目次

  1. ハードロック工業、コロナ禍で始めた特設サイト
  2. 社長が求める多様なスキル
  3. 年収を聞いた時点で辞退続出「骨身に染みた」 
  4. 転機は副業人材を活用する食品会社の事例
  5. 専門スキルは副業プロ人材 可能性採用は若手正社員へ
  6. 変化の激しい今だからこそ作れるユニットかも

 ものづくりの街・東大阪に、世界一ゆるまないネジを製造するハードロック工業があります。国内では、明石海峡大橋や新幹線、東京スカイツリーなど社会のインフラ設備をはじめ産業機械、自動車、ロボット、人工衛星などに使われています。

ハードロック工業の緩まないねじ(同社提供)

 海外でも台湾や中国、イギリス他多くの国と地域の鉄道関連分野やブラジル、オーストラリア、アフリカなどの鉱山関連分野の重要保安個所に採用されています。

 「我々は単純にゆるまないネジを売っているのではない。安全・安心を提供しているのだ」が会社のミッション。従業員は90人で、売上20億円の企業です。

 そんなハードロック工業も2020年春、コロナ禍により海外企業だけでなく、国内のほとんどの企業への訪問営業ができなくなりました。

 この影響は長期化すると危機感を感じた若林雅彦社長は10月、ねじを扱うすべての設計技術者向けのお役立ち情報サイト「ねじ締結技術ナビ」を立ち上げ、ねじの設計、締付け管理、ねじのゆるみの悩み解決に役立つ内容の掲載を始めました。

 コロナ禍で自宅や社内での滞在時間が増えたこともあり、サイト上にある無料の技術資料や製品のCADデータ、デジタルカタログ等のダウンロードサービスを多くの設計技術者が利用されるようになり、わずか1年で利用者が1万人を超えました。

 この潜在顧客リストを活用し、効果的に売り上げを伸ばす必要があるため、東京支店でマーケティング手法を用いた新規開拓営業ができる新たな人材を採用することにしました。

 求める人物のスキルを尋ねると、若林社長から次々と項目が挙がってきました。

ハードロック工業で新規採用者に当初求めていたスキルのイメージ

マーケティングを生かした業務に携わっていた
戦略立案し行動目標の設定ができる
新規開拓営業ができる
製造業での販売経験がある
理系出身が好ましい
コミュニケーション力がある
先行して時代の流れをよむことができる
好奇心が強く実行力があり素直である
勉強熱心である……

 若林社長は当初、世界一ゆるまないネジを発明し、シンボリックな鉄道や建造物に利用されていること、コロナ禍でも積極的な事業展開を試みていること、独自のデジタルトランスフォーメーションの構築に本気で取り組んでいることなど、強みや特徴をアピールすれば応募は集まると考えていました。

ハードロック工業の若林雅彦社長(同社提供)

 実際のところ、今までは大企業出身者も含め、ハローワークや知り合いを通じて、またはシニア人材など10人近くの中途採用に成功していました。

 とくに、シニア層には知名度があり、1人の募集で数十人の反応があり、その時の会社のレベルにあった人材を採用していました。

 いずれも、入社直後は原則、年収450万円程度からスタートし、実力を発揮すればそれ相応に昇給していく報酬体系となっています。年収条件が合わない人は優秀であっても採用を見送ってきました。

 新入社員の採用を除き、20~30代の採用活動は初めてでした。この世代は家庭を持ち子どもをもうけ、家の購入などで物入りです。企業の認知度や仕事のやり甲斐にもこだわりがあると同時に待遇を主とした労働条件はとても重要で、転職先を選ぶ大きなポイントの一つでした。

 事業スピードを上げるため、思い切って採用コストをかけて有料職業紹介のエージェントなどを利用することになったのが2021年4月でした。まず若林社長が挙げたスキルや労働条件で募集活動を始めました。

 時々問い合わせはあるものの、求めるスキルに叶う人物はほとんどいません。一方、スキルは不足気味でも、素直で積極性のある数人の応募があったため、面接に推薦しました。

 しかし、スキルで妥協すると事業が予定通り進まなくなる可能性もあるため、一次面接ですべて不合格となってしまいました。

 ごくまれに事業そのものや今後の事業展開に興味を持った高スキル人材の問い合わせはありました。

 たとえば、筑波大学大学院工学部卒で電気自動車開発などモノづくりベンチャー企業に勤務の30代前半や、神戸大学大学院卒MBA取得し日中貿易でマーケティング力を活かし新規開拓で活躍中の50代などです。

 しかし初年度年収が450万円スタートと伝えた段階で、辞退になってしまいました。入社後に実績次第で大きく昇給する可能性があると強く訴えても覆りません。現年収と300万円以上の開きがあり、面接にも進まないので求めるスキルに叶う人材かどうかを確かめることすらできませんでした。

 その結果、1年を通じて20人ほどの問い合わせで、採用には至りませんでした。

 若林社長は「年収などの労働条件の見直しや、ブランディングをはじめとする企業力を上げる大切さが骨身に染みた」と話し、意識が大きく変わりました。それでも採用力は一朝一夕に上げられるものではありません。

 転機が訪れたのは、若林社長に、ある食品会社の採用活動を紹介したときのことでした。

 その食品会社は、商品開発できる50代の東京の副業者を採り、大阪の社員達とリモートでプロジェクトを組みました。副業者は高スキルの上にリーダーシップ力があり、スピーディーで、難題にも対応し大型受注が決まりそうだったといいます。

 食品会社の社長は次のように話しました。

 「大型受注とは別に嬉しいこともあってね。社員達が副業者の活動を目の当たりにして大いに刺激を受け、とても発奮し出したんだよ。思わぬ副産物だった」

 「副業者には必要な業務だけに限定することで高単価でも時間を調整して月10万円くらいに抑えることもできる。相性がよければ、相手の承諾は必要だが業務量を増やすことだって可能だ。今回の副業者は社員達とのコミュニケーションもいいし、本人が希望するなら正社員だって受け入れたいくらいだ。しかも自分磨きや地方貢献の気持ちが強く、会社の弱点も補強できる。モテル人材はそのうち報酬も上がるだろうから今のうちに活用を進めようと思っている」

 この話をヒントに、若林社長は採用人材の業務を分解しました。一部のスキルを副業者に担ってもらうことにしたこと、各分野で最も高いスキルを有する社員を寄り集めてユニットを作り、新組織で売上拡大を狙うことにしました。

 採用活動は仕切り直しです。

 そこでマーケティングや戦略立案の知識や新規開拓営業の経験は副業者に求め、理系出身でコミュニケーション力や実行力など素養あるポテンシャルは若手正社員に期待することにしたのです。時間の経緯とともにニーズが膨らみ、若手正社員は大阪本社と東京支社でそれぞれ1人ずつ採用することになりました。

ハードロック工業の新規採用を検討するときにスキル分解したイメージ図(著者作成)

 2022年3月に募集開始。副業者向けには「新規開拓のマーケティング活動をベテラン営業マン(東京支店長)と共に戦略立案し、若手営業メンバーを巻き込んで営業活動をして欲しい。将来に向けての新たな営業モデルを確立して欲しい」旨の求人を出しました。

 若手正社員向けには、次のように呼びかけました。

「ハードロック流の“ニューノーマルモデル”の営業部隊を結成。リーダー・マーケティング責任者(若林社長)・開発責任者、営業アドバイザーはそろっており、新しく2人の企画営業職を募ります。

新製品のプロトタイプは既に完成しているので、あとは顧客ニーズに合致した売れる商品をつくりあげるために、マーケティング部門や技術開発部門、製造部門とも連携し、潜在顧客を顕在化していく取組みをしていきます。皆で新しい市場を切り開いていくのです。

それを聞いてワクワクする方にお越しいただきたいです。もちろん3カ月かけてしっかり教育します。素直さ、学ぶ意欲、成長したいと考える方と仲間になりたいです」

 副業者は5人の応募があり、1人が決定しました。若手営業の問い合わせも、募集開始から順調に入り、面接希望が6人あり、書類選考で3人を面接し、このうち2人の採用が決定しました。募集開始からわずか2カ月でした。

 採用活動を始めると、どうしても人材に求める要件は高くなりがちです。しかし、欲しい人材のスキルが高い場合、逆に欲しい人材が自社を選ぶだろうかと、自問自答も大切です。

 優秀なスキルを持つ人材の採用コストを抑え、相性次第で契約内容を柔軟に変えられる副業市場が成長しており、地方の中小企業にとっては、優秀な人材に働いてもらえるチャンスが生まれています。

 思ったように正社員が採れないとき、嘆くばかりでなく、求めるスキルを分解し、ユニットとして活動することで補うことも検討してはいかがでしょうか?

 そうすると、正社員だけにこだわる必要がない選択肢も見えてくるでしょう。あなたの会社のオリジナルのニューノーマルな組織はどんなカタチなのでしょうか。今、それができるチャンスです。