目次

  1. 金属加工を得意とする大田区の町工場
  2. 社長の誘いを蹴って家業へ
  3. 入社後すぐに壁に直面
  4. 大ヒット商品「詰め替えそのまま」誕生
  5. 働き方のルールや福利厚生を改革
  6. 1カ月で事業承継
  7. 管理体制を整え、6000万円の利益を計上
  8. 「詰め替えそのまま」は好調をキープ、さらなる改革へ

 阿部さんが3代目社長を務める三輝は、金属加工を得意とする町工場です。創業当初から、流体継手を作り続けてきました。1968年、阿部さんの祖父・務さん(初代)が前身の三輝工業有限会社を創業。事業拡大に伴って二度の移転を繰り返し、現在は大田区北糀谷に社屋を構えています。工場の従業員も合わせると、計35人(パート含む)で業務にあたっています。

 同社の売上の二本柱は、「金属加工業」と「プライベートブランド事業」です。売上比率は、金属加工業が55%。ガス流体継手の専門卸売が主な取引先です。2024年は9億8000万円を売り上げました。

 同社の主力製品は、真鍮や鉄、ステンレスなどの金属素材でできた工業用流体継手です。流体継手とは、ガスなどのホースと金属部品や配管を繋げる際に用いる接続部品です。

主力製品の工業用流体継手

 「身近なものとして散水用ホースを例に説明すると、『ホース』と『シャワーノズル』のジョイント部分にあたるものですね。流体継手は、ホースを通る流体やガスが漏れないよう、高い気密性を維持できる作りでなければなりません」

 阿部さんの祖父は、「アポロコック(通称:ワンタッチ継手)」を日本で初めて開発。1968年に特許を取得しました。この製品の特徴は、着脱の容易さです。

 「従来、ガスの継手を接続する際はワンアクションが必要でした。しかし当社の『ワンタッチ継手』は、接続後カチッと押すだけでロックされる仕組みです。また継手の一部を引っ張れば簡単に取り外せます」

 流体継手の利用シーンは、造船所やガス会社、建設現場など多岐にわたります。例えば、工事現場で溶接作業を行う際、逆流事故防止としてガスボンベに取り付ける「ガス安全機」も同社が手がけた継手製品の一種です。

 三輝の強みは、商品開発から設計、製造、検査までを一貫して担えるところです。

「社内には継手の図面が1500種類あります。常時販売しているのは200~300種類。年間数百万個を出荷しています」

継手の図面は1500種類あり、200~300種類を常時販売しています

 阿部さんは子供の頃、会社を継ぐ気はなかったそう。

 「でも『僕はいつか三輝の社長になるんだ』と言って、おじいちゃんの機嫌をとっていましたね」

 小中高とサッカーにのめり込んだ阿部さんは、スポーツ関係の専門学校への進学を希望していました。しかし父の雅行さん(2代目)は「後継ぎとして将来に役立つ道を」と反対。阿部さんは父に押されて製図専門学校に進学するも、1年間で中退しました。「製造業が大嫌いだったんです。昔から近くで見ていたからこそ、一切興味が湧きませんでした。父が敷いてくれたレールのありがたさを、当時は全く理解できませんでした」

 その後、阿部さんはフリーターを経て、ロンドンに留学。帰国後は、お直し専門のアパレル会社にアルバイトとして入社しました。正社員になり3年が経過した頃、副社長から「将来、社長をやらないか」と誘いを受けました。「仕事の姿勢やコミュニケーション面が評価されたのだと思います。ありがたいお話でしたが、『家業を継がなければいけないので』と断りました」

 阿部さんは数年間に渡り、父から入社を乞われていました。「迷惑をかけてきた父に親孝行をしたい」という思いもあり、2006年に入社しましたが、すぐに壁に直面します。「社長の息子」という肩書きが邪魔をし、製造現場や配達に入っても、仕事を回してもらいにくい状態が続いたのです。

3代目社長を務める阿部さんは、2006年に家業の三輝へ入社します

 阿部さんは、「きっと長くは勤められない。今のうちに手に職をつけよう」とパソコンスクールに通い始めました。しかし、同校に通う幼馴染の影響で、仕事に対する考え方が変わりました。「資格取得を目標に真面目に学ぶ彼を見て、『僕もちゃんとやらなきゃ』と焦りました」

 阿部さんは「やるからにはきちんと現場を知る必要がある」と感じ、製造現場に復帰。職人について仕事を覚えました。

 2005年頃、三輝に大きな転機が訪れます。

 「自宅で父が誤ってシャンプーボトルに詰め替え用コンディショナーを入れてしまい、姉と言い合いになっていました。父は『詰め替え用パックをそのまま使える商品があればこんなことにはならない。ないなら作ろう』と思ったのでしょう。すぐにホームセンターへ行き、シャンプーを山ほど買ってきました」

 そこから父を中心とした約3年半に及ぶ商品開発がはじまりました。

 「父は、気密性の高い詰め替え用パックに、流体継手の製造で培った当社の技術力を組み合わせれば、パックをそのまま使用できる商品が作れると考えたようです」

大ヒット商品となった「詰め替えそのまま」

 金型代や工場の改築など設備投資に投じたのは、約1億円。試行錯誤の末に、自社製品「詰め替えそのまま」を完成させました。シャンプー等の詰め替え用パックにフックとポンプを直接取り付け、吊り下げて使用する便利グッズです。シリコンゴム製のポンプを押すと、適量が出てくる仕組みです。

 この商品には、同社の5つの特許技術が使われています。「ガス等の流体が漏れぬよう接合部を密着させる流体継手の技術は、『詰め替えそのまま』のポンプ部分に生かされています」

 2008年12月、販売を開始。阿部さんは営業と販促を担当しました。しかし「BtoCの売り方など一切わからなかった」ため、販路を開拓すべく展示会に出展しました。「これまで世の中になかったアイデア商品として注目を集め、数十社から引き合いがありました。大手ホームセンター各社の取り扱いも決まり、今でも定番品として置かれています」

 阿部さんはネット通販にも対応すべく、大手ECプラットフォームに続々出店。その読みは当たり、商品がメディアで紹介される度、ECでの売上が激増。現在、同商品の売上の約7割を外部ECが占めています。初年度の売上は約2000万円で、その後も右肩上がり。設備投資費は発売から3、4年で回収しました。

 これを機に、地元での注目度も高まりました。2011年には、中小企業が手がけた革新的で将来性のある製品に贈られる「東京都ベンチャー技術大賞」の特別賞を受賞。大田区振興協会や専門学校などから、セミナーの登壇依頼が殺到しました。

 営業手腕が買われ、阿部さんは2009年に取締役に就任。製造現場を離れ、社内改革の第一歩として経理にメスを入れました。

 「当時は全取引を紙の帳簿で管理しており、請求書との照会ではミスの修正が多くありました。このままではまずいと思い、急いでデジタル化を進めました」

 また、従業員の勤務態度にも問題がありました。就業規則が整備されていなかったため、出勤時間にバラつきがあったのです。働き方のルールを定め、彼らに睨まれながらも周知しました。

 さらに、阿部さんは2012年頃から定期的な社員面談を開始。会社や仕事への不満をヒアリングすることで、従業員満足度の向上を図る狙いがありました。従業員の声を参考に「会社が何をしてくれたら嬉しいか」と考えた結果、福利厚生の拡充に辿り着きました。

 阿部さんが「トレーニングの素晴らしさを皆にも味わってほしい」とまず始めたのは、「トレーニング手当」です。社内にトレーニングルームを作り、1回30分の使用ごとに400円を支給しています。

三輝社内のトレーニングルーム

 その後も従業員のニーズに合わせて、福利厚生を充実させていきました。大切な人のために5000円を支給する「LOVE手当」、誕生月に5000円を支給する「誕生日手当」など、現在8種類の福利厚生があります。阿部さんは「利用は個人によって差がある」としながら、「徐々に従業員の不満は減ってきた」といいます。

屋上にはゴルフ練習場も用意されています

 「福利厚生を拡充する傍ら、面談や手紙を通して従業員とのコミュニケーションを心がけてきました。最近は会社に対する不満もほとんど聞かなくなりました」

面談や手紙を通して、従業員とのコミュニケーションを心がけてきました

 阿部さんが少しずつ改革を進めていた2014年8月、父に悪性リンパ腫が見つかりました。「父から『もうお前が社長やれ』と告げられ、『わかった』と頷きました」

 5年後の事業承継をめどに、準備を始めていた矢先でした。「経営も事業承継も、まだ何もわかりません。司法書士に相談しながら、銀行や取引先に連絡したり、親戚中に頭を下げて会社の株をかき集めたりして何とか準備を整え、手続きを済ませました。怒涛の1カ月でした」

 2014年9月、阿部さんは代表取締役社長に就任。まずは全従業員を集め、頭を下げたそうです。

 「社内改革を進める私をよく思わない従業員もいました。でも、会社の存続には彼らの協力が必要不可欠です。『まだ若輩者ですが付いてきてください』と懇願しました」

 社長就任後、阿部さんはまず生産管理体制の整備に着手しました。

 「当時は、各部署の社員が自由に部材を発注できるスタイル。しかし管理者がいなかったため、約8000万円分の余剰在庫がありました。即座に納入をストップし、在庫管理体制を見直しました。きちんと数を数え、記録し、管理者が残数を把握できる状態にしたことで徐々に改善しました」

 また、社員には就業時間や規則を守るよう、徹底的に呼びかけました。「担当者の出勤状況が把握できていなければ、生産管理もままなりません。取締役の一人が、私と反発する従業員との間に立ち、働きかけてくれました」

 1年がかりで改革に臨んだ結果、前年比6000万円の利益が得られました。

三輝工場内の様子

 「売上も販売数も、前年とほぼ変わりません。生産管理体制を整備し、社員の意識を変えたことで、余計な無駄が省かれ、利益として還元されるようになりました」

 阿部さんは社長就任後、営業にもさらに力を入れました。数百個単位の受注に対しても細かく価格交渉をし、ロット数の底上げに成功。就任当初と比べ、年商は2倍以上に増えました。

 父が開発した「詰め替えそのまま」も好調です。人気番組「世界一受けたい授業」「坂上&指原のつぶれない店」などで便利グッズとして紹介されると、問合せが激増。2024年までに累計450万個以上を売り上げ、今では年商の約40%を占める大ヒット商品に成長しました。阿部さんは今後の展望について「『詰め替えそのまま』の技術や構造をベースに、他社と共同開発したオリジナルコラボ製品が作りたい」と語ります。

 阿部さんは、さらなる改革に舵を切っています。2024年頃から、部品加工の内製化を推進。助成金を活用して設備を整え、今では製造工程の8割を社内で完結できるようになりました。「内製化に伴い、製造現場をシフト勤務に切り替えました。生産性を上げる狙いがあります」

 在庫管理には、まだ伸び代があると感じています。「在庫管理のDX化を進めたいですね。今は人力で数えたり、計量したりしている在庫をバーコード管理にしたい。在庫の無駄を防げるだけでなく、人員削減や効率化も実現できます」

 阿部さんが次なる目標として掲げるのは「経常利益1億円」です。

 「会社が抱える細かな課題に、ひたすら向き合ってきた10年間でした。ようやく会社として一人前になってきたかなと思います。これから30年、50年かけて、もっといい会社にしていきたいですね」

左から、本部長の柳原健一さん、3代目社長の阿部拓也さん、統括工場長の橋本圭一郎さん