フェムテックを新たな商機に 商社4代目がフラッグシップを掲げた理由
文房具やオフィス家具の商社オカモトヤ(東京都港区)は2022年、性差による働きにくさの解消を実現するための新規事業「Fellne(フェルネ)」を、フラッグシップとして立ち上げました。同年、4代目社長になった鈴木美樹子さんへのインタビューなどを通じ、Fellneを立ち上げるまでのプロセスや、事業に込めたデザイン経営のアイデアを2回にわたって掘り下げます。
文房具やオフィス家具の商社オカモトヤ(東京都港区)は2022年、性差による働きにくさの解消を実現するための新規事業「Fellne(フェルネ)」を、フラッグシップとして立ち上げました。同年、4代目社長になった鈴木美樹子さんへのインタビューなどを通じ、Fellneを立ち上げるまでのプロセスや、事業に込めたデザイン経営のアイデアを2回にわたって掘り下げます。
今井裕平(筆者、以下今井):はじめに「Fellne」の取り組みについてご紹介下さい。
鈴木美樹子社長(以下鈴木):Fellneは女性活躍推進に取り組む企業や、これから取り組みたいと考える企業のサポートを行う、オカモトヤの新規事業です。22年8月、私の社長就任と同時に立ち上げました。
女性のQOL向上につながる取り組みを「フェムアクション」と定義。月経カップや吸水ショーツなどのフェムテック関連商品15種類を企業向けに販売を始めました。生理用品をはじめ、リフレッシュシートや夜用ショーツなど12種類の衛生用品を入れた「災害用レディースキット」も販売しています。
オカモトヤが契約している企業や従業員の皆様向けに専用のウェブプラットフォームも開設し、フェムテック関連商品も注文できます。性別に関係なく使用できるオールジェンダートイレの設置に向けた相談受付も始めています。
今井:この連載は「脱下請け」をテーマにしています。オカモトヤは商社で下請けの仕事をしていませんが、今回、新規事業のFellneを立ち上げ、主体的にサービスを展開していくことは、広義の「脱下請け」と捉えられると考えました。鈴木さんがオカモトヤに入社してから事業承継に至るまでの経緯を教えてください。
鈴木:オカモトヤのルーツは私の祖父が1912年に立ち上げた「鈴木紙文具店」です。その後、文房具の専門商社となり、現在は文房具のほかにも、オフィス家具などの仕入れやオフィスの環境づくりのサポートなども行っています。
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大学卒業後、デニムブランドのエドウィンに就職し、営業企画などの仕事をしていました。家業を継ぐつもりはなかったのですが、友人から「親とちゃんと話したほうがいいのでは」とアドバイスされ、あらためて父と話してみました。「どうしても嫌じゃなかったら、まずは入社して働いてみて、社長になるかどうかは後から決めればいい」と言われ、2006年にオカモトヤに入社しました。
私が入社したときは父が社長でした。私に課せられたミッションは空間事業の強化です。目標は文房具を使うオフィスのトータルコーディネートも提供していくこと。そのためにオカモトヤと取引のあるコクヨで1年ほど研修させていただいた後、オフィス空間サービスの強化をすべく施策を講じていきました。
当初はゼロベースで訪問営業をして新規顧客を開拓。自らレイアウトを考えて提案書をつくり、オフィスの施工管理まで一通り手がけていました。実績を積み重ね、15年ほどかけた現在、オフィスのトータルコーディネートのビジネスが主力になってきました。
今井:22年8月、創業110周年のタイミングで事業承継しました。後を継ぐにあたって、新たなフラッグシップをつくることは意識していたのでしょうか。
鈴木:事業承継に合意したのはその前年です。1年ほど準備期間を設け、あらためてオカモトヤの将来について考えました。私たちはモノをつくっているメーカーではなく、絶対的な強みはありません。今のままでは発展し続けることは難しく、以前から漠然と「今手がけているビジネスとあまりかけ離れず、何か社会に貢献できる新しい仕事をつくりたい」と思っていました。
そんなとき、今井さんが講師を務める東京都中小企業振興公社の「デザイン経営スクール」の存在を知り、21年に参加できることになりました。参加したからには変革のチャンスをつかもうと、オカモトヤ独自の強みを見つけたり、常識や新常識を考えたり、真剣に取り組みました。その過程で生まれたのが「『働く人』のミカタ」という事業パーパスです。
今井:私の第一印象は「もったいない」でした(笑)。これは多くの企業に共通する「あるある」だと思っているのですが、自社の強みが適切に認識できていないように見え、まだまだ新しいチャレンジができそうな印象でした。
鈴木:自分たちの強みについて、参加者同士で議論する機会があり、「オカモトヤは働く人の味方だね」という話になったんです。
父が社長を務めていたときは「オフィスづくりのパートナー」というキャッチフレーズがありました。それはオフィスで働く人たちに寄り添い、ニーズに応えるパートナーということですよね。「パートナー=人」にフォーカスを当てることで、事業領域を広げられるのではないかと思いました。
私が社長になるタイミングで、モノ・空間・仕組みをトータルでサポートする「『働く人』のミカタ」という事業パーパスを打ち出すことにしました。
今井:デザイン経営スクールでのプレゼンは、オフィスのトイレを充実させようという内容でしたね。
鈴木:「『働く人』のミカタ」というパーパスを見いだし、これまでとは違った切り口で働く人を支えていくために、私たちにできることは何か考えました。その中で、オフィス内での困りごとについて話したとき、月経について話題になりました。
これまで社員とも月経について話したことはありませんでしたが、スクールで一緒に議論していた人の中にたまたまトイレメーカーでデザイナーとして働いている方がいました。オフィスのトイレ事情にも詳しかったこともあり、ざっくばらんに月経の話ができました。
そのとき、オフィスのトイレのあり方や月経というワードが出てきて、さらに調べると「フェムテック」という市場があることもわかりました。そこで、「『働く人』のミカタ」として、女性の働きやすい環境をつくることにもつながるトイレを整備するべきであるというプレゼンをしました。
今井:フェムテック市場から考えた企画ではなかったんですよね。
鈴木:あくまで「『働く人』のミカタ」というパーパスから深掘りする中で、フェムテック市場の存在に気づき、女性活躍推進など社会の動きと自分たちの仕事を結びつけられるのではないかと考えました。
プレゼンした後、今井さんに「総論は賛成だけど各論は議論の余地がある」とフィードバックをいただきました。そのとき、今井さんはどこに可能性を感じられましたか。
今井:大きく三つあります。まずフェムテックは新市場であり、法改正などによって今後価値観が大きく変化する可能性があることです。ビジネスをする市場の見極めは、スタートアップでも新規事業でも非常に重要です。
市場のサイズだけで事業を判断することはありませんが、大きくて成長が期待できる市場に越したことはありません。
二つ目は、鈴木さんのこれまでのキャリアや取り組みとも合っていて、そこにうそがなかったことです。これまでくるみんマークを取得したり、厚生労働省の働き方改革の事例に取り上げられたり、健康経営にいち早く取り組まれたりして、実績をあげられています。
オカモトヤで働き始めてから結婚・出産を経験し、お子さんを2人育てながら事業承継で経営者にもなられた。これまでの鈴木さんの人生と、女性の働きやすい環境をつくるというビジョンは一貫性があり、共感につながると思いました。
三つ目は、鈴木さんの社長就任が決まっていたことです。就任発表の際、これからの方針や構想を、新たなフラッグシップとなる具体的なサービスで語ることで、社員を含めたステークホルダーのさらなる共感を呼ぶ絶好の機会となるのではないかと思いました。
オカモトヤの最大の強みは、(オフィス家具などで)アプローチできる取引先が3300社以上あることです。そのうち6、7割が、港区、中央区、千代田区に本社があります。虎ノ門にオフィスを構えるオカモトヤは、東京の中心から女性活躍推進をテーマにした取り組みを発信できる。それは、同業他社がまねできない価値とも思いました。
鈴木:今井さんから「本格的に事業化するならサポートする」とご提案いただき、一緒に取り組むことが決まりました。女性活躍推進というテーマを、どうビジネスにつなげていくか。その検証も兼ねて、まずは22年5月に女性向けのオンライン展示会を開催することにしました。
ちょうどそのころ、オカモトヤが毎年開催している文房具やオフィス家具などを提案する初のオンライン展示会を終えたばかりでした。終了後に、デザイン経営スクールに一緒に参加していた女性スタッフとの話から「女性向けに振り切った展示会をやろう」という話になりました。
そこから企画を考え、女性の健康課題を知ってもらえるように、女性向け商品の紹介や健康課題を知ることができるセミナーの配信などに振り切った展示会を開催することにしました。
そもそも、月経のことはもちろん、妊娠や出産、更年期、乳がんや子宮頸がんなど、女性の体の変化や病気のことを知らず、女性活躍推進という目標を一方的に掲げて「働け、働け」とあおるのは、おかしいですよね。女性と一緒に仕事をする男性は、最低限知っておくべきことだと思います。
私自身、オカモトヤに入社した15年ほど前、ある方から「そんなに頑張らず、早く結婚して子どもを産めばいい」と言われたことがあります。しかし今は労働人口も減少しており、女性が働かないと社会が成り立たなくなっていますよね。女性活躍推進を掲げるなら働く環境も整えておくべきです。そうしないと女性は継続して働けないし、採用も難しくなると思います。
女性の健康課題について企業が知るためのサービスは、ビジネスにつながる可能性があるかもしれない。まずはやってみようと、展示会に出展する商品を集めるところから始めました。
開催の2カ月前から今井さんに伴走していただき、展示会にプレスを入れるなどのアドバイスをしていただきました。そして、同年8月、社長就任とFellneのリリースに向けて準備を進めていきました。
今井:Fellneの災害用レディースキットは、これまでつながりがあったお客さんからの要望だったんですよね。
鈴木:そうです。ある企業から災害時、会社に数日待機することになったときに備え、生理用品や下着などをセットにしたレディースキットが欲しいという要望がありました。そのときつくったものをベースに商品化しました。
※Fellneの具体的な中身やデザイン経営の視点をどのように採り入れたか、事業化の考え方などについては次回詳しく解説します。
構成:西山薫(デザインライター)
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