはM&Aでのデューデリジェンスのように一回で完了するのではなく、継続的な取り組みが重要です。
企業が人権デューデリジェンスの取り組みをおこなう限り、人権リスクをゼロにすることは事実上不可能です。そのため、人権デューデリジェンスは人権リスクのゼロを目指すのではなく、リスクに応じて優先順位を付け、リスクの高いものから順に取り組むことが大切です。
通常、企業がリスク管理をおこなう際のリスクの大きさは、リスクが顕在化した場合の企業に対する損害の大きさ(法令違反による制裁金の大きさなど)を基準に判断するのが基本です。一方、人権デューデリジェンスにおけるリスクの大きさは、強制労働の被害者や人権リスクを侵害された人など、被害者側を基準に判断されます。
人権意識の高まりにつれて、企業が人権侵害に加担していると批判を受けて不買運動が起こったり、株価が下落したりするなど、企業の信用が損なわれるケースが起きています。
例えば、2021年にテレビのドキュメンタリー番組で、ベトナム人の技能実習生が過酷な環境でタオル製造に従事させられている様子が取り上げられたことをきっかけに、国内での不買運動に発展したことがありました。
また、企業のCMが性別に基づく偏見や先入観(家事や育児をおこなうのは女性である、など)を押しつける内容であるとして消費者などから批判を受けた事例もあります(参照:中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン p.17|国際経済連携推進センター)。
企業が今後人権デューデリジェンスの取り組みをおこなうときには、JETRO(日本貿易振興機構)で公開している日本企業の取り組み事例が参考になります。
例えば、スポーツ用品などを製造・販売する株式会社アシックスでは、包括的な人権方針を策定したうえで、継続的に人権を巡る状況を把握して管理するために、人権委員会を設置しました。半期に一度、サステナビリティ部門と生産・調達部門との戦略の進捗確認や工場のCSR管理の摺り合わせなどがおこなわれています(参照:アシックス、人権対応へ部門横断的な協力体制を構築|JETRO)。
中小企業では、人権デューデリジェンスに取り組むためのコストやリソースが限られているため、自社だけで網羅的におこなうことが困難なケースもあります。その場合、リスクの優先順位付けに時間をかけるよりは、自社がこれまで把握している経営課題や企業の経営理念から取り組むべき優先課題を検討することも考えられます。
企業が人権デューデリジェンスに取り組むことで、人権リスクの低減だけでなく、企業価値やブランドイメージの向上、企業の顧客基盤の保護や拡大、投資家の信頼性向上、優秀な人材獲得への貢献などさまざまなメリットを得られます。人権デューデリジェンスを正しく理解し、適切な対処をおこなっていきましょう。
本記事が、企業の皆様が人権デューデリジェンスに取り組む際の一助となれば幸いです。
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