「期待をつくる」ブランディング オカモトヤがフェムテックで起こす変化
前回は文房具やオフィス家具の商社オカモトヤ(東京都港区)の4代目社長・鈴木美樹子さんに、筆者がサポートしている新規事業「Fellne(フェルネ)」を立ち上げた背景やプロセスについてお聞きしました。今回は「魅せる」ブランディングについて筆者の考えを紹介しながら、オカモトヤのフラッグシップとして「Fellne」をブランド化する狙いと、フラッグシップ開発におけるブランディングのアプローチを解説します。
前回は文房具やオフィス家具の商社オカモトヤ(東京都港区)の4代目社長・鈴木美樹子さんに、筆者がサポートしている新規事業「Fellne(フェルネ)」を立ち上げた背景やプロセスについてお聞きしました。今回は「魅せる」ブランディングについて筆者の考えを紹介しながら、オカモトヤのフラッグシップとして「Fellne」をブランド化する狙いと、フラッグシップ開発におけるブランディングのアプローチを解説します。
目次
連載6回目でお伝えした通り、フラッグシップの開発は以下の三つのステップで進みます。今回は「魅せる」についてお伝えします。
「魅せる」とは「創る」で企画したフラッグシップに対して、必要な情報を設計します。例えば連載5回目で取り上げた「wemo」の場合、「創る」のフェーズでシリコン製リストバンド型メモを企画しました。
しかし、この商品を読者の目の前にポンとおいたとして、1200円で購入する方はどれくらいいるでしょうか。恐らくゼロだと思います。そもそも何に使うか分からず、1200円で購入するメリットも見えません。では、どうすれば買ってもらえるのか。必要なのは製品を魅力的に示すための情報です。筆者が代表を務める「kenma」では、この情報を設計することをブランディングと呼んでいます。
筆者は経営会議から現場のチームミーティングまで様々な打ち合わせに参加します。その中でよく聞くのが「〇〇が達成できないのはブランディングが足りないから」という会話です。その時にはすかさずブランディングの定義を尋ねますが、シンプルな答えが返ってきた経験はほぼありません。
それも仕方がないかもしれません。なぜなら、ブランディングの定義に絶対のものはなく、定義する人の立場によって内容が異なっているからです。筆者の場合は学術的な正しさより、実務で機能するか、フラッグシップ開発によって成果が上げられるかを重視しています。その前提を元にブランディングについて解説します。
kenmaではブランディングを「期待をつくること」と定義しています。この定義は、筆者が20年ほど前、東京の和菓子の名店「虎屋」に入った時の体験から導き出しました。
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生まれてからずっと関西で暮らしていた筆者にとって、虎屋の羊羹はアニメやドラマの世界のもので、直接触れたことはありませんでした。就職活動で初めて上京し、ミッドタウン六本木でモダンなデザインの虎屋に入りました。そこで驚いたのは、1本数千円する羊羹が飛ぶように売れていたことです。ヘビーユーザーが多かったのかもしれませんが、当時はその場で食べてもいない数千円の羊羹をよく買えるなと思ったものでした。
その体験から導き出した仮説が、消費者に「期待」があるからこそ1本の羊羹に数千円払えるのではないかということでした。この仮説が正しければ、「期待」を解明することで機能するブランディングができるのではと考えたのです。
「期待」をつくるのに必要なのが、前述した「製品を魅力的に示す情報」の設計です。具体的には、言語↔非言語、抽象↔具体の2軸で整理し、下図の四つの要素に分けてブランドの情報として設計します。
これらの要素を組み合わせることで、「期待をつくる」ことを目的に、ウェブやパンフレット、展示ブースなどのタッチポイント(顧客との接点)を制作できます。
大事なポイントは四つの要素が一貫していることです。言語ではやさしさを表現しているのに、ビジュアルが奇抜な色では、ブランドが一貫しているとはいえません。筆者は誠実とは「言動が一致していること」と理解しています。ブランドが誠実であるために、一貫性は最も大事なことの一つです。
筆者は一貫していない表現を多々見受けます。例えば、会社のロゴはグリーンなのに展示会のチラシは青ベースだったり、精度の高さや安心を売りにしているのに営業資料にポップなフォントを使用していたり。そんなケースは枚挙にいとまがありません。少しでも心当たりがある後継ぎの方は、まず「一貫性」をキーワードに点検してみてください。
ここからは前回取り上げたオカモトヤの新規事業「Fellne(フェルネ)」の続きです。女性活躍推進に取り組む、あるいはこれから取り組みたいと考える企業をサポートする事業として、鈴木美樹子さんが22年8月、4代目社長に就任したタイミングで立ち上げました。
この事業は22年5月の女性向けオンライン展示会で手応えをつかみ、オカモトヤの新たなフラッグシップとして開発に着手しました。
フラッグシップの開発では、クライアントの「強みの発掘」と「競合動向のリサーチ」を必ず行っています。
オカモトヤの強みは本社のある港区や、中央区、千代田区を中心に、アプローチできる取引先が3300社もあることです。鈴木さんのこれまでの取り組みや子ども2人の育児と経営を両立している点も、本事業で生かせると考えました。
競合の動向については、企業が女性活躍推進やフェムテックをテーマにどのような新規事業を考えるのかを把握するためにリサーチしました。その結果、筆者が想定した他社の選択肢は三つありました。
一つ目は「メーカー」です。吸水ショーツや月経カップなどのフェムケア製品を開発し、主にBtoCを対象に販売します。
二つ目は「メディア+EC」です。BtoCを対象にフェムテック関連の情報を発信しトラフィックを増やしつつ、ECでフェムテック関連商品を販売するという選択肢です。
そして三つ目は、女性特有の健康課題に対するチャット相談サービスや研修プログラム提供などの「法人サービス」です。
市場をざっくりみた時、多くの企業は三つのどれかを検討するのではと考えました。
一方、オカモトヤは「法人向けの流通」という第4の選択肢を選びました。BtoC向けメディアやECはそれなりにありますが、BtoB向けは皆無でした。米国などのトレンドをみても、法人向けサービスの導入はますます増える可能性があり、オカモトヤの強みである3300社の顧客基盤を生かせると考えました。
フェムテック市場の事業化検討にあたり、ひとつ気になることがありました。それはメディアでの盛り上がりと企業の温度感とのギャップです。
新聞や女性誌など多くのメディアで、フェムテックの特集を見かけます。その一方、一部の大手を除いて企業は取り組めていないのが現状です。フェムテックという概念自体が新しく、市場が温まっていないと言わざるを得ません。
また、フェムテックの商材はBtoC向けですが、オカモトヤの主力事業はオフィス家具などの仕入れやオフィスの環境づくりのサポートといったBtoB向けビジネスです。さらに男性の営業担当者は抵抗を感じやすい領域でもあり、実際のところあまり乗り気ではありませんでした。その状況で女性活躍推進に必要なサービスや製品を紹介したところで、契約にはつながらないことが容易に想像できます。
近い将来、中小企業も「うちも女性活躍推進のために何か取り組もう」と考えるようになると思います。そのとき「女性活躍推進やフェムテックならオカモトヤに話を聞いてみよう」という状態になるのが理想です。それを踏まえ、どういったサポートが企業に喜ばれるかを考えました。
その答えのひとつが「マイクロアクション」という考え方です。手間もお金もかからず、ほんの少しの行動で女性活躍推進の第一歩を踏み出すアクションを表現しています。
そのためのサービスとして、フェムケア関連商品のECサイトを企画しました。このサイトは同社と契約する企業の従業員だけが使用できます。商品購入だけでなく、女性活躍推進やフェムテックの初歩的な情報も読めます。
ECは初期費用も利用料も無料です。企業は従業員に案内するだけで、マイクロアクションの一歩を踏み出せます。オカモトヤの営業担当者にとって紹介しやすいサービスにしていることも、大事なポイントの一つです。
フェムテック関連の商品を取り扱うECサイトは多々ありますが、同じ土俵には乗らず、オカモトヤの契約企業のみが利用できるクローズドのサイトにしています。目的はあくまで「Fellne」のECサイトを通じて、男女問わず女性の健康課題を知ってもらうことです。その結果、福利厚生としてサービスを活用する企業も続々と増えています。
「Fellne」では、災害時に3日間オフィスで待機することを想定した「災害用レディースキット」も企画販売しています。生理用品をはじめ、リフレッシュシートや夜用ショーツなど、12種類の衛生用品を用意しました。
オカモトヤではこれまでも法人向けに防災備蓄キットを納品し、女性向けキットも販売した実績がありました。その経験を基に企画したのがこの災害用レディースキットです。他の企業でもニーズがあり、マイクロアクションとして位置づけられると考えました。
23年2月には新製品として、薄さわずか2センチの「災害用レディースキット- 1dayスリムBOX」を発売しました。この製品も「導入したいがスペースが限られている」という企業の声から誕生しています。
備蓄キットは3日分が「常識」でしたが、今回は新常識として1dayを提案。備蓄倉庫だけでなく、社員の机のキャビネットにしまうことも想定しています。災害発生時にキットが必要になった時も机から三つ取り出せば、帰宅困難者の3日分を賄えるのです。
このような企画と並行し、「期待をつくる」「必要な情報を設計する」ためにブランディングにも取り組んでいます。
初めに着手したのが言葉のデザインでした。「BtoB×フェムテック×流通」という新たなサービスのジャンルには、わかりやすいコンセプトワードが必要です。女性活躍推進に向けた活動に名前がつけられないかと考え、「FemAction(フェムアクション)」というワードをデザインしました。
それをもとに掲げた事業コンセプトが「フェムアクションを増やす」です。オカモトヤのスタンスを示すタグライン(キャッチコピー)は、「FemAction Partner.」としました。
ブランド名称も並行して検討していました。ブランド名の「Fellne」は、「female」と「wellness」を掛け合わせた造語になります。オカモトヤのサービスは、あくまでも女性活躍推進のサポートです。フェムテックのイメージをにおわせつつも、イメージが偏りすぎない名前がいいと考えていました。
オカモトヤの社員も加えたプロジェクトチームのメンバーといくつか候補をあげて検討し、柔らかい印象の「Fellne」に決定しました。
FemAction(フェムアクション)は商標登録を行っています。一般的に商標登録は、他社の使用を制限するために取得するために行いますが、本事業では正反対の意図があります。
もしこの商標を他社が取得した場合、それ以外の企業は使用できません。この状況を避け、パブリックなワードにするためにオカモトヤが商標を取得しました。
女性誌の婦人画報では早速「トレンドワード」としてフェムアクションが取り上げられました。このまま当たり前に存在するワードとして、世間に広がることを願っています。
ブランディングのビジュアルデザインで最も大事な要素の一つは「ブランドカラー」です。コカ・コーラといえば「赤」、ポカリスエットといえば「青」。ターゲットに記憶してもらうには、色から始めるのが定石です。
一方で、デザイナーは白や黒といったモノトーンを好む傾向にあります。しかし、他社との違いを識別させる必要があるのに、他社と被ったり、覚えづらい色をあえて選んだりする必要はありません。そのため、kenmaではモノトーンでの色の規定を固く禁じています。
TSUTAYAといえば青と黄色、阪神タイガースが黄色と黒というように、1色より2色の方が個性が強く、記憶にも残りやすいと考えています。
「Fellne」のブランドカラーも、ニュートラルだけど少し女性寄りの印象となるようにグリーンを基調とし、イエローをアクセントカラーに選びました。
ロゴマークは「花」をモチーフにしています。花は合格や当選などの象徴ですが、そのイメージをビジュアルにできないかと考えました。1社がフェムアクションを行うごとに1輪の花がマップ上に咲く。女性活躍推進が実現した暁には日本地図が満開になる。そのようなイメージをロゴとしてビジュアル化しています。
これらのビジュアルやワードを組み合わせることで、前述のECサイトや防災キット、ジェンダーレストイレをデザインしています。この様に並べてみると、一貫したイメージが発せられていることが、理解頂けると思います。
オカモトヤにとって「Fellne」は新たな「フラッグシップ」です。3300社の既存顧客にアプローチしつつ、新たな企業とのつながりを増やすことを目指しています。
「Fellne」の災害用レディースキットは、すでに金融機関やゼネコンなど数十社で導入されているヒット商品になっています。いずれも大手企業で、関心度は予想どおり高かったといえるでしょう。導入企業が増えているので、オカモトヤの男性営業担当の抵抗感も薄れているようです。
社内で災害用レディースキット導入の是非を検討するだけでも、女性の健康課題について考えたり、話したりする機会になります。
これまで「セクハラになるのでは……」と話しにくかったことも、「フェムアクション」を体現する商品があることでスムーズに会話できる。そういった変化が大事なことだと思います。
構成:西山薫(デザインライター)
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