「阪神淡路大震災のときは日本各地のさまざまなところが助けてくれました。世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の影響は、あの震災以上。本当に苦しい闘いです」
インバウンドで沸き立っていたホテルはもちろん、時短営業や酒類の提供停止で客足が激減した寿司店など主要顧客からの受注が減り、最も売り上げが伸びる12月で、2020年は前年比4割減まで落ち込みました。2021年12月でも、売上高は2019年比で3割減と回復には至りません。
100円回転寿司店が増えるにつれ、昔ながらの街中の寿司店は客足が減少しています。「寿司店向け玉子焼きの生産ライン稼働率をなんとかしたい」と、コロナ禍直前の2019年には海外事業部を立ち上げました。
それまでも商社を通じてタイや中国へ輸出していましたが、日本食チェーン店を展開している韓国企業と商談の機会があり、商社を通さず海外での直販ビジネスを新たに始めようと考えました。韓国でも同品質の玉子焼きが作れるように職人を派遣し、製造工場のコンサルティングをし、セントラルキッチンで作った玉子焼きは、和食店やスーパーでも販売しよう……。韓国企業と契約を結ぼうとしていた2020年春、新型コロナ感染症拡大の影響で頓挫しました。
「諦めたわけではありません。コロナ禍の収束次第ではありますが、再度チャレンジしたいと考えています」
くじけぬ精神・絶えない笑顔、ルーツは父
山田社長の挫けないチャレンジ精神。しかも絶えない笑顔の強さはどこからくるのか。答えは、創業者一族として経営者を間近で見てきた山田社長ならではの理想像にありました。
「阪神淡路大震災で会社と自宅が全壊し、約2年間の避難生活を送ったときも親父(2代目、山田正勝会長)はギターを弾いて楽しく過ごしているように見えました(笑)。悲壮感漂う顔は一瞬も見たことがありません。高校生だった私は、“こんなときなのによく楽しめるな”と思ったものでしたが、当時の親父と同じ年代になって、親父がよく言っている“笑顔ほど強いものはない”という言葉が身に染みてわかるようになりました」
実際、2代目は震災の4カ月後には全壊した本社から明石店に機械を移設し、玉子焼きの生産を再開しています。翌年には新本社ビル建築工事を開始し、「従業員と家族のため、歩みを止めませんでした」(山田社長)。
会長は24時間を3で割り、“8時間寝て、8時間遊び、8時間仕事”を理想として暮らしています。就職希望者の面接では必ず「趣味は何?」と聞き、応募者が「趣味がない」と答えると「寂しいやん」と本当に寂しそうな顔をします。
コロナ前、就業終わりには「サッっと帰る準備をして遊びに行けよ」と声をかけ、仕事場を出る従業員には「どこ遊びに行くん?」と楽しそうな顔で尋ねていました。
「創業者である祖父は絶対的な存在で従業員は皆、“白だろうと、社長が黒と言えば黒”と追従してしまうようなオーラがありました。親父は柔軟。何をやってもいい、チャレンジして失敗したら、その企画をやめればいいだけ。会社が潰れるほどの失敗なんてそんなにできるものではないとドンっと構えているんです。僕もそうありたい」
黒子だった企業 「サンドイッチ」では付加価値
海外の直販事業が頓挫した後、山田社長は「玉子焼きを挟んだサンドイッチ」に新たに挑戦しました。
生産が減り続けている寿司用厚焼き玉子のラインを何とかしたい。新規開拓先として、会合などで配られる5000円程度の高級弁当セットの販売をしている会社に行ったところ、「中価格帯を狙ったサンドイッチで一緒に何かできないか」と提案されました。
サンドイッチブームに乗り、高級な寿司店で使われている玉子焼きを挟んだ目新しい玉子サンドは、大手スーパーや駅弁イベントなど1週間で1万2000個を販売しました。
「それまで和食で使われるイメージしかなかったので、パンと共に食すというのは目から鱗でした。しかも、高級寿司店向けの“山田製玉部の玉子焼き”がウリになる。ホテルや寿司店では、山田製玉部の名前は出せず黒子に徹していたのが、サンドイッチでは付加価値になるんです。これまで商談してこなかった製パンメーカーや洋食店などへ顧客の裾野が広がりました」
2020年の春には「ふるさと納税返礼品」も始めました。BtoBに加えBtoCも拡大していこうと2020年秋にはネット販売、2021年秋にはインスタグラムも始めました。
次々と挑戦しても、「ダメだったら手を引けばいい」と気負いがありません。新しいチャレンジングな仕事をやるかやらないかの山田社長の基準は、「楽しそうか、ワクワクするかどうか」だといいます。
老舗パン屋とのコラボ、インスタで話題に
わかりやすいのは、イスズベーカリーとのコラボ企画「玉子サンド」の取り組みです。イスズベーカリーは、神戸市民なら知らない人はいない老舗のパン屋です。
「神戸市民のなかには、子どもの頃からイスズベーカリーのパンも山田製玉部の玉子焼きも両方好きだという人々がいるでしょう。そういった両者のファンが、好きなものが合体した商品を手にしたらどんな顔をするかな、と想像するだけでうれしくなってきます。お互いのお店のことをもっと知っていただき、よりコアなファンになってもらえるようにと、既存商品の玉子焼きの流用ではなく、コラボ商品オリジナルとしてイチから開発しました」
パッケージは、神戸ポートタワーなど地元のシンボルを絵柄に盛り込み、女性目線の可愛いを追求しました。その結果、商品を購入した人々がインスタグラムやツイッターなどSNSに写真をアップし、それを見た人々が買い求め、さらに話題が拡がりました。
コラボ商品「厚焼き玉子サンド」は徐々にコロナ禍の影響が出始める2020年1月に販売をスタートしたにもかかわらず、イスズベーカリー4店舗の1カ月間で、2500箱という想定をはるかに超える販売数を記録。2021年3月には、イスズベーカリー指定のオレンジ色の黄身が特徴のプレミアム卵を使った第2弾「夕焼け厚焼き玉子サンド」も販売しました。
「10年前、製パンメーカーとともに仕事をする姿は想像できませんでした。さまざまな困難に柔軟に対応してきたから開けた道だと感じています。これじゃないとダメ、ここじゃないとダメ、などしがみつくとネガティブになる。困難に直面したらまずは、しがみつかずに手放すことを意識しています。工場でも、トラブルが起きたらその場しのぎで取り繕うのではなく、いったん生産を止めてしっかり立て直すんです。失敗してもつまずいてもポジティブに考える秘訣だと思っています」
3代目として悪戦苦闘しながら積み上げた社員との良好な関係について、後編に続きます。
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。