下請けが抱える三つの問題点とは 解決に役立つデザイン経営のリアル
数々のヒット商品を送り出したデザイナーの今井裕平さんが、脱下請けを目指す中小企業のデザイン経営について考える連載2回目は、中小企業が下請けを続けていくことの問題点や、デザインの力を生かした新製品で問題の解消や企業価値向上につなげた事例について詳しく解説します。
数々のヒット商品を送り出したデザイナーの今井裕平さんが、脱下請けを目指す中小企業のデザイン経営について考える連載2回目は、中小企業が下請けを続けていくことの問題点や、デザインの力を生かした新製品で問題の解消や企業価値向上につなげた事例について詳しく解説します。
目次
この連載の軸となるテーマは「脱下請け」になります。現状を打破したい経営者から聞いた声で圧倒的に多かったこの問題を、いつか取り上げたいと考えていました。
では「下請け」とは具体的にどのような状況を指すのでしょうか。本連載では下記のどちらか、または両方の状態を「下請け」とします。
立場が弱いとは、発注者との取引条件を対等に決められない状態のことです。受注金額だけでなく、納期や品質の要求など、自社の利益を損なう条件であっても受け入れている場合などを指します。
取引条件に不満があっても引き受けてしまう原因のひとつは、発注企業への依存度の高さです。特定企業からの売り上げが大半を占めると、その企業の発注なくして経営が立ち行かなくなってしまいます。
そうなると、自社にとって不利な条件であっても、請けざるを得なくなり、ある種の負の連鎖となります。
依存度以外に立場が弱くなる原因は、発注先の選択肢が他にもあることが挙げられます。発注先にとって、自社の技術や商品が欠かせないものであれば、お互い納得できる取引条件になるはずです。
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ここでの距離とは、元請けではなく、間に介在する企業の数を意味します。2次・3次請けや孫請けなどと表現される状態のことです。
一般的には元請け業務の一部を下請けとして受注することが多く、距離が遠くなるほど、提案の自由度は小さくなる傾向にあります。
1.発注者に対して受注者の立場が著しく「弱い」、2.顧客との距離が「遠い」、ことによってどのような問題が生じているのでしょうか。脱下請けによって、下記の問題は解決できると考えています。
下請け構造で最たる問題は、発注先の不振をもろに受けてしまう点です。新型コロナウイルスの流行といった社会情勢の変化などで取引先の経営が不振になれば、下請け企業にも当然、影響が及びます。特定企業の依存度が高い場合は、経営危機にもなりかねない深刻な問題となります。
問題はそれだけではありません。発注が減った際の打ち手が限られていることも、大きな問題です。外部要因による経営不振はもちろんのこと、後述しますが、発注先や発注内容が固定化されていると、生活者のニーズや需要減といった状況の変化に対応することが困難になります。
また、そうした状況の変化に対応する能力があったとしても、発注先のビジネスに競合する領域には展開できないこともあります。例えば、大手メーカーの文具をOEMで生産している企業が、自らオリジナルの文具を企画し販売することを計画したときは、必ず発注先への忖度が議論としてあがります。
通常の下請け業務は、発注者の要求に応えることが最優先です。平たく言うと、「言われたことをやる」というスタイルです。発注者に満足してもらい、さらなる受注を獲得する。経験を重ね、より効率的に提供する。その結果、安定的な売り上げを得ることができる。当然のように聞こえますが、ここに弊害があります。
それは「攻め」の意識やスキルが必要とされないことです。ここでの「攻め」とは、要求以外の提案や新たなニーズの発掘、経験のない領域への挑戦などを指します。
変化のスピードが日に日に高まる昨今において、あらゆる業界・業種で「攻め」の意識は必要です。以前、農業などの1次産業において「6次化」というワードがありました。
「6次産業化」とは、農林漁業者(1次産業)が、農産物などの生産物の元々持っている価値をさらに高め、それにより、農林漁業者の所得(収入)を向上していくことです。生産物の価値を上げるため、農林漁業者が、農畜産物・水産物の生産だけでなく、食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも取り組み、それによって農林水産業を活性化させ、農山漁村の経済を豊かにしていこうとするものです。
農林水産省ホームページ
農林漁業者の場合、生産に加え、加工や流通・販売などを行うことでした。この6次化的な試みは、他業界でも同様です。要求に応えるだけでなく、自ら企画する、ECを活用し直接生活者に販売するなど、「攻め」が必要なのです。
国内需要が縮小していく時代には、自走できる”筋力”が必須であり、鍛え続ける必要があると感じています。
何かに挑戦することは苦労や不安もありますが、やはり楽しいものです。その達成感が、次の挑戦の原動力にもなると思います。
OEMやサプライヤーの場合、発注者との契約によって、アウトプットした製品やサービスなどを自社の実績として公表できないことが一般的です。商習慣上やむを得ない(厳密には前述に「1.弱い」に起因)かもしれませんが、ゼロベースで再考する価値はあります。また、「2.遠い」の場合は、そもそも交渉することすらできません。
仮に全ての実績が公表できるとしたら、どのようなメリットがあるでしょうか。
もし、自社の技術がヒット商品の支えのひとつであるならば、それをアピールすることで、営業はしやすくなり、知名度を高められる可能性があります。商談も有利に進められることは容易に想像できます。
もうひとつ、大きなメリットがあります。それは従業員の「働きがい」や「仕事への誇り」を高められることです。少し話はそれますが、知人や親戚に仕事内容を聞かれた時、「自社を端的に説明できるか。誇れるかどうか」が、ひいては、働きがいや働く意味につながる重要な要因なのです。
もちろん、下請けの仕事にやりがいがない、と言っているわけではありません。
リモートワークやフリーランスで仕事をするなど、働き方や仕事に対する考え方も多様化しています。年功序列で給料が年々上がる時代でなくなり、特にミレニアル世代やZ世代にとって働くモチベーションは給料の額ではないという人も増えています。それでも社員の働きがいを高めることは、経営者として取り組むべきテーマの一つです。
「あのヒット商品に、自社の素材が使われている」。それを伝えられるかどうかは、働きがいや仕事への誇りと強く関係しています。つまり、社員の働きがいのためにも、社名の表示について考えることは重要なのです。
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ただし、「脱下請け」と言っても、現時点で収益を生み出している下請けの仕事をすべて辞めるべきという考えではありません。
下請けの仕事を継続しつつ、独自ビジネスも始めるというスタンスで、両方のバランスを取るのが現実的です。稼げる手段を複数持つことは、リスク回避のためにも必要なことだと思います。
連載1回目では、筆者がデザインに関わった印刷会社「技光堂」(東京都板橋区)の事例を紹介しました。
同社は、透明樹脂素材を立体的かつ本物の金属に見せる特殊印刷技術「立体視・金属調印刷」を開発。金属調印刷の「光と電波を通す」という強みを前面に打ち出すことで、「METALFACE(メタルフェイス)」として事業化し、国内の家電や自動車メーカーなど、超大手企業50社以上から引き合いを得ることができました。
同社の成功事例で特筆すべきは、前述した下請けの状態「1.弱い」を解消している点です。これまでは自らドアをノックして顧客を開拓する営業モデルでしたが、METALFACE事業では、取引先から声がかかるようになりました。
取引先にとっては技光堂以外に選択肢がないため、無理な交渉を迫られることもありません。
成功のポイントのひとつは、MEALFACEの活用イメージを、可能な限り具体的に作り込んだことが挙げられます。素材選定の担当者が想像しやすいように、ターゲットとなる業界ごとに計10シーン以上の画像をCGで作成しました。
取引先の担当者が「他社に先を越されてはいけない」と思うようなリアリティーのある画像を目指したことが、うまく機能したのではないかと考えています。
皆様の営業資料やウェブサイトは、見込み顧客の担当者にどのような感情を抱かせることを意図していますか。
この観点から見直すことで、新たな打ち手が見つかるかもしれません。可能な限り具体的に、できれば相手に憑依して検討することをお勧めします。
「下請けの問題点」の解消についてもご紹介します。
取引先との契約内容によって全ての実績を公表できているわけではありませんが、本質的な課題は解消しています。
MEALFACEの初公開となった展示会に合わせて、プレスリリースを発信しました(PR・広報というアプローチになりますが、別の機会に詳細をお伝えします)。プレスリリースの発信は、技光堂にとって初の試みでなじみもなく当時は半信半疑でしたが、私の熱意に負けてチャレンジすることになりました。
結果は大成功でした。プレスリリースを配信したことで、テレビ東京のワールドビジネスサテライトなど全国区のメディアから取材を受けることができたのです。
また、弊社(kenma)からのアプローチで海外デザインメディアにも掲載が実現。読者の方々もご存じのITプラットフォーマーや家電、自動車の海外トップメーカーからも連絡がありました。
発表から2年以上経った今でも、ヨーロッパやアジアの企業から問い合わせは続いており、対等な関係で商談ができています。
メディアに掲載されて良かったことは、引き合いの件数が増えただけではありません。「下請けの問題点」でも触れた従業員の「働きがい」や「仕事への誇り」を持つことにもつながっています。
技光堂の方々は、もちろん自社の技術に誇りを持っていました。ただし、その価値を知っていたのは、取引先のごく一部の方々のみでした。
それがメディアに掲載されたり、今まで関わる術もなかった超大企業からの引き合いがあったりしたことで、状況は一転。若手社員の方は「入社して今が一番楽しい」と目を輝かせていたのが印象的でした。家族や友人などに仕事の内容を尋ねられた時も、格段に説明しやすくなっているのではないかと思っています。
次回は、自社の強みとなる「看板商品」のつくり方について、詳しく解説していきます。
※構成・西山薫(デザインライター)
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