フラッグシップが必要な理由 経営課題を解決した「身につけるメモ」
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」では、これまでフラッグシップについて、商品開発の舞台裏を交えながら解説してきました。今回は中小企業経営を取り巻く環境が厳しさを増す中、なぜ後継ぎにとってフラッグシップの開発が必要なのかについて、東京都内のメーカーが開発した「身につけるメモ」の事例などをもとに掘り下げます。
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」では、これまでフラッグシップについて、商品開発の舞台裏を交えながら解説してきました。今回は中小企業経営を取り巻く環境が厳しさを増す中、なぜ後継ぎにとってフラッグシップの開発が必要なのかについて、東京都内のメーカーが開発した「身につけるメモ」の事例などをもとに掘り下げます。
目次
本連載では、デザイン経営を「デザインに投資をしてリターンを得ること」と定義しています。下請け仕事だけに依存せず、自社の強みを生かした新規事業を立ち上げる。そのために筆者はデザイン経営に取り組み、看板商品となるフラッグシップの開発が必要であると考えています。
そもそも、なぜフラッグシップが必要なのでしょうか。その理由は三つあります。
看板となる突出した何かがなければ、誰にも気付かれず埋もれてしまいます。手っ取り早いのは、ナンバーワンかオンリーワン、どちらかを目指すことです。
ナンバーワンは一朝一夕では到達できないため、まずはオンリーワンを狙うべきです。フラッグシップを追求した結果、おのずとオンリーワンに行き着くことも少なくありません。
フラッグシップとは、企業の技術やイメージ、価値といった企業の強み(=シンボル)を具体的な商品やサービスに仕立てたものです。自分たちの強みを起点にしなければ、商品は簡単に模倣されてしまいます。
今の時代、商品やサービスのコストパフォーマンスだけでなく、どんな企業が運営したり販売したりしているのかも消費者が選ぶ基準になっています。企業の歴史や文化はコピーすることが難しい資産ですので、フラッグシップに反映することで強力なアドバンテージとなります。
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どんな独自技術があったとしても、その価値は技術のみでは伝わりづらいと思います。それに比べて、フラッグシップは具体的な商品・サービスの体験を通して伝えることができます。
ビジョンやストーリーについても同様のことが言えます。言葉や映像だけでも理解はできます。しかし、納得できるのか、共感できるのかというと、必ずしもそうではありません。やはり体験に勝るものはなく、フラッグシップは非常に有効な伝達手段と言えます。
中小企業経営者が頭を悩ませている課題としては、以下のようなものが挙げられます。
この課題の中で、解決に直結するのは「新製品の開発」です。ここを起点にして、上記すべての課題解決に寄与することができる、というのが筆者の主張です。
例えば、「自社ブランドの確立」の課題を抱える経営者は少なくないでしょう。この課題に着手する際には、既存製品・サービスで解決できるのかを慎重に見極める必要があります。
筆者の経験上、フラッグシップを開発した方が効果的なケースが多いです。自社の強みを起点とした商品・サービスを開発した方が、競合他社との差別化が容易だからです。
その取り組みの先に「ブランドの確立」があり、以前に取り上げた「METALFACE」や「朝ボトル」はまさに好例です。
フラッグシップによって解決できる課題は、外部起因と内部起因の二つに大別できます。それぞれの視点から見ていきましょう。
外部起因とは、競争の激化です。情報量が飛躍的に増加し、「普通に良い」というだけでは見つけてもらえなくなりました。インターネットで簡単に情報を得ることもできるので、模倣されやすい環境になっています。
商品やサービスの取引は対面だけでなく、オンラインでも当たり前のように行われています。その結果、コスト勝負に陥りやすい環境が生まれ、海外企業が有利な状況も少なくありません。
この状況を打開するには、新たな価値を生み出すしかなく、その点においてフラッグシップは有効な解決策です。
内部起因として挙げられるのは、雇用の難化です。人件費が高騰し、最低賃金の全国平均も上がっています。業種や地域にもよりますが、慢性的な採用難で人手不足の企業は後を絶ちません。
働き方の多様化で従業員の転職への抵抗も減り、長く働き続けてもらうことが以前より難しくなっています。
そうした問題に対しても、フラッグシップは有効です。自分たちの仕事を一言で言い表すことができたり、メディアに取材されたりすることで、働く意義ややりがい、誇りを持つことにもつながるからです。
今後、中小企業経営者が注力すべきことは「新たな価値のある製品・サービス」と「自社で働く意味」の二つに集約されると考えています。
この二兎を追えるのがフラッグシップ開発であり、中小企業経営者が頭を悩ませる課題全体に寄与できると主張した根拠となります。
では、フラッグシップを開発したことで、企業経営にどのようなプラス効果が出てくるのでしょうか。
筆者もデザインに関わった東京都立川市のメーカー「コスモテック」のリストバンド型ウェアラブルメモ「wemo」を例にお話しします。
コスモテックの主力事業は、テープや液晶モニターなどに使う機能性フィルムの開発になります。コア技術であるコーティング技術をもとに開発したフラッグシップが「wemo」になります。
メモを腕に巻くことができるため医療現場などで愛用され、同社を代表するヒット商品となりました。
「wemo」の開発によって、コスモテックの経営課題がどのように解決されたのかを振り返ります。
「wemo」の開発前は、社内で新しいチャレンジをしても、協力を得られにくかったそうです。しかし、リーマン・ショックによって売り上げが3分の1となってしまい、チェコや東京の工場を手放しました。
2代目社長の高見澤友伸さんは、この経験を教訓に、大企業の発注に依存せず、脱下請けにつながる新規事業開発を模索し、100回以上も展示会に参加していたそうです。
筆者とコスモテックとの出会いは、東京都主催の「東京ビジネスデザインアワード」がきっかけです。このアワードは、都内の中小ものづくり企業が持つ技術をテーマに、デザイナーが新規事業を提案し事業化を協働するコンテストになります。
少し話がそれますが、筆者はこのアワードに精力的に参加しています。公募型のコンペティションに応募するのはこのアワードぐらいです。一番の動機は、ユニークな技術を保有するものづくり企業が参加しているからです。
フラッグシップ開発の起点として、企業固有の強みは必要不可欠です。この強みはユニークであればあるほど良いでしょう。
筆者がユニークな技術を好むのは、そこから発想した方がユニークな価値をもつ商品・サービスをデザインできるからです。その結果、「フラッグシップが必要な三つの理由」で挙げた、「埋もれる」「模倣される」というリスクを下げることができます。
当時のコスモテックの出題テーマは「水なしで肌に貼れる『特殊転写シール技術』」でした。コスモテックの想定用途が、Fashionに偏っていることに注目し、正反対のFunction(機能)でアイデアを出せないか検討しました。
そのアイデアのひとつが、wemoの原型となる「hada-memo」と称した手に直接書けるタトゥーメモシールです。この時点ではどこまでニーズがあるかは分かりませんでしたが、コスモテックにしかできないユニークな商品をデザインできたと思っています。
「hada-memo」は試作を繰り返し、商品化できるレベルまで完成させることができました。しかし、メモとしてはあまりにも高額な商品となったため、発売を断念しました。これを機に新たに企画したのが、シリコンバンド製のウェアラブルメモ「wemo」です。
「hada-memo」との一番の違いは、高額の原因となった「使い捨て」ではない点です。コスモテックのコア技術であるコーティング技術とシリコンの特性を掛け合わせることで、油性ボールペンで書いて消しゴムで消せる機能を実現しました。
これがブレークスルーとなり、同社にふさわしいフラッグシップを開発できました。
「wemo」は大ヒット商品となり、発売2年半で累計販売本数が50万本を突破。全社の売り上げの2割以上を占めています。デザイン賞などのアワードもいくつも受賞し、海外からの問い合わせは20カ国以上。メディアの掲載も100件以上にのぼりました。
フラッグシップを打ち立てた効果は、社内でも絶大でした。まず自分たちの技術が社会で役立っていることを実感でき、仕事の意味を見い出すことにもつながっているようです。
これまでは下請けの感覚が強かったのですが、どうやって顧客を作ったり、増やしたりすることができるか自ら考えるようになり、マーケティングを学ぶようになりました。
営業の意識が高まったことで、他の部署で働く人たちのモチベーションも向上。自分たちにできることは何か、自発的に考えるようにもなっています。
wemoは全国ネットのテレビや新聞、雑誌など様々なメディアに取り上げられ、大型量販店の文具コーナーにも並ぶようになりました。その結果、家族や知人に自分の仕事内容を簡単かつ具体的に説明できるようになりました。
それだけでなく、看護師、保育園の先生、居酒屋の店員、警察官など日常生活でユーザーを見かけるようになりました。
つまり、コスモテックの社員は日常的に自分たちの技術が役立っていることがダイレクトに実感できているということです。経営者の立場で表現すると、仕事の意味を見い出せる環境をデザインしたことになります。
「普通に良いもの」ではなく、自社の技術を使って新しい価値のあるフラッグシップを開発できれば、競争激化に起因する課題も、雇用難化に起因する課題も解決できる。それは、これまでの筆者の経験から明言できます。
※構成・西山薫(デザインライター)
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