社内の反発は前例が無い証し 筒状型スポンジタオルが評価されるまで
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」では、デザイン経営を「デザインに投資をしてリターンを得る」と定義し、自社の強みを生かした看板商品「フラッグシップ」で経営課題に取り組んだケースを解説しています。今回からはフラッグシップの開発方法について、ヒット商品となった筒状型スポンジタオルの事例などをもとに、具体的にお話しします。
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」では、デザイン経営を「デザインに投資をしてリターンを得る」と定義し、自社の強みを生かした看板商品「フラッグシップ」で経営課題に取り組んだケースを解説しています。今回からはフラッグシップの開発方法について、ヒット商品となった筒状型スポンジタオルの事例などをもとに、具体的にお話しします。
フラッグシップの開発は、以下の三つのステップで進みます。今回はその中でも「創る」について解説します。
「創る」とは、フラッグシップとして何を企画し、どの様なデザインにするかを検討します。
デザイン経営に取り組む中小企業や後継ぎ経営者が最も重視すべき点は、「新たな事業に挑戦してリターンを得ること」(1回目参照)になります。そして、売り上げに結びつく新事業に挑戦するために必要なのが、自社の強みを生かした「看板商品=フラッグシップ」です。単に新しいものや見栄えのいいものを創るだけでは、フラッグシップにはならないことは、ご理解いただけると思います。
フラッグシップを創る上で大切にしているゴールのイメージがあります。それは「独自性」と「市場性」の両立です。独自性は「オモロイか」、市場性は「みんなにウケるか」と言いかえることができます。
独自性と市場性を2軸の相関グラフで考えると、トレードオフの関係にあります。独自性(オモロさ)が強すぎると一部のコアなファンにしか受け入れられず、かといって市場性(みんなへのウケ)が大きいものは独自性が弱くなります。
こうした傾向を理解した上で目指すべきポジションは、独自性が強く市場性が大きいというグラフの右上です(図表参照)。右上を狙うためには、できるだけたくさんのユニークなアイデアを考えることからスタートします。その中から市場性が高そうなアイデアを選んで詳細を検討します。ここで重要なポイントがあります。
↓ここから続き
それは、左上(①)から右上(②)を目指すという順序です(下の図表参照)。
この対極にあるアプローチが、マクロデータの分析やユーザーのヒアリングなどを行い、右下の市場性(どんなものがウケるか)を見つけてから、右上の独自性(オモロい)を目指すという流れです。
既存商品やサービスの改善が目的であれば、リサーチから考える方法は有効ですが、フラッグシップ開発には適していません。リサーチから考えると、誰もが思いつく最大公約数的な結論に行き着くことが多く、そこから独自性を高めていくのは非常に困難だと思っています。
①から②に進むために必要なのが、三つのステップで挙げた顧客開発視点でのブランディング(魅せる)とマーケティング(届ける)になります。詳しくは次回解説します。
フラッグシップの開発ではいつもジレンマに陥っています。クライアントからはユニークなアイデアを求められる一方、ユニークなアイデアであるほど前例がないため、反対されることも少なくありません。
ただ、社内の誰からも反対されないアイデアは、新しさがないとも言えます。反対されるのは前例がない証しでもあるのです。
誰も考えたことがない新しい企画だからこそ、発表したときのインパクトは大きく、潜在市場の開拓につながるのだと思います。
筆者がデザインを手がけている吸水ツールブランド「STTA(スッタ)」も、曲折を経て実現したフラッグシップ商品になります。
製造元の老舗メーカー「アイオン」(大阪市)は、70年以上にわたって吸水スポンジ事業を手がけてきました。2022年2月25日には筒状型スポンジタオル「STTA スティックタイプ」を第1弾商品として発売しました。
STTAは雨にぬれた自転車のサドルやカバン、雨上がりのベンチについた水滴を一瞬で拭き取れます。ハンカチやタオルは水滴を拭き取ると湿ってしまいますが、STTAは絞るだけですぐに乾燥した状態に戻るのが特徴です。
STTAの素材選びについては、アイオン社内で賛否両論がありました。
STTAで採用した吸水素材「ソフラス」は、元々BtoB向けに開発され、吸水力も排水力も優れた高性能のウレタンスポンジです。これを新ブランドの素材として提案したところ、社内で反対の声があがりました。その理由はこの素材の価格でした。
アイオンのBtoC商品は200~300円でしたが、ソフラスを採用した「STTA スティックタイプ」は2750円(税込み)になります。ケタが一つあがるから当然ですが、アイオン社内の様々な部署から「本当に売れるのか」と心配する声があがってきました。
しかし「NO Suiteki Stress.」というコンセプトを掲げ、吸水ツールブランドとして展示会に出したところ、予想を上回る反響がありました。
様々なメディアから取材のオファーがあり、2月にECサイトで発売したところ、初回販売分が1週間で完売。それ以降、量産しては完売を繰り返しています。現在は追加生産を行いながら販路を拡大している状況です。
6月24日時点で、テレビだけでも全国ネット9番組、ローカル番組も合わせると13番組で取り上げられるに至っています。
では、STTAのようなアイデアはどうやって考えるのでしょうか。その方法は「独自の強み発掘」と「新常識を考える」の二つになります。今回は前者について詳細をお伝えし、後者は次回触れます。
独自の強みを発掘するための最初のステップは、とにかく自分たちの強み(特徴)を洗い出すことです。独自性の強弱やニーズの有無などはこの時点で一切考える必要はありません。また、完全なオンリーワンである必要はなく、オンリースリー、オンリーファイブでも構いません。
技術だけではなく、企業文化や実績といった歴史、顧客の数なども、独自の強みになります。他企業との違いや、自分たちだけが持っているものを探し出し、羅列していくのです。
次に、洗い出した独自の強み(特徴)の中から新たな強みを発掘します。独自の強みは料理でいうところの材料です。その材料をもとに新たな強みを発掘(調理)し、事業や製品のアイデアを生み出していきます。
強みの発掘について大事なポイントをお伝えします。それは「良い強み」とは何か、ということです。オンリーワンであれば、良い強みなのでしょうか。それとも斬新さが良しあしを決めるのでしょうか。
筆者の答えは、前述した図表右上(オモロくてウケる)のアイデアを発想できたかどうかで判断します。極論、強みは汎用なものでも構いません。右上のアイデアさえ出れば良いのです。
逆に、最も避けなければならないのは、「強み発掘」がいつの間にか目的化されることです。強み発掘に限らず、至るところで「目的化の罠」が潜んでいるので、過度に注意して検討することをお勧めします。
ここでひとつ、強み発掘によるフラッグシップ開発の原体験をシェアします。
筆者はかつて、デザインコンテストに参加してもなかなか勝てずにいた時期がありました。今回だめなら一緒に取り組んでいたチームを解散するかと思って出したコンペで、600案以上の中から1位を獲得しました。これが筆者の人生のターニングポイントになりました。
それは土の代替素材として緑を育てることができるスポンジを開発した、サントリーミドリエ株式会社(現トヨタサントリーミドリエ(上海)園芸有限会社)の緑化事業のデザインコンペでした。
与えられたテーマは、そのスポンジでどんな製品や空間をデザインできるかというものでした。
ミドリエが提示していたスポンジの主な強みは「良く育つ」「(土ではないので)汚れない」でした。まずはこの強みからアイデアを考えたのですが、誰かが思いつきそうなものばかりで、起点にしている強みから見直す必要があると考えました。
そこで思いついたのが、「緑を分けられる」という新たな強みです。土に植えられた植物を人に分けようとしたら、植え替えが必要です。しかし、スポンジであれば切り分けることができます。
その新たな強みをもとに「おすそわけ(osusowake)」というコンセプトのプランターを考案しました。もし、「良く育つ」「汚れない」という強みからアイデアを考えていたら、他の応募案と大差はなかったはずです。
誤解を恐れずにいうと、「緑を分けられる」という強みを発掘した時点で勝負はあったと考えています。強みを発掘してからプランターのアイデアを出すまでにさほど時間はかかっていません。極上の強みとは勝手にアイデアが湧いてくるものを指すのかもしれません。
最優秀賞の受賞時に当時の社長から頂いたコメントが、フラッグシップの原点となっています。10年以上も前のことですが、次のような趣旨だったと記憶しています。
「自社のビジョンやコンセプトを伝えるために、ビジュアルやワーディングに労力を費やしたが、この製品の方がよっぽど伝わりやすい」
この時に初めて、ブランドデザインよりも具体的なプロダクトやサービスを開発した方が、より強い成果を得られるのではないかと考えました。それが本連載で述べているフラッグシップ開発につながっています。
連載1回目と2回目で取り上げた東京都板橋区の印刷会社「技光堂」の「METALFACE(メタルフェイス)」も、「osusowake」と同じアプローチをとっています。
同社の依頼内容は、世界で唯一の印刷技術「立体視・金属調印刷技術」を活用した事業アイデアでした。技光堂は当初、この技術について金属と見分けがつかない精度で印刷できることや、安い、軽い、腐食しないといった強みを挙げていました。
しかし、筆者はそれ以外の強みを模索し「光や電波を通す」という新たな強みを発掘しました。
この強みを生かして開発したのが、金属調のインターフェース素材事業として展開したMETALFACEです。国内外の家電や自動車メーカーを中心に超大手企業50社以上から引き合いを得ることができました。
これも先程の事例と同様、強みを発掘した時点で「勝負あり」の事例になりました。
次回はSTTAのケースをさらに掘り下げながら、「新常識を考える」方法などについて解説します。
※構成・西山薫(デザインライター)
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。