目次

  1. 創業家以外で初めて社長に
  2. 所有と経営の分離とは
  3. ファミリーの価値観を浸透させる
  4. サントリーの「やってみなはれ」
  5. 創業精神を買収企業に浸透
  6. 創業家一族に求められる姿勢
  7. 所有面の企業ガバナンス
  8. 後継者が意識すべきこと

 サントリーHD(以下、サントリー)は、グローバル化を加速するため、2014年10月、コンビニ大手ローソン会長の新浪剛史氏を5代目社長として迎えました。創業家以外の社長は初めてでした。

 新浪氏の就任直後(2014年12月期)の収益は、売上高2兆4552億円、営業利益1647億円でしたが、21年12月期は売上高2兆5592億円、営業利益2474億円で、コロナ禍でも利益面で大きくグループを成長させています。

 ファミリービジネスにおいて、企業成長の過程でノンファミリー幹部の活用は不可欠と言えます。しかし、外部からいわゆるプロフェッショナル経営者を招いても、十分な成果が得られていないケースもあります。

 ここでは、サントリーのケースをもとに、ノンファミリー経営者の生かし方について紹介します。

 筆者がファミリービジネスの支援をするなかで、既に後継者(子ども)が入社し、事業承継が順調に進んでいる企業もあれば、後継者候補が入社していない、またはオーナー経営者に子どもがいない場合もあります。

 そのようなときは、企業ガバナンスとして「所有」と「経営」を分離する形態をお勧めしています。

 「所有」と「経営」の分離とは、所有、つまり株式は創業家一族が保有し、経営、つまり企業トップ(=社長)は創業者一族から出さないことを意味します。

 具体的には、事業会社の株式を創業家一族が直接所有している場合に、ホールディングス(持ち株会社、HD)を設立。HDは創業家一族の資産管理会社として、事業会社は一般的な会社のルールや基準を適用して、合理的な経営を行う体制を整備していきます。

 サントリーの場合、非上場企業のサントリーHDが事業会社を束ねています。HDの大株主(89.5%)である寿不動産が「所有」を担う会社です。

ホールディングス設立による「所有」と「経営」の分離のイメージ(図表はいずれも筆者作成)
ホールディングス設立による「所有」と「経営」の分離のイメージ(図表はいずれも筆者作成)

 「所有」を担うHD(資産管理会社)は、創業者一族の会社として義理人情を大切にして運営すればいいのですが、「経営」を担う事業会社は合理的な経営活動を推進しましょう――。ファミリービジネスのオーナーには、そんな話をしています。

 合理的な経営活動とは、例えば経営幹部による合議的な意思決定や、各組織・部署での意思決定を決裁権限に基づいて行うなど、業績管理制度や人事制度といったルールに基づく経営活動を意味します。

 多くのファミリービジネスでは、そのような経営活動が実施されず、悪く言えば、オーナー経営者の一存で経営活動が進められていることも多いように思います。 

 では「経営」を担う事業会社が合理的な経営活動を進めればうまくいくかと言えば、必ずしもそうではありません。

 ノンファミリー経営者が、創業家一族の意にそわない経営を行ったり、幹部内に派閥が生じたり、買収した企業との連携がうまく進まなかったりするなど、様々な問題が生じる恐れがあります。

 重要なキーワードは、ファミリーの価値観を経営側にいかに浸透させるかです。

 サントリーグループの芯となる価値観は「やってみなはれ」という精神です。「やってみなはれ」は創業者・鳥井信治郎氏の口癖でした。

 信治郎氏の父・忠兵衛は両替商を営んでいましたが、次男であったため、薬問屋に丁稚奉公に入ります。その薬問屋が漢方のほか、ワインやウイスキーなどの洋酒を扱っていたこともあり、信治郎氏は1899年、サントリーの前身の鳥井商店を開業し、ぶどう酒の製造販売をはじめます。

 1923年には本格的なウイスキー生産に乗り出しました。周囲の反対もありましたが、「やってみなはれ」の精神で新規事業に進出したのです。

 1961年、創業者の次男・佐治敬三氏(母方の佐治家に養子縁組)が2代目社長に就任し、63年にサントリービールを発売しました。当時のビール業界はキリン、アサヒ、サッポロによる寡占状態でしたが、創業者・信治郎氏が「やってみなはれ」とその挑戦を後押ししました。

 その後、ビール事業は苦戦が続きますが、業界に先駆けた生ビールの発売(67年)、麦100%生ビール「モルツ」の発売(86年)などのチャレンジを進めました。

 息子の佐治信忠氏(現会長)が01年に4代目社長に就任すると、03年に新発売した「ザ・プレミアム・モルツ」がモンドセレクションで最高金賞を受賞。08年12月期にはビール事業の黒字転換を実現しました。

 09年にはニュージーランドの飲料大手フルコアグループ、フランスの飲料大手オランジーナ・シュウェップス・グループなどを買収し、グローバル化を進めていきます。

サントリー創業家と社長の系譜
サントリー創業家と社長の系譜

 創業家出身の社長が続いたサントリーでしたが、14年に新浪氏を「経営」を担う事業会社のトップに招き、世間を驚かせました。14年5月、米国の蒸留酒最大手ビーム社を約1兆6千億円で買収し、グローバル化への対応が必須という背景がありました。

 ビーム社との統合を進める過程で、ファミリーの価値観が役立ったといいます。

 5代目社長に就任した新浪氏は、ファミリーの価値観である「やってみなはれ」を浸透させるために15年にサントリー大学を設立。国内外の幹部職や幹部職になろうとする人材に対して、創業の精神やグローバルリーダーシップなどを学ぶ機会を設けています。

 このような取り組みが功を奏して、ビーム社との経営統合が進み、企業グループの業績向上にも寄与しました。

 創業精神をビーム社にいかに浸透させたのか。新浪氏は朝日新聞のインタビュー(21年2月8日付)で次のように語っています。

 (非上場の)サントリーホールディングスと、上場会社で短期的な利益を志向するビーム社とでは、折り合いをつけるのが難しい面はありました。ただ、今ではビーム社にも『サントリーイズム』が浸透したと思っています。

  その価値観はコロナ禍で行動として表れました。米国のウイスキー工場の社員らが資金を出し、ロックダウンで休業したレストランの従業員に有名シェフと協力して食材セットを無料で宅配する支援を始めました。別の社員はニューヨークのバーテンダーにカクテルをつくってもらい、持ち帰りや宅配で販売するビジネスを考え、全米に広がりました。サントリーの「利益三分主義」(著者注:利益は「事業への再投資」だけでなく、「取引先」や「社会」にも還元するという考え方)が根付いてくれたな、と感激しました。

 社会との共生は大事で、愛されるからこそ、長く商売をやらせてもらえるわけです。これはビーム社には全くない考え方でした。こうした創業精神を学ぶための施設を5年前に東京・お台場の社屋内につくりました。そこにビーム社の幹部らに来てもらって座学をしたり、各地の工場を見学したりしています。(社内の挑戦的な活動を表彰する)「やってみなはれ大賞」への応募はビーム社が一番多い。保守的な社風でしたが、カクテルなどの新商品も出てきました。

 報道によると、新浪氏の後を継ぐ6代目社長には、創業者のひ孫にあたる副社長の鳥井信宏氏が担うと目されています。ノンファミリーの新浪氏は4代目と6代目の間を担う「中継ぎ役」が期待されているようです。

 では、ノンファミリーの人材に「経営」を担ってもらう場合、どのようなことに注意すべきなのでしょうか。

 佐治信忠氏と新浪氏の関係は、慶応義塾大学の先輩後輩で、ゴルフを通じた親交を深めていました。佐治氏が新浪氏がローソン時代に培ったグローバル化の手腕にほれ込んだと言われています。

 佐治氏は14年の会見で、「サントリーも115歳になり、あしき官僚化が進んだ。新しい風をもう一度吹き込んで欲しい」と話し、新浪氏への期待を寄せました。さらに売り上げ目標やM&Aをさらに進めていく方針も示しています。

 任期については「新浪氏には10年は頑張ってほしい」としつつ「同族の社長が今後出る可能性はゼロではない」と話しました。新浪氏は鳥井信宏氏の育成も担っていると言えそうです。

 創業家一族は、経営を任せるノンファミリー社長に対して求める期待と役割を明示し、意識ギャップをできるだけ埋めるべきです。一度、経営を譲った後、創業家一族は後ろ盾となり、その経営活動を静かに見守るべきだと思います。

 一方、サントリーの創業家一族は、「所有」の面から企業ガバナンスを利かせています。

 週刊ダイヤモンドの記事(2017年2月25日付)によると、サントリーHDでは上場を検討していた時期もありましたが、創業家内部の折り合いがつかず、見送ったといいます。

 新浪氏は同誌のインタビューでこう語っています。

 上場も一つの選択肢かなと思ったことはあります。でも、サントリーにいればいるほどこの会社は組織として上場に向いていないと思うようになった。むしろ、上場しないことが社員のモチベーションになっている。

 (中略)外から来てみて、こんなに社員の愛社精神が強い会社は他に無いんじゃないかなと思いますよ。この結びつきはわれわれの資産であり、上場はそれを壊す可能性がある。

 以前は創業者一族だから経営者を担うという時代だったように思います。

 現在は、経営を取り巻く環境が厳しくなっており、かじ取りを間違うと、経営の屋台骨を揺るがし、場合によっては倒産してしまいます。

 そのため、後継者(子ども)は、創業者一族だからという意識を一度捨てて、いち社員として会社に対してどのような貢献ができるのかを真摯に考えるべきだと思います。

 周りの社員も創業者一族のことをよく見ています。後継者の差配で、自分の生活が変わる可能性もあるので当然だと思います。

 後継者はそのような意識を持ち、常に知識や技術の研鑽に努めて、ファミリーの価値観を重視した立ち振る舞いをすれば、必ず周りの社員もその行為に応えてくれます(参考記事)。

 将来、そのような社員を幹部として登用し、時代にあった新しいファミリービジネスを築くことが望ましいと思います。

 社内だけの人材では企業経営が難しくなっていきます。これからは外部の人材も積極的に登用し、企業を成長させていくことも不可欠になります。

 事業承継(経営承継)を円滑に進めていくための具体的な取り組みについては、拙書「『経営』承継はまだか」(中央経済社)をご覧ください。本書ではファミリービジネスが抱えている課題やその解決方法についても、欧米の知見を盛り込んだ内容となっています。

【参考文献】
「『経営』承継はまだか」(大井大輔著、中央経済社、2019年)
「和洋胸算用」(鳥井道夫著、ダイヤモンド―タイム社、1976年)
「サントリーの経営」(戸塚国夫著、日本実業出版社、1978年)
「まかせて伸ばす」(鳥井信一郎、加護野忠雄編著、TBSブリタリカ、1994年)
「新しきこと 面白きこと サントリー・佐治敬三伝」(廣澤昌著、文藝春秋刊、2006年)
「夢、大きく膨らませてみなはれ 佐治敬三」(小玉武著、ミネルヴァ書房、2012年)
「新浪サントリー、新風期待」(朝日新聞、2014/7/2)
「サントリーと創業家」(週刊ダイヤモンド、2017/2/25)
「「やってみなはれ」の精神をいかに浸透させるか 新浪剛史」(ハーバードビジネスレビュー、2019年11月号)
「サントリーホールディングス株式会社有価証券報告書(第12期)」(2021/3/25)