ベテラン職人とも得意先とも“対等” 玉子焼きの3代目が描く会社の未来
2022年に創業70年を迎える神戸市の老舗玉子焼きメーカー、山田製玉部。2021年7月に3代目社長に就任した山田勝宏さんは、従業員や得意先と話し合いながら、未来に向けて会社を少しずつ変えようとしています。時には怒られながらも納得を得られるまで丁寧に説明しています。
2022年に創業70年を迎える神戸市の老舗玉子焼きメーカー、山田製玉部。2021年7月に3代目社長に就任した山田勝宏さんは、従業員や得意先と話し合いながら、未来に向けて会社を少しずつ変えようとしています。時には怒られながらも納得を得られるまで丁寧に説明しています。
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「かつては今、本社がある場所に自宅と工場が並んで建っていました。朝、部屋にいると玉子焼きの甘い香りが漂ってくるんですよね。小学生の頃、その香りに誘われて工場に行くと、職人さんが焼きたての玉子焼きをこっそり食べさせてくれたのを思い出します」
当時、山田社長に玉子焼きを食べさせてくれた職人さんは今も現役です。玉子焼きを作り続けて60年超のベテラン、77歳の南勝男さん。「社長のことは、小さい頃から知っているよ。最高の社長だ」と顔をほころばせます。
祖父から父へ引き継がれた山田製玉部ですが、山田社長は大学時代、両親から「後は継がなくていいから外に出なさい」と言われ、広告代理店に就職しました。広告代理店での仕事は、写真とコピーなどクリエイティブがクライアントから高評価を受け、やりがいがありました。
ただ、その後、売り上げなどの数字につながらなければ一転してダメだという評価になってしまいます。数字という成果が問われる世界でやりがいを見失い、就職から1年で退職して単身、アメリカに旅に出ました。
「クリスマスシーズンにニューヨークでお金が尽きて父親に送金して欲しいと連絡したんです。送金するから年末は日本に戻って仕事を手伝うように言われ、帰国しました。玉子焼きの匂いに触れて、山田製玉部の玉子焼きが好きだとあらためて思ったんです。寿司屋に営業に行って食べてもらえればおいしいか、まずいか、その場で評価が下る。まずければ売れないし、おいしければ売れる。子どもの頃から大好きな玉子焼きで勝負し続けたいと考え、25歳のとき山田製玉部に入社しました」
後継ぎであれば、入社後1〜2年で役員になることも珍しくありません。しかし、山田社長は入社から10年以上役職につかず一般の社員で過ごしました。
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「社長の身内だから役員になった、というのは嫌。しっかり成果を出さないと後を継ぐ意味もない」と考えたからです。10年工場で職人の技を盗み、寿司店やホテルへの飛び込み営業もやって社員としてキャリアを積みました。
「対等な関係が築けない先と商談はしない」と山田社長は言います。“黄色い玉子焼きなら安ければいいよ”という会社とは取引ができないというのがポリシーです。
「“お願いします”という営業はせず、“山田製玉部と取引がしたい”という先を探す営業をしてきたので、飛び込み営業が苦になったことはありません。商品に自信があれば対等な関係は築けると考えています」
工場での経験を経て営業になったので、仕入れからオペレーションまで理解した上で商談に臨むことができました。オリジナルの商品を作って欲しいという要望には、通常なら工場の担当者を客先に同行することになりますが、山田社長は一人でロット数など細かい商談までできたのです。
満を持して2021年7月の社長就任。力を入れているのは、従業員一人ひとりとの関係構築です。20〜70代まで35人いる従業員のなかには、何十年もパートで働いている人もいます。震災で会社も家も全壊しても先代が守った雇用。山田社長も、従業員が会社にとって何よりの財産だと考えています。
「全従業員が見られるLINEグループをつくり、良いことも悪いことも発信しています。売上高の厳しい状況も書いています。みんな生活がかかっている。急激に売り上げが落ち込んだ2020年春、このまま会社の情報を経営者だけにとどめておいていいのか、もし自分がイチ社員として働いていたら、“あのとき知っていたら動けたこともあるのではないか?”と考えるのではないか…。かなり悩んだ末、すべての情報を全員で共有することにしたんです」
LINEグループは、コロナに関しての情報発信と体調不良等の事態の際、スムーズに連絡が取れる体制を整え被害を最小限に食い止めるのが当初の目的でした。
情報をありのままに発信することを決めてからは、「売り上げのダメージ」「お得意先の閉店状況」「従業員のご家族の訃報」といったマイナス面も、「毎月の売り上げの回復状況」「雇用調整助成金について」や「銀行からの融資が予定通りに進んでいる」こと、「新しい取引開始」「新規事業について」などプラス面も共有しています。
「不安定な心境の従業員が少しでも前向きに、安心して仕事ができるように取り組みました。そうしたら、従業員から会社の改善のために、“何をするべきか””何をしたらいいのか”など、いろいろな案があがってくるようになりました」
今ではグループLINE上に、営業部からの要望として「こんな商品を作って欲しい」というリストが上がります。「社内の不要なものをみんなで断捨離し、より合理的にしよう!」「通販にチャレンジしたい!」「通販をうまく軌道に乗せるには個人に向けたブランディングが必要だから、Instagramをより活用しよう!」と、山田社長からの発信だけでなく従業員全員の発信の場に変化しています。
顧客とも従業員とも関係は対等。“どうやったら売れるか知恵を貸してください、一緒に考えましょう”のスタンスです。だから、従業員たちに社長に対する忖度がありません。新商品のネーミング会議を覗くと、社長が考えた商品名をスルーし、それぞれが率直に意見を言い合う従業員たちの姿がありました。
「会社は社長のものではなく、従業員と従業員の家族のもの。一人の力はたかが知れています。みんなで120%の力を出せるようにするのが僕の仕事です。親父は震災を乗り越え従業員を守った。私は何ができるかを考えますね。山田製玉部を愛してくれる人を守らなければと使命感を感じています」
一方で会社の未来のため、涙を飲んで決断したこともあります。長年、顧客第一に考え玉子焼き1本でも届けてきました。だが、高止まりし続けるガソリン代を考えると1本では利益がでなくなっていました。
会長から「何十年もの付き合いがあるお得意先を捨てるんか」とも言われましたが、配達コースを集約し、固定費を抑え、利益を確保する必要があると説得し続けました。客先とも、ロットを増やすか、もしくは食品問屋経由での仕入れのどちらかを選んでもらうよう、納得してもらえるまで何度でも話し合いの場を持ちました。
従業員にも変化を求めました。工場の業務効率化でまず着手したのが整理整頓。たとえば工場には数年間使っていない鍋があり、この場所があけばより効率的に動ける動線ができると山田社長は考えました。だが、冒頭の南さんなど、ベテラン従業員からは「鍋は命だぞ。高かった鍋を捨てるなんて何を考えているんだ」と反対の声があがりました。
「怖かったですよ(笑)。モノに思いがこもっていて、大切にしたいという気持ちも痛いほどわかります。ですが、モノを捨てて工場の業務効率化を進めるのも今後の会社のために絶対に必要なことなんですよ。数年間使っていない鍋で作った商品は自信を持って売ることはできない、この鍋を使った生産ラインを復活させる際には鍋を新調します、と丁寧に説明し納得していただきました」
山田社長は3代目を継いだ今を「リスタートした感じ」だと話します。“3代目社長が会社を潰す”は、コロナ禍の苦境で引き継いだ山田社長には当てはまりません。今を乗り越えたとき、経営者としての能力は、創業者にも2代目の会長にも引けを取らない実力となっているでしょう。
※この取材は神戸市とタイミーとの協業で行われている「副業・兼業を加えたワーケーションの実証事業」を活用して実施しました。
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