フラッグシップに必須の3条件 コロナ禍の茶房をV字回復させた商品
デザイン経営に取り組む企業は、ロゴやタグライン、ビジョンの見直しといった抽象的なアウトプットから入る傾向があります。しかし、デザイナーの今井裕平さんは、まず看板商品のように目に見えるフラッグシップが大切といいます。連載3回目はフラッグシップに必要な3条件や、茶房の売り上げをV字回復させた看板商品の事例を紹介します。
デザイン経営に取り組む企業は、ロゴやタグライン、ビジョンの見直しといった抽象的なアウトプットから入る傾向があります。しかし、デザイナーの今井裕平さんは、まず看板商品のように目に見えるフラッグシップが大切といいます。連載3回目はフラッグシップに必要な3条件や、茶房の売り上げをV字回復させた看板商品の事例を紹介します。
目次
前回までは、この連載における「デザイン経営」と「脱下請け」の定義、下請け仕事に依存することの問題点と、その解消には売り上げに結びつく新事業に挑戦するためのフラッグシップが必要であることについてお話ししました。今回は、自社の強みとなるフラッグシップについて、以下の順に解説します。
本連載では、デザイン経営を「デザインに投資をしてリターンを得ること」と定義しています。そして、デザイン経営に取り組む中小企業や後継ぎ経営者が優先すべきは「新たな事業に挑戦する」の一択だと考えます(1回目参照)。筆者はその実現のため、各社独自の強みを起点に、新たなシンボルとなるフラッグシップの開発に取り組んでいます。
フラッグシップとは、ざっくり言うと「看板製品・サービス」のことです。例えば、有名企業では以下の事例が挙げられます。
もう少し掘り下げると、筆者はクライアントに企業の「シンボル(象徴)」を「具体」で示したものとお伝えしています。
象徴は「企業の強み」とも言い換えられ、各企業特有の技術やイメージ、価値などを指します。それらを生かし、具体的な商品やサービスに仕立てたものが「フラッグシップ」なのです。
では、それを生み出すために、経営者や後継ぎの皆さんが知っておくべき重要なポイントは何でしょうか。
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そのポイントとは、企業の強み(シンボル/象徴)を、エンドユーザーが購入したり体験したりできるサービスなどに「具体化(商品)」することです。
筆者はこのことに強くこだわります。デザイン経営のゴールは、最終的に売り上げや利益を上げること(リターン)だからです。
世代交代をきっかけにデザイン経営に取り組み、その第一歩として「社名のロゴマークを変更する」というのは、珍しいことではありません。
企業のシンボルをつくるときのアウトプットは、ロゴマークやタグライン、MMV(ミッション・ビジョン・バリュー)など「抽象的」なものになりがちです。自社の技術力やものづくりの姿勢などを伝えるための、ブランドムービーもその一つでしょう。
しかし、企業の強み(シンボル/象徴)を、ロゴマークやタグライン、ブランドムービーに落とし込むだけでは、売り上げや利益は得られません。
たとえば、アップル社の象徴であるリンゴのマークに価値を感じるのは、iPhoneやiPadといった独自製品が素晴らしいからこそです。
マークが素敵だから商品の価値が上がるわけではありません。多くの人に支持される優れた商品やサービスがあるからこそ、マークがブランドの証しとなるのです。
もちろん、ロゴマークやタグライン、ブランドムービーの制作を否定しているのではありません。ブランディングによる企業価値向上がリターンになるという考えもあります。
しかし、本連載におけるデザイン経営のリターンは、売り上げや利益など定量的なものです。
まずはどんな商品やサービスを開発し、どのように販売するかを出発点として、その戦略を実現するために、ロゴマークやパッケージデザインなどのブランディングを考える。事例にもよりますが、このプロセスが現実的な流れとなります。
では、フラッグシップに必要な条件は何でしょうか。主に以下の三つが挙げられます。
独自性とは、この企業だからこそという特徴や、価値が存在する商品やサービスであることです。
例えば、老舗和菓子店「とらや」といえば「羊羹」と思い浮かぶように、商品・サービスがその企業の代名詞になることが必要です。将来的には「羊羹」といえば「とらや」となるように、業界やカテゴリーを代表する商品・サービスに育てることが理想になります。
フラッグシップが、企業の成長や認知、ブランド価値、収益の向上に貢献する度合いが高いほど、事業インパクトが増していきます。
フラッグシップを打ち立てるプロセスを伝えるため、筆者が看板商品の開発に関わった日本茶カフェ「mirume(みるめ) 深緑茶房」(名古屋市西区)の例を紹介します。
同店は三重県松阪市の茶農家3代目・松本壮真さん(33)が経営し、2021年5月、市民に親しまれている円頓寺商店街の前に移転し、リニューアルオープンしました。
松本さんの家業は茶葉の卸売りのほか、オリジナル商品の直販や日本茶カフェ「深緑茶房 飯南本店」の運営も手がけています。
生産しているお茶は、06年に農林水産祭地域特産部門で「天皇杯」を受賞。16年の伊勢志摩サミットでは「千寿」というお茶がファーストレディーのランチ会で提供されました。
筆者は4年前に深緑茶房を知りました。松本さんが筆者が代表を務めるデザイン事務所「kenma」でインターンを務めたことがきっかけです(松本さんのキャリアストーリーは次回で詳しく紹介します)。
松本さんは19年から、当時名古屋駅近くにあった「深緑茶房 名古屋店」で、店長として働きはじめました。しかし、コロナ禍で20年の売り上げが前年比67%減となり、移転リニューアルを決意したのです。
松本さんからはリニューアルにあたり、店舗の内装やロゴマークのデザインを依頼されました。一方、抱えている課題を聞くと以下の答えが返ってきました。
「店舗やロゴマークのデザイン」だけで、これらの課題の解決が難しいのは一目瞭然でした。
そこで筆者は具体的な看板商品を計画し、前述の課題を一点突破で解決することを自らに課しました。
「依頼内容」と「抱える課題」のミスマッチは、あらゆる場面で注意すべき事象です。読者の方でデザイナーと初めて協業する場合は、課題のみを伝えて何をすべきかを提案してもらうのがお勧めです(この点は、別の機会で詳しくお伝えする予定です)。
松本さんとアイデアを出し合う中で生まれたのが、コロナ禍で広がったテイクアウトにタッチした、「朝ボトル」という茶葉入りの水出し緑茶の販売です。テイクアウト需要に応え、ガラス製の300ミリリットルボトルを返却してもらうシステムを考えました。
店は知名度の高い円頓寺商店街の入り口で、オフィス街にも近い立地です。「朝ボトル」の販売時間は、朝の通勤時間帯の午前8~10時とし、近隣住民はもちろん、ビジネスパーソンが出勤前に「朝ボトル」を受け取り、会社帰りに返却してもらうことを想定しました。
商店街を通る人たちの目に留まるよう、店舗外にカウンターを設置して販売しました。
「朝ボトル」は、飲み終わったら水をつぎ足して合計3回(900ミリリットル)、おいしく飲めるのが魅力です。ボトルは洗って返す必要がなく、仕事帰りにカウンターに開けられた穴に挿すだけです(茶葉が目詰まりするため、ユーザーにとってボトルの洗浄は隠れたストレスになります)。
本物のおいしい緑茶がリーズナブルな価格で手軽に飲めて、プラスチックゴミも出しません。そうした特徴がペットボトルのお茶やコーヒーとの差別化にもつながりました。
「朝ボトル」は海外も含む数多くのメディアで取り上げられました。
筆者が取り組んだことはシンプルです。深緑茶房とkenmaからプレスリリースを出し、メディアに届けました。
深緑茶房がターゲットとして設定したのは、ローカルテレビ局の情報番組です。円頓寺商店街の新店舗は取り上げられやすいうえ、「朝ボトル」というフラッグシップがあることから、興味をもってもらえる可能性があると考えました。
PRに限りませんが、オープンや発売時などの立ち上げフェーズは「人事を尽くして天命を待つ」に尽きます。取り上げられる保証がない中、いかに知恵を絞って汗をかくか。思いつくことは片っ端から実行するのが筆者の信条です。
松本さんには、テレビ局のディレクターにつながりがある知人を手当たり次第に探してもらいました。疑うことなく実行する姿をみて、成功を予感しました。
20本限定の「朝ボトル」は毎日ほぼ完売しています。ボトルの貸し出しにデポジットはないのですが、リターン率はほぼ100%。近隣の方が利用してくれているので、信頼関係が築けているのだと思います。
ただ、朝ボトルは1本300円で20本限定なので、1日の売り上げは6千円に過ぎません。席数と営業時間が決まっているカフェの売り上げの上限も、おおよそ想定できます。
そこで、移転リニューアルをきっかけに物販の強化にも取り組みました。
茶葉や既存の「茶ようかん」などのお菓子の魅力がより伝わるように、パッケージをリニューアルしました。
開発段階だった「緑茶のチーズケーキ」は、深緑茶房のお茶と一緒に楽しんでもらえるように「ペアリングチーズケーキ」として販売するなど、商品構成も一緒に考えました。
その結果、店はリニューアル初月から黒字化に成功。売り上げはコロナ禍前の19年と比べて、21年は1.8倍に伸びました。
移転で家賃などの固定費も抑えられ、利益も上がっています。「朝ボトル」の販売が店の認知を高めるきっかけとなり、カフェの利用や物販の売り上げにつながったのです。
「朝ボトル」には新たな広がりも生まれています。常連客が会社の同僚の分までまとめて購入していることが分かり、配達のサービスを開始しました。
さらに、ボトルを購入してもらった上で「茶葉だけ届ける」という新たなサービスにも発展。名古屋駅周辺のホテルでも、朝ボトルの配達が始まる予定です。今後は、名古屋駅周辺の土産物屋での販売など、お茶菓子の販路も広げていきたいと考えています。
「朝ボトル」は、フラッグシップに必要な「1.独自性」「2.代名詞」「3.事業インパクト」の3条件を満たし、移転リニューアル前の課題の解決にもつながりました。
次回は、深緑茶房の松本さんに、kenmaでインターンをした動機や「深緑茶房 名古屋店」の移転リニューアルまでの経緯などを語っていただきます。また、フラッグシップが必要な理由についてもより詳しく解説します。
※編集・西山薫(デザインライター)
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