鳴かず飛ばずだった技術に価値を デザイン経営で「脱下請け」を目指す
社の強みを発揮できる商品やサービスで「脱下請け」を目指す中小企業のために、新連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」をスタートします。企業の新規事業開発を支え、数々のヒット商品を送り出したデザイナーの今井裕平さんが、デザインの力を生かして「脱下請け」を実現するためのポイントについて、事例も交えて解説します。
社の強みを発揮できる商品やサービスで「脱下請け」を目指す中小企業のために、新連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」をスタートします。企業の新規事業開発を支え、数々のヒット商品を送り出したデザイナーの今井裕平さんが、デザインの力を生かして「脱下請け」を実現するためのポイントについて、事例も交えて解説します。
目次
本連載は「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」というタイトルですが、下請けを否定しているわけでも、下請けをすべて辞めることを勧めているわけでもありません。
長年にわたって下請けの仕事をしているけど、何かうまくいっていないことがあり現状を打破したい。独自の技術や商品はあっても、ビジネスにつなげることができない。
そのような課題の解決策として、デザインの活用に興味を抱く方もいるかもしれません。
私は建築の設計士としてキャリアをスタート。建物だけでなく企業そのもののデザインに興味を持ち、日本IBMを経て電通コンサルティングで企業の成長戦略にフォーカスした経営コンサルティング業務に従事しました。
「日本の中小企業は技術力が高いのに、デザイン力と企画力がないばかりに、成長の可能性を逃している」
コンサルティング会社での経験を通じて、そう気づいたことをきっかけに、デザイン事務所「kenma」を設立し、代表となりました。
中小企業の技術力を生かした商品開発を進め、メモがわりに使えるリストバンド「wemo」(コスモテック製造)は、シリーズ累計80万本を超える大ヒットを記録しました。
本連載では、中小企業、特に後継ぎ世代の皆様に向けて、これまで私が手がけてきた事例を参考に、デザイナーと協業するメリットや注意点、心構えなどをお伝えしていきます。
はじめに「デザイン経営」とは何かについて説明します。
この言葉が広がり始めたのは、2018年に特許庁が経済産業省と発表した「デザイン経営」宣言がきっかけです。デザインを活用した経営手法のことで、特許庁のホームページでは次のように説明しています。
「デザイン経営」とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。その本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すことです。
特許庁ホームページ
これを見て「デザイン経営は大企業向けで、中小企業の自分たちには関係ない」と思う方もいるかもしれません。この説明を実行するとなるとハードルは高いでしょう。しかし、私は従業員数が20人以下の中小企業でも、捉え方をシンプルにすることで、デザイン経営を採り入れることができると考えています。
経営者が担うべき役割のひとつは、利益最大化のために、ヒト・モノ・カネのリソースの配分を決めることです。その配分先に「デザイン」を加えることを「デザイン経営」と捉えると、イメージしやすいのではないでしょうか。
本連載では、デザイン経営とは「デザインに投資をしてリターンを得ること」と定義します。
「デザイン」についても、少し触れます。デザインとは狭義には「意匠」です。色や形といった見た目の美しさなどに工夫を凝らすことを意味します。
一方、デザインの広義は「問題解決」を意味します。昨今、この考え方が浸透し始め、多くのデザイナーが広義のデザインを目指しています。
次は、デザインの良しあしの判断基準についてです。狭義の意匠では工夫を凝らした結果の「完成度(見栄えなど)」で判断します。広義の問題解決は、問題が解決できたかどうか「成果(数字など)」で判断するのが一般的です。
この点で、私がいつも気になっているのは、デザインの「狭義・広義」と判断基準とのねじれです。前述の通り、多くのデザイナーが広義の「問題解決」を目指しているにもかかわらず、一般的に大半のデザインの評価は「完成度」に重きが置かれています。
「問題解決」を目指すなら「成果」を重視するべきです。前職のコンサルタント時代、そのようなデザインの違和感に気づきました。私が代表を務めるkenmaでは「成果を数字で語るデザイン会社」を標榜し、デザイン経営を支援しています。
このトピックをお伝えする際に、必ず頂く質問があります。それは「成果」を判断基準にするならデザインの見栄えといった「完成度」は不要か、というものです。
答えはもちろんNOです。決してないがしろにするというのではなく、「成果」をあげるために「完成度」を高めるという順番が大事だとお伝えしています。
「デザインに投資をしてリターンを得ること」という定義は、上記のようなことも背景にしています。
よく質問を受ける「中小企業にデザイン経営は必須か」についても、触れておきます。
私は「マストではない。ワンチャンを狙うならあり」と答えています。現状の取り組みを継続すべき企業や変化を望まない企業には必要ありません。しかし、そのような企業はごくわずかではないでしょうか。
先行きが不透明で、容易に明るい未来を描けない昨今において、現状を打破したい企業やこれまで以上の飛躍的成長を目指す企業にとって、有効な経営手法と考えています。
「もしかするとチャンスがあるかもしれない」。そう思ってもらえるように、私は日々クライアントの課題と向き合っています。
昨今のデザイン経営の取り組みを見ると、大きく以下の四つに分類できます。
・CDO※やデザイン部署を新設する(組織)
・デザイン思考を浸透させる(リテラシー)
・自社のアイデンティティーを見直す(ブランディング)
・新たな事業に挑戦する(ビジネス)
※ Chief Design Officer(最高デザイン責任者)
中小企業の経営者や後継ぎの皆様は、「ビジネス」一択だと考えています。理由はシンプルに売り上げに直結するからです。
商売の基本である「売り物」で唯一無二の価値を提供できれば、それ自体が新たなアイデンティティーやブランドとなります。組織は必要に迫られて変えればいいですし、リテラシーは実践を通して学ぶという方法もあります。
「ブランディング」に該当するビジョンやミッション、パーパスなどは特に注意が必要です。
あるに越したことはありませんが、本当にいま必要なのか、なければどんな問題が生じるのかをよく検討すべきです。読者の皆様は、はやり言葉に左右されず、原理原則に立ち戻ってデザイン経営と向き合って頂きたいと考えています。
ここまで述べてきたことについては、以下のイメージ図にまとめました。
この連載では、「新たな事業に挑戦する(ビジネス)」にフォーカスして「デザイン経営」の理解を深めていきます。
中小企業が脱下請けを目指すための大前提は、オリジナリティーのある技術(素材)を持っていることです。
そのためには、その企業固有の強みを規定する必要があります。ものづくり企業の場合、卓越した技術が主な検討対象となりますが、ビジネスに生かせていない場面をよく見かけます。
デザイナーとの協業(デザイン経営)で新しい価値を発掘し、その企業の看板商品に仕立て上げることで脱下請けの可能性を広げられます。
シリーズ初回ではプロローグとして、私が実際にデザインに関わった印刷会社「技光堂」(東京都板橋区)の事例を紹介します。
技光堂は1964年に創業したファミリー企業で従業員数は45人。現在は2代目の佐野雅一さんが社長を務めています。
同社は印刷から加工まで一貫して製造できる特徴を生かし、世界で唯一の印刷技術「立体視・金属調印刷」を開発しました。この技術は透明樹脂素材を立体的かつ本物の金属に見せる特殊印刷です。
ただ、その独自技術は高精度でありながら事業化ができておらず、鳴かず飛ばずといった状態で、活路が見いだせない状況でした。
私が技光堂と出会ったのは、都内ものづくり企業とデザイナーのマッチングを目指すコンペティション「2018年度東京ビジネスデザインアワード」です。
私たちkenmaは「金属調印刷」の強みを見直す所から始めました。技光堂は金属と比べて「安い」「軽い」「腐食しない」などの強みをあげていましたが、それでは金属の「フェイク」の域を出ないと考えました。
着目したのは、この技術は透明樹脂素材に印刷するという点です。印刷技術を工夫することで、光を透過させられるのではないかという仮説を立てました。
デジタル情報をディスプレーのように表示できれば、本物の金属との明確な差異になると考えたのです。
検討を重ねるうちに、電波を通すことも強みになることが分かりました。wifiやBluetooth通信、非接触充電機能をもつ家電やガジェットが増えましたが、金属素材はそれらの電波を通さないため、そこにもビジネスチャンスがあることを発見しました。
最終的には、金属調印刷の「光と電波を通す」という新たに発掘した強みを生かし、印刷事業ではなくインターフェース素材事業として売り出していくことを提案しました。
今は5GやIoTの時代です。スマートフォンやタッチパネル、モビリティーやスマートハウスなどのインターフェースで、光や電波を通す金属調の素材にニーズがあるはずと考えたのです。
枝光堂とkenmaは東京ビジネスデザインアワードで最優秀賞を受賞。「立体視・金属調印刷」の素材を「METALFACE(メタルフェイス)」と名付け、事業化の実現を目指しました。
素材に特化した展示会に出展したところ、想定をはるかに超える反響を獲得。国内の家電や自動車メーカーを中心に超大手企業50社以上から引き合いを得ることができました。海外のトップメーカーからも問い合わせが続き、取引が始まっています。
デザインへの投資で行き詰まっていた状況を打破し、新たな活路を見い出す。まさに本連載にふさわしいケースといえるでしょう。
次回は、中小企業が下請け仕事に依存することの問題点や、デザインの力を生かした新製品で問題の解消や企業価値の向上につなげた事例について詳しく解説します。
※構成・西山薫(デザインライター)
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