飲食業の営業許可は相続財産 承継に向けた事前準備と注意点を解説
ファミリービジネスが多い飲食業で経営者が亡くなった場合、営業許可の相続をスムーズに進めないと、許可を取り直して休業を余儀なくされる恐れがあります。実務に詳しい行政書士ひまわり法務事務所代表の竹原庸起子さんが、営業許可の相続の事前準備や注意点について、事例をもとに解説します。
ファミリービジネスが多い飲食業で経営者が亡くなった場合、営業許可の相続をスムーズに進めないと、許可を取り直して休業を余儀なくされる恐れがあります。実務に詳しい行政書士ひまわり法務事務所代表の竹原庸起子さんが、営業許可の相続の事前準備や注意点について、事例をもとに解説します。
目次
本シリーズでは、許認可等を保有している企業の経営者と後継ぎが抱えるリスクや事業継続への備えについてお伝えしています。4回目は前回取り上げた建設業者と同様にファミリービジネスが多い、飲食店経営者の許認可の承継準備をお伝えします。
飲食店は、のれん、味、料理方法などのノウハウ、資金面だけではなく、「許認可権」を誰に引き継がせるのかについても、経営者が元気なうちに考えておかなければなりません。まずは飲食業に関する許認可権の基礎知識を解説します。
筆者は飲食店経営者のクライアントを多く受け持っています。その中でも自分自身で事業を始め、いまだに事業承継を経験しておらず、家族だけで切り盛りしている飲食店経営者のうち何人かに、経営の上で重要視していることを尋ねてみました
すると大きく分けて「資金繰り」「集客」「スタッフ」の三つに集約されました。
これを見ると、現状を考えるだけで精いっぱいといえます。家族の未来に関わる「営業権の行方」と「後継ぎを誰にするのか」について、明快に答えられた経営者はいませんでした。ほとんどの経営者が「まだまだ元気だから大丈夫」と思っているようですが、将来のことを考えないと、店自体が立ち行かなくなる事態に陥りかねません。
飲食店経営者にとっての「営業権」とはどのようなものでしょうか。
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食品関連の事業を営む際には、食品衛生法に基づく営業許可が必要です。ただ、菓子製造、食肉処理といったように、どのような形態で食品関連の事業を行うかによって許可が32業種にわかれています。
事業ごとに個別の許可が必要ですので、複数を取得しなければならない場合もあります。これらを正式名称で「食品営業許可」といいます。なお令和3(2021)年6月1日に食品衛生法が改正され、許可ではなく届出で済む営業業種も制度化されました(参照:東京都福祉保健局「食品衛生の窓」)。
このうち、喫茶店、ラーメン屋、食堂、レストランなどの飲食店を経営するために必要となる許可が「飲食店営業許可」です。以下、本稿では「飲食店営業許可」と呼びます。
飲食店営業許可の要件は、以下の二つがあります。
店の所在地を管轄する保健所へ必要書類を提出し、保健所長の許可を取得しなければなりません。
飲食業許可は、経営者が法人か個人事業主かによって、整える書類に若干の違いはあります。法人ごとや個人事業主ごとではなく、お店ごとにこの二つの要件をクリアしていれば取得できる許可になります。そのため、お店ごとに後継ぎを検討しておかなければならないとも言えます。
飲食店経営者がお店を誰に継がせるのかを考える際には、次の七つの引き継ぎを考える必要があります。
経営者は七つ目の「飲食店営業許可」を誰に継がせるのか事前に決めておかないと、店の経営を揺るがす事態に発展するかもしれません。
つまり「営業権の行方」と「後継ぎを誰にするのか」はセットで決めておかなければならないのです。
飲食店に限らず、事業承継には三つのパターンがあります。
ファミリービジネスが多い飲食業では、長男が調理、父親と次男が経営、長女や母親が接客といったように、家族が従業員となって役割分担していることも多く、私のもとに来る相談も「親族内承継」がほとんどです。
親族内承継を考える飲食店の特徴は、親が高齢化し引退を考えているということです。その際、働く人、店の経営権、お金をどう後継ぎに承継させるのかを考えなければならないという状況に直面します。
その対策として、経営者である親の預貯金、不動産について遺言書を準備する、生前贈与を行うことが考えられます。
ただ、経営者の相続対策と同時並行で、店ごとに取得した「営業権の行方」と「後継ぎを誰にするのか」が気を配っておかないと大変なことになります。
例えば、経営者の父親が亡くなった際に後継ぎ問題で顧客や取引先に影響が出てしまい、一時的に店を閉めなければならない事態や、家族仲が悪くなってしまう状況に陥ることがあります。
そのためにも、時間軸を「生前の事業承継対策」「経営者死亡後の事業承継」という二つのターニングポイントにわけて、親族内承継の準備を考えておきましょう。
このうちファミリービジネスが多い「個人経営である飲食店経営者の親族内承継」について、今から考えておくべき対策をお伝えします。
飲食店経営者も事業承継の準備として、「遺言書」を残すことがあると思います。
その際には不動産、預貯金、株式などの資産にあわせて、「営業許可」についても誰に継がせるのかを遺言書に明記しておきましょう。営業許可は相続の対象で相続財産にもなります。遺言書に記載があればその通りに相続させることができます。
そして相続が開始した際には、遺言書の記載通りに営業許可を承継する者が「地位承継届」を管轄の保健所へ提出しなければなりません。この届を提出することで、営業許可の取り直しが不要になり、経営者死亡後も後継ぎがスムーズに営業を続けることができます。
なお、地位承継届には次の書類も同時に提出が必要です。
遺言書があっても、営業権を継承するためには相続人全員の同意書が必要です。同意書の形式は都道府県や自治体によって異なりますが、相続人のうち一人でも同意しなかった場合は地位承継届を提出できません。
従って、生前に経営者が後継ぎを決めておくことで被相続人の意思が明確になり、相続発生後の遺産分割と事業承継の指針になります。
個人事業主の飲食店経営者が死亡した場合に遺産分割協議を行う際、相続人全員で合意できれば、承継者がすぐにその営業許可を引き継ぐことができます。
飲食店営業許可は相続財産なので、預貯金、不動産、店が賃貸物件だった場合の賃借権などと同じく、法定相続人しか相続できません。ご注意ください。
営業許可を引き継ぐと、施設基準を満たしているかどうかという保健所の再検査は不要ですし、新たに営業許可を取り直す必要もありません。店を閉めることなくスムーズに営業を続けることができます。
ここでは実際に筆者が扱った事例から、飲食店経営者が病気になり、2年後に死亡した喫茶店のケースをお伝えします。
Aさん(70)
地元で有名な個人経営の喫茶店の経営者。30歳でゼロから立ち上げ、レトロ喫茶店として地元では有名な店に育てたが、法人成りを検討しつつも踏み出せず、個人事業主として経営を続けてきた職人肌の男性。
Bさん(68)
Aさんの妻。結婚後、家庭と両立させながらお店の仕入れ、経理などを担当してきた。
長男Cさん(45)
AさんとBさんの長男。調理師の専門学校を卒業後、Aさんの喫茶店を手伝って調理の腕を振るうようになった。調理師免許を保有し、調理の中心である。
次男Dさん(43)
ファイナンシャルプランナーの資格を保有し、店の広報やマーケティング、ブランド化などの中心を担う。別に自身の法人を経営しており、Aさんの喫茶店はあくまで厚意で手伝っているだけで、無償である。
長女Eさん(41)とその娘のFさん(18)
家庭との両立を図りアルバイトとしてお店の接客を担う。
Aさんが2018年にくも膜下出血で倒れ一命を取り留めた後は、療養しながら喫茶店経営を続けてきました。長男Cさんがいるおかげで調理に支障はなく、また接客はEさんとFさんが働き続けてくれているため、これまでは他人を雇う必要もありませんでした。
しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で20~21年は経営不振に陥り、国からの助成金で店は廃業せずに継続できたものの、Aさんは猛暑の影響で持病が悪化し、21年8月に亡くなりました。
Aさんは遺言書を作成しておらず、相続人がAさんの財産をどう分けるかの話し合いを始めることになりました。
Aさんが亡くなってから1週間は葬儀などのため、喫茶店を休んでいましたが、常連客の希望もあり営業再開を決めました。
ところが、飲食店営業許可証がAさんの名前で交付されていたことから、再開のためには許可証の名前を変更しなければならないと分かったのです。
そこで喫茶店経営に携わる関係者一同で話し合いをおこなうことになりました。それぞれの主張は下記の通りです。
Bさん「自分も高齢なので経営からは退き、子どもたちへ託したいが、生活のためA名義の自宅と預貯金は欲しい」
Cさん「Aさんの代わりに調理のすべてを担ってきたのは私。調理師免許保有者・食品衛生管理者の自分がいなくなれば、この喫茶店は運営できないはず。自分が営業許可を引き継ぐべきであり、かつ事業資金相当額の預貯金と喫茶店のテナント賃借権も相続するのが筋だ」
Dさん「宣伝活動などの広報を担ってきたのは私で、無償で手伝ってきた功績もある。営業許可は自分が引き継ぎ、事業資金ももらいたい。今まで無償で手伝ってきた分の対価を今回の相続に絡めて預貯金を取得したい。もし希望がかなわないなら今後は喫茶店経営からは退き、いままでの広報で使用してきたノウハウはすべて引き上げる」
Eさん・Fさん「自分たちが接客をしてきたからこそ喫茶店経営は成り立ってきた。これからもアルバイトで続けたいので雇ってもらいたい。(Eさんは)Aさんの相続人でもあるので、預貯金は法定相続分をもらいたい。ただ営業許可について自分たちは引き継ぐつもりはない」
以上のように、Aさんの遺産分割協議が調わない中、店の営業権の引き継ぎ手続きだけでも進めたかったのですが、営業許可の引き継ぎにはAさんの遺産相続が関連していたため、相続人全員の合意が得られず、3カ月ほど飲食店営業許可の継続ができずに休業する事態になりました。
再度許可を取り直せばいいのではという見方もありますが、許可の承継に比べてデメリットが多くなってしまいます。
具体的には、飲食店が入っているテナント賃借権の承継者も決まらないことと、保健所の検査を受け直さなければならないこと、店舗が新しい施設基準を満たしているか再度のチェックがおりるまで営業ができないことなどが挙げられます。
結局、Aさんのケースでは、死亡によって営業許可の廃止手続きを行いました。Cさんが新たに許可を取り直し、喫茶店名も変え、テナントオーナーとの話し合いや資金準備を行い、まったく新たに喫茶店営業を開始せざるを得ませんでした。
飲食店経営者が後継ぎに飲食業の営業も承継させたい場合は、事前に遺言書での備えをする、推定相続人の間での調整をはかるなどの生前準備が欠かせません。
日々の調理などの技術面はプロでも、事業承継については苦手意識があるのではないでしょうか。積極的に事業承継の専門家の力を借り、伝統の味を未来へつなぎましょう。
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