ケース

 大学卒業後、金融機関に5年務めた後継者が2年前に自動車部品の下請け会社のA社(家業)に戻ってきました。営業部に配属され、前職の金融機関で培ったネットワークも活用し積極的に活動しています。しかし、従業員からあまり評判が良くないようです。社長もそのことを気にしています。
 一体、後継者はどのような振る舞いをすれば、従業員から良い評判を得ることができ、協力を得ることができるのでしょうか……

目次

 会社に戻ってきた後継者がまわりの従業員から値踏みされている、評価の目で見られていることは、後継者である以上、仕方がないことです。問題は、その結果、後継者に対して、従業員がそっぽを向いてしまうことでしょう。

 後継者が目指すべきは、従業員からの評判を得ることです。単に、従業員からチヤホヤされることではありません。大切なことは、後継者が従業員に認められ、協力が得られる状態(=地位)を獲得することです。

 ファミリービジネスの戦略的課題についての論文によると、正式な後継者としての地位を獲得することを「正統性」を獲得すると言います。その「正統性」を獲得するには、主に2つの事柄が必要です。ひとつは、後継者の能力によって従業員から得られる「信頼」です。もうひとつが、後継者が企業文化に即した行動をすることによって従業員から得られる「支持」です。後継者はこの「信頼」「支持」を従業員から得ることによって、はじめて「正統性」を獲得できるのです。

 ケースにあった後継者における問題としては、従業員から能力に対する「信頼」を獲得できるようですが、企業文化に即した行動に対する「支持」が獲得できていないと考えられます。

 特に中小、中堅の規模の会社において、後継者が優秀な大学を卒業し、大企業に数年勤めたり、MBAなどを取得したりした後に、親の会社に就くと、高い能力やスキル、様々な人脈などを有することから従業員からの「信頼」を獲得し、なんとなくうまく事業承継できた気になります。しかし、従業員らは心からその後継者のことを認めていません。優秀な後継者が長年培ってきた企業文化を尊重し、その文化に即した行動をしなければ、従業員からの「支持」を獲得し、真に信頼される後継者としての地位「正統性」を確保することはできないのです。

 時には、家業の企業文化が今の時代にあっていないこともあるかと思いますが、その文化で育ってきた従業員からの「支持」を得るには、まずその文化を尊重しなければなりません。仮に企業改革をするにも、まず、郷に入っては郷に従い、従業員からの「支持」を得た後に、企業改革をする必要があります。何よりも大切なことは、後継者がこれまで先代や従業員らが積み上げてきた企業文化に対して尊敬の念を持つことです。

 後継者は大学(高校)卒業後に、すぐに家業に就いた方がいいのか、それとも他社勤務した方が良いのかについて、それぞれのメリットとデメリットについて検討してみましょう。

卒業後すぐに家業に就業した場合のメリット

  • 卒業後、すぐに家業に就くことで、従業員と親密になる。良好な関係を築きやすい
  • 家業において要求される独自のスキルや業界慣行を理解し、身につけることができる
  • その結果、従業員からの支持と信頼を獲得しやすい

卒業後すぐに家業に就業した場合のデメリット

  • 経営者は後継者において何か問題が生じた時に、その原因が後継者の能力にあると判断し、後継者の育成を放棄することがある

  • 家業のみの勤務経験によって事業環境などに関する知識やスキルの獲得に制約があり、将来的な企業活動の足かせになる可能性がある

他社勤務を経て家業に就いた場合のメリット

  • 後継者の知識やスキルが、高い客観性に基づき、評価される
  • 他社での勤務経験が自信となると共に、家族の影響から独立して成長することができる
  • 後継者の外部での成功は、信頼性を確立し有能な経営者としての評価を得ることができる
  • 事業環境における視角を広げることができる

他社勤務を経て家業に就いた場合のデメリット

  • 家業における特有の専門知識や、組織の成功要因や文化の理解が欠如する場合がある
  • 外部の経験に基づく行動が、社内における行動と衝突する可能性がある
  • 後継者が古株社員を越えて出世する際に、恨みをかう可能性がある

 このように後継者は大学(高校)卒業後に、すぐに家業に就いた方がいいのか、それとも一度、他社勤務した方が良いのかについては、どちらが良いということではなく、それぞれのメリットとデメリットを理解したうえで、それを補うような振る舞いをすれば問題ありません。

 例えば、他社勤務を経ずに卒業後すぐに家業に参画した場合、従業員から「支持」と「信頼」を得やすいのですが、業界に慣れてしまうことで、新しい成長への志向が難しいことを理解し、例えば、異業種の人材を登用するとか、異業種交流会に参加するとか、より視野を広げる活動が望まれます。

 一方、他社勤務を経て家業に参画する場合、企業文化に合わない行動をしてしまうと、従業員からの「支持」が得られないとか、古株社員から恨みを買う危険性があるために、古株社員への配慮を考えるといったことが必要でしょう。

 よく経営者から、他社勤務している後継者をどのタイミングで家業に戻らせたら良いかと相談を受けます。これについては、長くとも3~5年程度が望ましく、それ以上の他社勤務になっている場合は、できるだけ早く家業に戻ってきてもらうことが望ましいとアドバイスしています。一般的に他社勤務が長くなると、なかなか家業の企業文化を受け入れづらくなるためで、あまりに長く他社勤務をした場合、家業に戻るつもりであっても、戻れなくなることもあります。

 他社勤務している後継者がいる経営者は、まず、後継者と事業承継について話し始めましょう。また、逆に他社勤務している後継者は、家業が気になる場合、親に一度聞いてみても良いでしょう。それぞれが話したいが、話しづらいと状態になっていることも多く、ひょんな一言から大きく動きだすこともあります。

 家業に戻ってきた後継者は、冒頭に紹介したケースにもみられるように、結果(売上増など)を出して、従業員から認めてもらいたいと思うことが多いように思いますが、それだけでは不十分です。後継者としての地位「正統性」を獲得するには、後継者の能力によって従業員から得られる「信頼」と、後継者が企業文化に即した行動をすることによって従業員から得られる「支持」の2つの要件が必要だからです。

 では、家業に戻ってきた後継者は何からすべきでしょうか。

 まず、家業の歴史や価値観を振り返ってみましょう。具体的には先代や創業者がご存命ならば、どのような思い(志)を持って家業を起こしたのか、また、どのようなことを大切にしているのかを聴くことから始めてみましょう。古株社員からも当時の状況を聞いてみると良いでしょう。そのような行動をすることで、先代、社員からも後継者が家業や企業文化を尊重していることが伝わると思います。

2011年に東日本大震災で被災したセントラル自動車宮城工場を視察する豊田章男社長
2011年に東日本大震災で被災したセントラル自動車宮城工場を視察する豊田章男社長

 「豊田章男 100年の孤独」(週刊東洋経済)などによると、トヨタ自動車の4代目である豊田章男氏がアメリカの投資銀行に勤務した後に、トヨタ自動車への入社時に重視したことは、「現場」でした。トヨタの企業文化として、「トヨタ生産方式」「現地現物」「カイゼン」「原価低減」などの言葉に代表されるように、現場力が企業に根ざしており、それがトヨタの強みです。そのことは先代である章一郎氏もその重要性を理解していたので、章男氏を特別扱いすることなく、現場への配属しています。 

 豊田章男氏の社長就任時、「章男さんを社長に」は、豊田家の総意であったものの、世襲であるがゆえに、社長就任当初の環境は試練に満ちていたそうです。株主、グループ会社、サプライヤー、トヨタの役員や役員OB、社員さえも冷めた目で「お手並み拝見」と眺めていたことでしょう。そこで、豊田章男氏は社長昇格を発表する2009年1月の会見で、「現場にいちばん近い社長になりたい」とメッセージを出しました。当時は、もっとトヨタ自動車の社長らしく、高尚な経営ビジョンを語っても良いという声もあったそうですが、この「現場」を重視するというエピソードこそが企業文化を尊重するということです。

 その後、豊田章男氏は、従来のモノづくりの範疇から、消費者向けの情報サイト「GAZOO」の立ち上げ、積極的な海外展開、エコカーの推進、あらゆるモノやサービスがつながる実証都市「コネクテッド・シティ」の立ち上げなどを推進しています。

 ぜひ、みなさまもこれをきっかけに家業の歴史や価値観と一度向き合うことをお勧めします。