フラッグシップに必須の「新常識」 後継ぎの創造力を高める発想法とは
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」では、自社の強みを生かしたユニークな看板商品「フラッグシップ」の開発方法を掘り下げています。前回は「独自の強み発掘」についてお伝えしました。今回は「新常識を考える」というテーマについて、筆者がデザインを手がけた筒状型スポンジタオル「STTA スティックタイプ」や羽田空港内の土産物店などを例に解説します。
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」では、自社の強みを生かしたユニークな看板商品「フラッグシップ」の開発方法を掘り下げています。前回は「独自の強み発掘」についてお伝えしました。今回は「新常識を考える」というテーマについて、筆者がデザインを手がけた筒状型スポンジタオル「STTA スティックタイプ」や羽田空港内の土産物店などを例に解説します。
目次
デザイン経営がなぜこれまでにも増して求められているのでしょう。後継ぎ経営者と向き合う中で見えてきたのは「普通に良いものをつくるだけでは生き残れない」時代だからです。求められることに応えるだけでは経営は立ち行かなくなり、今後は業界・業種を問わず、以下のような「創造力」が一層求められるようになると考えます。
しかし、自ら何かを創造することに苦手意識を持っている人は少なくないはずです。そこで非デザイナーの方でも短時間で劇的にクリエーティビティーが向上する考え方を紹介します。
その方法とは「新常識を考える」です。イノベーティブな製品には必ず「新常識」があります。例えば掃除機のルンバには、手動が当たり前だった操作方法で「自動」という新常識を実現しました。フリマアプリのメルカリは、BtoCという商流に対して「CtoC」という新常識を実現しました。
ここで大切なのは新常識の着眼点です。どの部分に対して新たな常識を考えるのかが勝負の大きな分かれ目となります。どんなに斬新なアイデアを考えても、着眼点が悪ければ「新常識」になることはまずありません。
例えば先ほどの掃除機の場合、「吸引力」や「軽さ」は製品スペックとして比較されやすい観点です。ただし、よほどの斬新なテクノロジーでもない限り、ここで勝負しても「普通に良い製品」にしかならないでしょう。この点からルンバは勝つべくして勝った着眼点だったのではないでしょうか。
では、どのように「新常識」を考えれば良いのでしょうか。
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「新常識」をシンプルに表現できる公式をマスターするのが手っ取り早いです。とても簡単な公式なので安心してトライしてみてください。
公式は「A→B」と表現します。Aは「これまで」「ビフォー」「常識」、Bは「これから」「After」「新常識」を記載します。
先に挙げたルンバは「手動→自動」、メルカリは「BtoC→CtoC」と表現することができます。
公式で表現するにあたって、ひとつだけ意識してほしいことがあります。AとBを可能な限り対義語で記述してください。対義語で考えることで抽象的な思考となり、新常識の本質が見つけやすくなります。
新常識はひとつとは限りません。優れた製品やサービスには複数の新常識が組み合わさっています。例えば、アイドルグループの「AKB48」は新常識の宝庫です。思いつくものを下図に記載してみました。一世を風靡しただけの独自の魅力や価値が、当時の新常識として次々に打ち出されていたことがよく分かります。
このように、ユニークな製品やサービスは公式で理解するのが第一歩です。練習問題を三つ用意したので、ぜひトライしてみてください(※解答例は文末)。どれも発売・サービス開始当初は非常に珍しいものでしたが、今では常識になっているケースです。
問い | プロダクト |
---|---|
Q1 | ダイソン扇風機 |
Q2 | |
Q3 | ウェアラブルメモ「wemo」 |
公式が理解できたところで、次はその使い方です。新常識を考えるためには検討しているテーマの「常識」を把握する必要があります。まずは常識と思われていることのリストアップからです。
次にリストアップした常識の「真逆」を考えます。先に述べた通り、できるだけ対義語で「A→B」と表現します。最後にBで表現された新常識に対して、具体的なアイデアを考えます。
ちなみに新常識単体で「良い・悪い」は判断できません。前回触れた「強みの発掘」と同様に「オモロくて」「ウケる」事業アイデアが出るものが「良い」新常識です。
このアプローチで出たアイデアとこれまでのやり方で発想したアイデア、どちらがユニークでしょうか。新常識の着眼点で考えている以上、論理的にはこのアプローチの方が、アイデアにユニークさが担保されています。
通常の業務ではこのアプローチをひたすら繰り返し、あらゆる観点から新常識と具体的なアイデアを考えます。
筆者が手がけた事例でも、新常識を考えることでヒットや売り上げアップにつながりました。
以前、筆者は羽田空港にある日本の土産物を販売していたショップ(KIRI Japan Design Store)の再建に取り組みました。運営者にとってそれまでの土産物のターゲットは外国人でした。それに対する新常識として、ターゲットを海外に出かける日本人旅行者に変更し、訪問先に持参するギフトを販売するショップにしたのです。
新常識を軸としたリニューアルは奏功。低迷していた売り上げは前年度対比1.5倍となりました。その後も成長を続けてメインフロアに移転でき、今では再検討時の売り上げの3倍に伸長しました。
連載3回目、4回目で取り上げた日本茶カフェ「mirume(みるめ)深緑茶房」(名古屋市西区)も新常識を採り入れた事例の一つです。使い捨てが常識だったテイクアウトの容器をガラス製のボトルにし、返却が前提のレンタルサービスに変えました。これにより、1杯分が常識だった容量も水を継ぎ足すことで3杯分飲めるようにしたのです。
このサービスがメディアで取り上げられ、認知は飛躍的に向上。コロナ禍で3分の1となった売り上げのV字回復に成功し、コロナ前の1.8倍を達成しました。
ここでひとつ注意があります。新常識のみで良しあしを判断することはできません。前回の「強みの発掘」と同様に、新常識からどんな「オモロくてウケる」事業アイデアを発想できるかどうか。アイデアが出るものが「良い新常識」です。
このときに大事なのは、実現性を横に置くことです。新常識からアイデアを発想する際に実現性は必要ありません。
「リソースが足りない」、「資金調達は可能か」、「売り上げが伸びるか心配」。そういった考えが頭をよぎっても、できるかできないかは一度置いておくことが重要です。
アイデアの発想と実現性の検討は、ステップを明確に分け、これはという良いアイデアが思いついた後に、実現性を検討すべきです。
あくまでも目的はフラッグシップの考案なので、そこに立ち返りながら、この新常識はありかなしかを判断していきます。
後継ぎ世代が脱下請けを目指すためにも、フラッグシップには新常識となるアイデアが必要だと思います。下請け業務で培ってきた常識ではなく、今までにない「新常識」を採り入れなければ、脱下請けにはなりません。
元請けの理論や慣習に縛られず自由に発想する。自ら新常識を考えたり、従業員のアイデアを見逃さずに受け止めたりするためには、経営者自身がさえている必要があります。筆者自身はマインドフルネスやサウナを活用し、意図的に頭の中をクリアにする時間を設けています。
前回紹介した、老舗メーカー「アイオン」が2022年2月から販売している筒状型スポンジタオル「STTA スティックタイプ」には、メーカーのアイオンにとって二つの新常識があります。
一つはBtoB向けに開発された吸水力・排水力に優れた高性能のウレタンスポンジ「ソフラス」を、BtoC向け商品の素材として採用したことです。これは前回紹介しました。
今回紹介するもう一つの新常識はロール形状のソフラスを採用したことです。
プロジェクトスタート時に与えられたお題は、「定型」で「ユニーク」なものをつくるという内容でした。
定型とはソフラスを抜き型でつくることでした。その代表的な商品が台所などで使われる長方形のスポンジです。抜き型でつくると厚みに制限があり、もうひとつのお題である「ユニーク」な製品を考えるのに苦労しました。
そこで発想を変え、抜き形状以外の定型の使用を試みることにしました。カタログを見返すと「定型=抜き型」とは限らず、ロール形状も含まれていることがわかりました。しかし、アイオンはこれまでロール形状のソフラスでBtoC商品を開発したことはありません。
筆者はこのロール形状に目を付け、事業化へのアイデアを考えることにしました。
前回、フラッグシップの開発は三つのステップで進めていくと書きました。フラッグシップとなるユニークなアイデアを新常識から考え、その中から事業化へと昇華させていきます。
そのとき必要なのが、「魅せる(ブランディング)」と「届ける(マーケティング)」というステップです。
STTAの事業化に向けた課題のひとつは価格でした。台所用などのスポンジが数百円で売られているのに対して、ソフラスを採用すると2千円以上になることが分かっていました。
そのため、ソフラス単体で販売しても価格相応には見えないと考え、持ち手などの樹脂を組み合わせた製品を構想し、プロトタイプの制作に取りかかりました。
特にこだわったのは、「STTA」を吸水ツールブランドとして展開していくことです。
最初に開発したのは持ち手の付いた筒状型のスポンジタオルですが、その製品を一つだけ展示会で発表すると、単なるアイデア商品のように見えてしまう可能性があります。
斬新なアイデア商品は「一発屋」のような印象を持たれる可能性もあります。本プロジェクトでは、新たなフラッグシップとなるBtoC製品ブランドにすることを前提に開発を進めているため、それは絶対避けなければいけません。
そこで展示会での発表に向けて、スタンドタオルや携帯用のミニサイズ、コースター、物干しさおで使えるものなど、いくつもプロトタイプを制作しました。
人間は三つくらい製品が並べられていると、無意識に共通点を探し出します。そんな特性を活用し、展示会では「STTA スティックタイプ」と一緒にプロトタイプを6製品展示し、吸水ツールの可能性と世界観を伝えました。
アイオンへの企画プレゼンでは、吸水ツールブランドをつくることでマーケティングの方法が「プッシュ型」から「プル型」に変わる可能性があると伝えました。プル型とはこちらから営業をかけなくても、販売先から問い合わせがくる状態を指します。
展示会に出展後、テレビや雑誌、ウェブメディアなどさまざまな媒体で取り上げられ、初回分は1週間で完売。その後も生産と完売を繰り返し、売れ行きは好調です。
「STTA スティックタイプ」は2750円(税込み)。この製品を通じて、アイオンが高性能なスポンジを開発しているメーカーであると知る人も多いと思います。
もし価格は手頃でも低品質な製品を販売したら、オンラインショップのコメント欄でマイナスな意見を書かれるかもしれず、それを抑えることもできません。
それより、多少価格が高くてもそれに見合った価値があれば、ブランディングを工夫しながら継続していくことで、機能やブランドに共感してくれる人を増やせる可能性があると思います。
中小企業にとって、市場規模やトレンドはあまり重要ではないと思っています。なぜなら市場の1%程度でも十分な利益を得られるからです。
最も重視すべきことは「買ってもらえることを想像できるかどうか」です。そのためには挑戦する業界や領域を見極めることも重要です。回避できる勝負は避けて、成功する確率を高めるべきだと考えています。
筆者はできるだけ機能やユーザーの便益で差がつけられ、必要性を訴求しやすい製品・サービスのジャンルを選択するようにしています。
差がつけづらいと考えるジャンルの代表例には、アクセサリーや知育玩具、インテリア雑貨などが挙げられます。ものづくり企業とデザイナーがタッグを組んで開発する製品で、よく見かけるのもこのジャンルです。
デザイナーを起用してデザイン性を高めれば、売れるのではないか。そう思う方もいるかもしれませんが、筆者のこれまでの経験から、機能やユーザーの便益で差を付けるほうが、うまくいく確率は高いと思います。
独自の機能をどのように打ち出していくか。それを考えるのが、デザイナーが果たすべき役割とも思っています。
※構成・西山薫(デザインライター)
《解答例》
Q1 羽根:あり → なし
Q2 文字数制限:あり → なし
Q3 身につけない → 身につける
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