Amazonはなぜ「行動目標」にこだわるのか。世界中で使われる16カ条の“言語”
Amazonの日本法人で広報部門を立ち上げ、アメリカの本社と連携しながらブランド育成や従業員教育を手がけてきた小西みさをさん(AStory合同会社代表、aLLHANz合同会社共同代表)が、アマゾン流のマネジメント術を紹介します。
Amazonの日本法人で広報部門を立ち上げ、アメリカの本社と連携しながらブランド育成や従業員教育を手がけてきた小西みさをさん(AStory合同会社代表、aLLHANz合同会社共同代表)が、アマゾン流のマネジメント術を紹介します。
前回のテーマ「目標設定」では、業務目標を前提にしたお話をしました。業務目標設定は多くの会社で導入していると思います。
一方で、実はアマゾンではもう1つ別の目標設定をする必要がありました。それは、「リーダーシップゴール」と言われる行動目標のようなものです。
これは、例えば「Dive Deep(より深く考える)を強化する」。
その内容は、「リーダーは常にすべての階層の業務に気を配り、詳細な点についても把握します。頻繁に現状を検証し、指標と個別の事例が合致していないときには疑問を呈します。リーダーが関わるに値しない業務はありません」で、具体的には、部下との定期的なミーティングを設けることでリスクや課題をタイムリーに把握し、解決するというような目標を設けます。
アマゾンでは「リーダーシップゴール」の達成度も昇給・昇格に大きく影響します。もっというと、昇格していく過程では、行動目標の方が重視されます。
ですから、どの社員もこの行動目標を業務目標と同様に、上司とともにとことん話し合って決めていきます。業務目標が達成できていても、行動目標の達成度が低いと評価されにくい仕組みになっているのです。
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なぜ行動目標の達成にこだわるのか。その理由は、アマゾンには「社員全員がリーダーである」という考え方があり、どの社員もリーダーとして行動すべきだというフィロソフィー(哲学)があるからです。全員ということは、幹部や管理職だけではなく、一般社員、新入社員、中途で入社したばかりの社員も含まれます。
さらに、リーダーが取るべき行動を規定した「Our Leadership Principles(OLP、リーダーシップ理念)」があります。企業の行動規範に相当するようなものです。
OLPは、新規プロジェクト案について議論したり、課題解決のソリューションを決めたりなど日常的に使うものであり、アマゾンが個性豊かな企業になるために不可欠だと言われています。
社員が行動目標を設定する際には、このOLPがベースになります。行動目標は業務目標の達成と密接に関連しており、どのようにリーダーシップを発揮すれば業務目標の達成が可能になるのかを考えることが求められます。
OLPは私がアマゾンに在籍していたころは14カ条でしたが、昨年2カ条追加されて16カ条になりました。追加された2カ条は以下のような内容です。(アマゾンのWebサイトより)
Strive to be Earth's Best Employer(地球で最良の雇用主を目指す)
リーダーは、職場環境をより安全に、より生産的に、より実力が発揮しやすく、より多様かつ公正にするべく、日々取り組みます。リーダーは共感を持ち、自ら仕事を楽しみ、そして誰もが仕事を楽しめるようにします。リーダーは自分自身に問いかけます。私の同僚は成長しているか? 十分な裁量を与えられているか? 彼らは次に進む準備ができているか? リーダーは、社員個人の成功に対し(それがアマゾンであっても、他の場所であっても)、ビジョンと責任を持ちます。
Success and Scale Bring Broad Responsibility(成功と規模には、より大きな責任が伴う)
アマゾンはガレージで創業して以来、成長を遂げてきました。現在、私たちの規模は大きく、世界に影響力を持ち、そしていまだに、完璧には程遠い存在です。私たちは、自分たちの行動がもたらす二次的な影響にも、謙虚で思慮深くありたいと思います。私たちは、社会、地球、そして未来の世代のために、日々成長し続ける必要があります。1日のはじめに、お客様、社員、パートナー企業、そして社会全体のために、より良いものを作り、より良い行動を取り、より良い企業になるという決意を新たにします。そして、明日はもっと良くできると信じて1日を終えます。リーダーは消費する以上に創造し、常に物事をより良い方向へと導きます。
OLPは私がアマゾンに在籍していた期間には、新たな項目が追加されることはありませんでした。
なぜこの2つの項目が最近になって追加されたのでしょうか。おそらく、2019年8月にアメリカの大手企業の経営者で構成する経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」(日本の経団連のような存在)が、「すべてのアメリカ人に貢献する経済を推進する」という声明を発表し、アマゾンの元CEOのジェフ・ベゾスも署名をしたことがきっかけになったと思います。
この声明では、「企業のパーパス(存在意義)を再定義する」と宣言し、それまで多くの企業が基本理念と考えてきた株主至上主義から脱却し、株主以外にも顧客、従業員、取引先、地域社会といったすべての利害関係者に貢献することによって、長期的な企業価値の向上を目指すという考えを打ち出しました。
アマゾンはまさに、この宣言を実行する一環として、これまで最重要視してきたお客様や株主以外にも、従業員や取引先、地域社会への貢献を社員のリーダーシップ発揮を通じて達成しようとしているのだと思います。
さて、話を行動目標に戻しましょう。
自分の管理目標を達成するために、どうリーダーシップを発揮するか。PR部門にいたファッション担当の一般社員の例を取って説明しましょう。
私がいたころ、ファッション事業はアマゾンにとって、まだはじまったばかりで初期のフェーズでした。
PRというとセレブを使ったイベントなど派手なことをしている印象をお持ちの読者もいるかもしれませんが、想像よりもっと泥臭い業務です。
PRとは社会と企業がお互いにメリットを享受するための戦略的なコミュニケーションプロセスですので、派手なイベントを単発でやっても、目的によっては効果がありません。継続的な事業推進を後押しする説得力のあるコミュニケーションを長期的に行う必要があります。
ファッション事業の初期の時期、アマゾンでは魅力的な品ぞろえを提供することが求められました。一方で、まだ「アマゾン=ファッション」というイメージがない中で、事業部が取引先と交渉し魅力的な品ぞろえを拡大していくことはかなり大きなチャレンジでした。
そこでファッションPR担当者は、スピード感を持って品ぞろえを増やす追い風になるために様々な管理目標を立てましたが、その管理目標を達成するために特に求められたリーダーシップは「Ownership(自分で責任を持つ)」と「Bias for Action(とにかく行動する)」でした。
Ownershipとは
リーダーにはオーナーシップが必要です。リーダーは長期的視点で考え、短期的な結果のために、長期的な価値を犠牲にしません。リーダーは自分のチームだけでなく、会社全体のために行動します。リーダーは「それは私の仕事ではありません」とは決して口にしません。(アマゾンのWebサイトより)
Bias for Actionとは
ビジネスではスピードが重要です。多くの意思決定や行動はやり直すことができるため、大がかりな検討を必要としません。計算した上でリスクを取ることに価値があります。(同)
上司の指示を待って行動していてはスピード感のある事業活動を進めていくことは望めません。まだ経験が浅い一般社員でも、強いオーナーシップと行動力をもって活動することが求められているのです。
その他には、「Think Big」という項目も重視しました。
Think Bigとは
狭い視野で考えても、大きな結果を得ることはできません。リーダーは大胆な方針と方向性を示すことによって成果を出します。リーダーはお客様のために従来と異なる新しい視点を持ち、あらゆる可能性を模索します。(同)
これまでにないユニークなサイト(ファッションストア)の立ち上げをサポートするわけですから、こぢんまりしたことを考えていてもなかなか貢献できません。PRを通じて社会の共感を得るダイナミックな思考が必要でした。
もちろん予算に限りはありましたが、予算を多く使ったからと言ってイノベーションが起こるとも限りません。予算がなければ、どこから原資を取ってくるかを考える必要があり、ここでも「Think Big」の発揮が必要です。
実際、このポジションの方は、私と「報連相」を取りながら強力な「Ownership」と「Bias for Action」を発揮し、常に既存の方法にとらわれず「Think Big」な考え方でイノベーションを起こし、ファッション事業部から絶大な信頼を得ました。
また、PR部門にも新風を吹き込みいい影響を与えました。アマゾンでの昇格は容易ではありませんが、結果的に、その方は早いスピードでマネジャーに昇格しました。
OLPはアマゾンが説明しているように、職場で日常的に使われています。行動目標を立てたり評価したりするときだけではなく、日ごろの会議の中でいろいろなリーダーシップ項目が普通に出てきます。それはまるでアマゾンの言語のように世界中で使われているのです。
世界で働くアマゾン社員にはそれぞれの価値観があり、お互いにすべてを理解し合うことは困難です。それでも、このOLPがあると、常に顧客視点でコミュニケーションができ、自分たちの利益ではなく顧客の満足度から逆算した健全なディスカッションができます。
実際、私の部門もグローバルプロジェクトに関わることが度々ありましたが、その発表タイミングを決める際にも、日本のお客様視点の説明をすると、アメリカの本社は、アメリカ・ヨーロッパ・日本のいずれの拠点でも、お客様に親切な発表時間を真剣に考えてくれました。
他のIT企業では、アメリカに合わせて夜中の2時や3時に発表する会社もありました。ですが、アマゾンは「本社だから」という理由でものごとを決める会社ではなかったと思います。すべてがお客様中心に考えられているのです。外資にしては珍しい考え方かもしれません。
このように日頃からOLPを意識した行動を取ることで、どの社員がOLPをうまく発揮しているのかも一目瞭然になります。そのため、強いリーダーを探すことも容易になるのです。
みなさんの会社には行動規範はありますか。それを意識して仕事をしていますか。
仮に正式に行動規範が会社の目標設定として使われていなかったとしても、行動規範を意識して仕事に臨めばその企業が求める人材のふるまいに近くなることは間違いありません。
チームの中であらためて行動規範の意義についてディスカッションすることをお勧めします。そうすることで、ものごとを判断したり決めたりする指針にもなり無駄な時間が減る可能性があるからです。
なお、OLPの細かい内容はアマゾンが公開していますので、ご興味があればご参照ください。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年2月17日に公開した記事を転載しました)
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