売り上げ増につなげるフラッグシップの届け方 顧客プロセスを分解
中小企業の後継ぎが脱下請けを目指すには、自社のフラッグシップ製品・サービスの開発でなく、顧客に届ける手段を考えることが不可欠です。ビジネスデザイナー・今井裕平さんが羽田空港のギフトショップの事例などをもとに、顧客に商品を届けるまでのプロセスを分解し、売り上げアップにつなげるための効果的な手法について解説します。
中小企業の後継ぎが脱下請けを目指すには、自社のフラッグシップ製品・サービスの開発でなく、顧客に届ける手段を考えることが不可欠です。ビジネスデザイナー・今井裕平さんが羽田空港のギフトショップの事例などをもとに、顧客に商品を届けるまでのプロセスを分解し、売り上げアップにつなげるための効果的な手法について解説します。
目次
連載6回目でご紹介した通り、フラッグシップの開発は「1.創る→2.魅せる→3. 届ける」という三つのステップで進みます。今回は「届ける」についてお伝えします。
「届ける」とは、ステップ1、2で計画したフラッグシップ製品・サービスを、顧客に対していかに届け、購入してもらうかを検討します。そのために大切なのは、購入に至るまでのプロセスを顧客視点で把握することです。最近筆者が購入した「炭酸水メーカー」を例に挙げると、購入プロセスは下図のようになります。
元々筆者はペットボトルの炭酸水をスーパーで都度購入していました。帰宅途中に買うことが多いのですが、重たくかさばるので小さいストレスを抱えていました。週1回の資源ごみで大量のペットボトルを捨てることにも、後ろめたさを抱えていました。
炭酸水メーカーの購入のきっかけとなったのは、モノ系雑誌の炭酸水メーカー特集でした。まずここで、製品を具体的に[認知]することになります。その後、雑誌に掲載されていたメーカーの商品を中心にWEB検索し、製造元のサイトや比較サイト、口コミなどをみます。その中で二つのブランドに[関心]を持ちました。
この二つを比較してAmazonで購入しても良かったのですが、妻が置いた時の圧迫感が気になると言い出し、近くの家電量販店を[訪問]しました。そのお店では、私が認知していなかった別ブランドの商品が専用什器と共に大々的に陳列されていました。POPにはポイント還元率の高さも訴求され、この商品を[購入]したのです。炭酸水メーカーを[認知]してから[購入]するまでのプロセスを単純化したものが、前述の図となります。
この購入プロセスは、あらゆるビジネスで図式化できます。次は対極のBtoBサービスを例に挙げてみましょう。対象は前回ご紹介した法人向けのECサービス Fellne Store とし、このサービスを売るオカモトヤの立場で考えてみます。その際のポイントは、顧客視点で最後から順に書いていくことです。
↓ここから続き
本サービスの顧客は法人ですので、[契約]を最終ゴールにプロセスを記載します。[契約]をするためには、どのようなプロセスが必要でしょうか。見積もりの提示やECサイトのデモ、サービスの紹介など様々なアクションが想定されますが、それらをひとまとめに[商談]とします。
そして、[商談]をするためには、アポ取りが必要です。ここでは大きく二つのパターンが考えられます。一つはこちらから[問合せ]る方法、もう一つは顧客候補企業から[問合せ]てもらう方法です。
Fellne では既存顧客には前者でアプローチしつつ、新規顧客開拓のために後者も想定していました。本稿では話をシンプルにするために、新規顧客開拓に話を絞ります。
次は顧客候補に[問合せ]てもらうためのプロセスです。[問合せ]てもらえるということは、それなりに情報を得て[関心]を持っている状態です。少なくともWEBページやサービス概要資料など何かしらのタッチポイントに触れているはずです。そして[関心]をもってもらうためには、購入プロセスのスタートとなる[認知]してもらうことが必要です。Fellne では展示会出展と次回の連載で取り上げる予定のPRを組み合わせ[認知]を獲得しました。
顧客プロセスを把握することには、大きく二つのメリットがあります。一つは”届ける”ために必要なタスクの全体像を理解できる点です。炭酸水メーカーに話を戻すと、プロセスごとに検討しなければならないタッチポイントは下記のようになります。
量販店で商品をレジまで持っていってもらう[購入]の確率を高めるためには、私もまんまと術中にはまった什器やPOPが有効です。また生活用品や食品などでは、商品パッケージも効果的です。
[訪問]については販売チャネルの開拓が必要です。量販店に置いてもらうにはバイヤーか、その量販店と取引のある商社へのアプローチが欠かせません。筆者は実店舗で購入しましたが、オンライン販売も検討する必要があります。ECもAmazonや楽天などを利用するのか、自社で構築するのかなど選択肢は様々です。いずれにせよ、まずは大まかな選択肢を把握することが重要で、それによって比較や検討、選択ができるようになります。
[関心]については、まずはWEBサイトは必須でしょう。それ以外に参考にしたのは、YouTuberやブロガーの商品レビューでした。筆者はいちサンプルに過ぎませんが、いかにレビューしてもらえるかは重要なタッチポイント設計の一つという仮説も立てられます。
炭酸水メーカーでは、どこで買えるかも重要でした。私が購入を検討した商品は、近くの小売店が配送してもらえることが分かり、小売店の対象ページも[関心]には重要でした。
最後に[認知]のアクションです。前述の通り、筆者は雑誌の特集ページで商品を知りました。今回はたまたま雑誌でしたが、テレビ番組やSNSのタイムラインで知ることもあるかもしれません。PRや広告など、ここでも様々なアクションが考えられます。
全体像が把握できると、どのプロセスについての議論なのかを明確にできます。社内でSNSの有効活用やWEBサイトのリニューアルを検討したことはありませんか。その際、購入プロセスのどの部分を改善することを目的にしているのか明確だったでしょうか。
例えば、Instagramの場合[認知]を目的に注力するならフォロワー数を伸ばすことが重要となります。しかし、WEBサイトのように詳細情報を伝え[関心]をもってもらうことが目的なら、投稿コンテンツがそれに寄与するものであればそれほどフォロワー数は関係ありません。
長年事業を続けていると「当たり前すぎて把握するまでもない」と思われるかもしれませんが、このような使い方ができますし、新たな課題の発見やアイデアの発想につながります。メンバー全員の共通認識をつくるためにも、顧客プロセスをつくることを強くお勧めします。
顧客プロセスを把握する二つ目のメリットは、注力すべきアクションを見極められる点です。全てに注力できればそれに越したことはありませんが、実際はリソースが限られているため、優先順位を付ける必要があります。
筆者の長年の経験で申し上げると、販路についての議論はよくなされていますが、[認知]獲得の議論が少ない印象です。顧客プロセスを見れば一目瞭然ですが、[認知]がなければ後に続くことはなく、それくらい重要です。一方で、中小企業が認知獲得のために広告費を確保できるかというと難しいのが現状です。そのため、筆者はPRというアプローチを多用しています。これについては次回取り上げます。
第7回で少し触れた羽田空港のギフトショップ「KIRI Japan Design Store」の再建には、この顧客プロセスの考え方をフル活用。「新常識」の具体例として、ターゲットを外国人旅行者から日本人旅行者に再設定し、V字回復を実現しました。まずは、再設定までの経緯をお伝えします。
この再建について相談された2013年当時の状況は下記の通りです。
顧客数が減っていたので、まずは既存顧客の把握から始めました。店長へのヒアリングをもとに、下記の二つのセグメントに大別できました。
前者は日本人はまず買わない小物・雑貨が売れ、後者は飛行機のおもちゃやTシャツが売れ筋でした。店長はどちらに狙いを定めるべきか悩んでいましたが、筆者はどちらかを選択しても根本的な解決にはならないのではないかと感じていました。
そこで、二つの顧客セグメントを起点に、下記のような分類を考えてみました。
縦軸は、旅行者 or 非旅行者、横軸は、日本人 or 外国人です。左上に「外国人旅行者」、右下に「ファミリー」が該当しますが、発見があったのは右上の「日本人旅行者」です。
思い浮かんだのは、帰国時のお土産ではなく、訪問する時の手土産を買うためのショップです。空港での待ち時間に利用でき、日本を誇ることができる気の利いた雑貨や小物であれば、海外出張の多いビジネスパーソンを中心にニーズがあるのではないかと考えました。
ヒアリング時に店長が語ってくれた「理想像」もヒントになっています。店長はいつか実現したい目標として、既存顧客に合わせた商品ではなく、日本の伝統工芸品やデザインの優れた商品を販売することを掲げていました。顧客ニーズも店長の夢もかなえられるなら、挑戦する価値はあると判断しました。
次は仮説の検証です。「日本人旅行者」がどの程度来店するのかを把握するために、4象限の顧客の人数や売り上げを店長とスタッフに数えてもらいました。ひたすら話しかけて紙に記録する、とてもアナログな作業です。
リサーチの結果は期待どおりで、「日本人旅行者」が一定数存在することをデータで確認できました。ボリュームも決して小さくなく、顧客数は外国人旅行者よりも大きいことが分かりました。
この結果を踏まえ、「日本人旅行者」をターゲットに「海外に持参したくなる日本製ギフト」のセレクトショップとして、リニューアルを進めることになりました。
店長と共に、播州織の扇子、瀬戸焼の箸置き、銅製タンブラーなど新たに仕入れるべき商品をリストアップ。何度も議論を重ね、半分以上の商品を入れ替えました。
前置きが長くなりましたが、ここからが顧客プロセスの出番です。
コンセプトと品ぞろえを変えても、それだけでは売り上げはなかなか上がりません。まずはお店に足を運んでもらうことが重要です。論理的には下記の三つのアプローチが考えられます。
①ターミナルビルの来館者を増やす
②当店の前を通る人を増やす
③お店の前を通る人の中で来店する割合を増やす
①はテーマが大きすぎて店だけで負える内容ではありません。②も①ほどではありませんが、人通りを増やすのはハードルが高そうです。ただし、当時のお店は人通りの少ない最上階に位置しており、ゆくゆくは何かしら手を打つ必要があると感じていました。③は自助努力で解決できることが多々あり、ここから着手することにしました。
必要なのはまず足を止めることです。どんな商品が置いているかが分かり、興味をひいて入店してもらわなければなりません。そこでとにかく目立ち、商品に目が向くひな壇状の什器をつくることにしました。予算が限られていたので、ホームセンターで材料を買って手作りしました。
次に考えたのは、入店から売れ筋候補の商品の前に来てもらい、手にとってもらうことです。そこまでくれば店長の接客で高い購入率が期待できます。
そこで売れ筋候補を数点に絞り、他の商品よりも大きな陳列スペースを用意し、陳列台の壁面にこの商品の特徴が端的にわかる写真を特大サイズで掲載しました。その横には、商品名と特徴がわかるコピーのみを記載し、10秒あればこの商品が何かを分かるように設計しました。
余談ですが、当時このしつらえによって、ある商品が日本一の販売数を誇りました。それぐらい、この特大POPは効果的な解決策でした。
地道なアプローチと試行錯誤による改善を繰り返し、徐々に売り上げは上がっていきます。勝ち筋が見つかれば、あとは何もかもがスムーズでした。うまくいった陳列やPOPの割合を高め、売り上げを増やす。売り上げが上がれば、より多くの種類の商品を仕入れられるようになりました。
また、②人通りの少なさに対しても、空港入り口でお店のチラシを配布し、ターゲットであるビジネスパーソンの認知や関心を高めることに成功しました。
以上の打ち手をまとめると、下記のようになります。
これらの積み重ねで無事V字回復を果たし、売り上げの昨対比は150%を記録しました。
そして、リニューアルから2年後の15年には、空港施設よりメインフロアへの移転のオファーがきました。迷う必要のないくらいの好条件で、店長と二人で思わず騒いでしまったのも今となっては良い思い出です。
メインフロアへの移転で懸念事項だった人通りの心配もなくなり、内装デザインにも着手して「日本人向けギフトショップ」のコンセプトをより強化できました。売り上げは更に倍増し、わたしたちがこのプロジェクトに携わってから、300%以上伸びたことになります。
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