成年後見制度改革が許認可に与える影響は 専門家がシミュレーション
事業承継などに伴う許認可の世代交代を考えるシリーズ最終回では、今後予想される成年後見制度の改革の行方が、許認可などの世代交代やその際の失効リスクなどに与える影響について、専門家の視点でシミュレーションしました。
事業承継などに伴う許認可の世代交代を考えるシリーズ最終回では、今後予想される成年後見制度の改革の行方が、許認可などの世代交代やその際の失効リスクなどに与える影響について、専門家の視点でシミュレーションしました。
目次
本シリーズでは、許認可等を保有している企業の経営者と後継ぎが抱えるリスクと事業継続への備えについて4回にわたって伝えてきました。最終回は、成年後見制度の改革の動きが与える影響について考えます。
例えば、成年後見制度の改革によって企業に与えられた許認可権が不安定になる事態も想定されます。その際、商取引や法律行為を制限無く進めることができるのか、特に不動産売買やお金の動きについても影響がありそうです。
あくまで「もしこのように改正されたらどうなるか?」という仮説ですが、現場の声をくみ取った筆者の実務経験に基づく予想や意見になります。なお、今後の法改正のゆくえに左右されるため、すべてに適用されるわけではないことを申し添えます。
まずは「成年後見制度」について説明します。法務省のホームページによると、成年後見制度とは、認知症・知的障害・精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々を保護、支援するための制度と説明しています。
このような方々が、不動産や預貯金などの財産を管理したり、介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり、遺産分割の協議をしたりする必要があっても、自分自身で進めるのは難しい場合があります。
後見には大きく分けて2種類あります。法定後見と任意後見です。
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後見、保佐、補助の三つに分かれ、判断能力の程度など本人の事情に応じて制度を選べるようになっています。
法定後見制度においては、家庭裁判所によって選ばれた成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)が、本人の利益を考えながら、本人を代理して契約などの法律行為をしたり、本人が自分で法律行為をするときに同意を与えたり、本人が同意を得ないで行った不利益な法律行為を後から取り消したりすることによって保護支援する制度のことです。
本人が十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分な状態になった場合に備え、自らが選んだ代理人(任意後見人)に、自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務についての代理権を与える契約(任意後見契約)を、公証人の作成する公正証書で結んでおくというものです。
そうすることで、本人の判断能力が低下した後に、任意後見人が任意後見契約で定めた事務について、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」の監督のもと本人を代理して契約などをすることで、本人の意思に従った適切な保護・支援をすることが可能になります。
成年後見制度の利用の促進に関する法律(2016年5月施行)に基づき、成年後見制度利用促進基本計画の第1期(17年~21年度)が策定され、実行されました。策定当初の目標はおおむね以下の通りです(厚生労働省「第一期成年後見制度利用促進基本計画等」より筆者が抜粋)。
1.利用者(認知症などで判断能力が乏しくなった人のことを示す。以下、本人)がメリットを実感できる制度・運用を進める
例えば、次のようなことが挙げられます。
2.本人の権利制限にかかわる措置(欠格条項)を見直す
3.後見人等による横領等の不正防止を徹底する環境整備
4.どの地域でも必要な人が成年後見制度を利用できるよう、権利擁護支援の地域連携ネットワークの構築を図る
ではこれらのうち、達成できたといえる計画はあったのでしょうか。厚労省の「成年後見制度の現状」(21年8月発表)から考察してみましょう。
第1期計画で達成できたことは、欠格条項(権利制限にかかわる措置)の見直しです。資格や許認可等の欠格要件から、成年後見制度利用者が外れたのです。
それまでは各法律において、成年後見制度を利用することで医師、税理士等の資格や公務員等の地位を失うなど、本人の権利を制限する規定が定められていました。
しかし、19年に「成年後見人等の権利の制限に関わる措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」が成立。このような権利制限の規定は削除されました。
それに伴い、同年に「会社法の一部を改正する法律」も成立し、成年被後見人及び被保佐人も株式会社の取締役に就任できることになりました。
もっとも、取締役等はその資質や能力もふまえて株主総会で選任されます。取締役等への就任後に判断能力が低下し、後見開始の審判を受けた場合は、いったんその地位を失うこととされており(会社法331条参照)、再び取締役等に就任するにはあらためて株主総会の決議等が必要です(ただし、成年後見人及び後見監督人の同意が必要です)。
成年後見制度利用促進基本計画の第1期で達成できなかったこととして、下記の四つが挙げられます。
22年3月に閣議決定された「第二期成年後見制度利用促進基本計画」では次のような対応を進めることになりました。
1.成年後見制度(民法)見直しの検討(26年までに国会に民法改正案を提出する目標)
たとえば、以下のような検討項目が挙げられています。
2.任意後見制度の利用促進
3.成年後見制度のうち後見だけではなく、保佐制度・補助制度の活用
4.成年後見制度を利用したくない本人や周辺の関与者の心配を払拭できるような環境整備(保険や後見制度支援信託など)
5.成年後見制度以外の権利擁護支援策の実施
6.適切な後見人等を選任できるような家庭裁判所と地域との連携
第二期基本計画が実現した場合、許認可等の世代交代を控える事業者にとってはどんな影響があるのでしょうか。前述した項目のうち、後見人の交代や必要なときだけ後見人をつける仕組みが実現すると、許認可等への影響が大きいのではと考えています。
建設業の許認可等の世代交代を取り上げたシリーズ3回目で、筆者は建設業者の実例をもとに解説しました。そこでは次のようにお伝えしました。
建設業の許可業者であるということは、行政から経営能力、技術力、金銭的信用性があると認められたようなもの。建設業許可の核になるのは「人材」である。
もし今後の民法改正で成年後見制度が変わったら、建設業者をはじめとする許認可等の保有事業者にとって、許認可等の存続や事業の遂行に大きな影響があるのではないかと懸念しています。
そこで経営者と後継ぎにとってポイントとなる法改正の動きに絞って、シミュレーションしました。
たとえば次のような中小企業を想定してみましょう。
【建設業許可を保有するA株式会社(許可は5年ごとに更新手続きが必要)】
・代表取締役B(父親)…建設業許可では、経営業務の管理責任者として登録されている
・従業員C(息子)…後継ぎの予定だが、まだ役員経験がない
・そのほか、技術者、スタッフ等6人
例えば、社長のBさんが急に脳梗塞で倒れてしまい、自身で売り上げ計算もできそうにない状況になったと仮定します。工事の依頼は多いのですが、Bさんの判断能力に支障が出る状態になってしまいました。
後継ぎのCさんが「父(Bさん)の具合が悪い時だけ専門職の後見人(弁護士、司法書士、社会福祉士)をつけ、体調がよい時は後見人に辞めてもらって父自身で法律行為を行ってもらいたい。万一また悪化すれば、また後見人をつければいい」と考えていたらどうでしょう。
Bさんと工事の請負契約を締結するはずが、突然部外者だった専門職後見人と契約する事態も起こりえます。建設業では長期間にわたる工事も多々あるので、工事期間中に契約や金銭管理を行う責任者が後見人になったりBさんに戻ったり、また別の後見人が付いたりという途中交代が起こるかもしれません。
これでは事業がスムーズに進まず、取引先の事業者などを困惑させる可能性が生じかねません。また、後見人が代理で行う法律行為とそうではない行為が混在し、法律上の相手方保護はどうなるのだろうかと気になります。
またBさんに後見人がつくことで、会社法の規定に基づき、取締役としてはいったん退任することになります。その後、株主総会などで取締役として再び選任する際は後見人が付いている状態になります。従って選任後に就任を承諾するかは後見人次第ということになります。
建設業許可業者において、許可要件の一つである経営業務の管理責任者は代表取締役が務めていることが多いため、代表取締役が何度も交代することは許可要件が盤石ではない状態になり、失効のリスクを抱えてしまうことになります。
従って許可業者にとって、成年後見人が付いたり付かなかったりという事態は、経営の不安定さを招く恐れがあると考えます。
こうした事例では、シリーズ第3回でお伝えしたように、後継ぎのCさんを役員にして、経営業務の管理責任者の要件を満たせるように役員経験の年数を積むことが、いざという時のバックアップとなります。早いうちから事業承継の段取りをすることがますます重要となります。
前述したとおり、19年の法改正によって、成年被後見人になったからといって直ちに建設業許可に必要な「経営業務の管理責任者」になれないわけではなく、個別審査という運用になりました、
しかし「契約の締結、履行に必要な認知、判断、意思疎通の能力に問題がない」という医者の診断書がなければ以前と変わらず欠格事由になります。
そんななか、後見人が付く時期と付かない時期があると、建設業許可の「経営業務の管理責任者」として、監督官庁に認められる時期と認められない時期が出てくるように思います。実際はどのような運用となるのでしょうか。
当然、「経営業務の管理責任者」として認められない期間は、別の者が「経営業務の管理責任者」にならない限り要件を満たせず、許可は失効するのが普通です。
以前のように一度後見人が選任されると、本人が亡くなるまで継続することを前提とした制度設計では、許可の要件としても安定した運用となります。しかし、同じ人に後見人が付いたり付かなかったりする流動的な運用になると、許可要件との兼ね合いはどうなるか気になります。
このような懸念が残るのであれば、成年後見人の担い手不足が解消されないのではないかという問題も浮上します。
第二期計画では、前述の内容に加えて、本人の権利保護と後見人等の担い手確保や、本人にとって適切な後見人等の選任ができる仕組み作りを挙げています。
本人が事業者であった場合に、事業経営の知識を持ち合わせる後見人等でないと、本人の保護につながらないことや、後見人等へのプレッシャーや負担が大きくなるおそれがあるのではと考えます。
以上、第二期成年後見制度利用促進基本計画を進める上で、経営者と後継ぎにとって懸念される問題をシミュレーションしました。
経営者と後継ぎにとって、安心して事業を行えるものなのか。今の発表事項のみでは不明な点が少なくありません。今後発表される成年後見制度の改正点に注視し、経営者と後継ぎにとって役に立つサポートと実行支援に寄与したいと考えています。
経営者が高齢や障がいをお持ちで、後継ぎへの事業承継を考えている場合は、成年後見制度の改正の動きに注目しておきましょう。
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