デザインの力でマスを狙う 茶農家3代目が「朝ボトル」に込めた戦略
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」3回目では、水出し緑茶のテイクアウトサービス「朝ボトル」というフラッグシップを打ち立てた日本茶カフェ「mirume深緑茶房」(名古屋市)を取り上げました。連載4回目は同店代表で茶農家3代目の松本壮真さん(33)へのインタビューを通じて、売り上げをV字回復させた看板商品を送り出すまでのプロセスを掘り下げます。
連載「後継ぎ世代の脱下請けとデザイン経営」3回目では、水出し緑茶のテイクアウトサービス「朝ボトル」というフラッグシップを打ち立てた日本茶カフェ「mirume深緑茶房」(名古屋市)を取り上げました。連載4回目は同店代表で茶農家3代目の松本壮真さん(33)へのインタビューを通じて、売り上げをV字回復させた看板商品を送り出すまでのプロセスを掘り下げます。
――松本さんが店長になる前の2018年に、筆者が代表を務めるデザイン事務所「kenma」でインターンを経験しました。
私は三重県松阪市にある茶農家の3代目です。家業を手伝い始める前、農業経営大学校で、農業の技術と経営を学びました。当時、考えていたのが茶葉の直販です。問屋さんへの卸価格が下がり、買ってもらえる量も減っている。父はこのまま卸だけ続けていると、経営が立ち行かなくなると考え、自社での直売も始めました。
直売を伸ばすためのパッケージや売り方などを考えたとき、デザインが欠かせないとは思いながらも、手法がよくわかっていませんでした。そんな時、農業経営大学校のゼミの講師だった松尾和典さん(故人)が、今井さんのところでインターンとして働くことを薦めてくれました。
――松尾さんは電通コンサルティング時代の同期です。その縁で筆者も農業経営大学校のゲスト講師を務めました。インターンを受け入れたのは松本さんが初めてでした。話は少しさかのぼりますが、なぜ、農業経営大学校に通われたのですか。
いつか家業を継ぐつもりでいましたが、明確な時期は決めていませんでした。父はお茶の生産だけでなく直売を始めており、親族や周囲から一目置かれる存在でした。そんな父を超えるためにも、自分で何かを始めて自信をつけてから地元に帰ろうと、大学卒業後は飲食関係の仕事に就きました。
しかし、腰のヘルニアを患って長時間の立ち仕事は難しくなり、飲食の仕事からいったん離れることに。目的を見失い、モラトリアムな時間を過ごしていたとき、実家の近所の方が亡くなり、自宅での葬儀の準備を手伝うことになりました。
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その現場を仕切っていたのが、80歳を過ぎた男性でした。その方以外、自宅で葬儀をするとき何をどう準備すればいいのかわかっておらず、文化を受け継いでいく必要性を感じました。
自分のような若い世代が文化を継承することが大事だと気づき、「地元で家業を手伝おう」と決めました。ただ、これまで私は農業に携わったことがなく、農業経営大学校で勉強してから帰ることにしました。
――インターンをしていたときの松本さんは、とにかく素直で「まずやってみる」ことを徹底していました。専門的なリサーチやネーミングを考えるなど、これまで取り組んだ経験がないことにも臆さず挑戦する姿が印象的でした。
今井さんが、コスモテックのウェアラブルメモ「wemo」の案件を手がけていた時期でしたね。その打ち合わせの現場に同行したり、東京ビジネスデザインアワードに関する会議に参加したり、ネーミングを考えたりするなど実践的な経験をさせていただきました。
特にリサーチを任されたときは、資料の見方を教えていただき「こんな風にまとめると見やすくて役立つ」といったアドバイスを頂きました。そのまとめ方は、今も役立っています。
――農業経営大学校を卒業後、家業で運営していた「深緑茶房 名古屋店」の店長として働き始めました。
茶葉の生産を手伝う予定でしたが、店長が辞めるタイミングだったので、飲食店で働いた経験がある私が引き継ぎました。当時、カフェの経営は赤字でしたが、お茶の宣伝という目的が強く、社内でも赤字が認められている状況でした。
しかし、売り上げの8割はパフェと抹茶ラテで、お茶の宣伝になっているとは思えませんでした。名古屋駅から徒歩5分の場所で家賃が高く、収益性も低かったのです。
パフェと抹茶ラテで採算に乗せるには、1日100個くらい売らなければなりません。ところが席数は20席で、営業時間は8時間。移転も含めて父に相談したのですが、賃貸契約期間の問題もあり、移転はしないという結論に至りました。
そこで、急須で出すお茶と和菓子が中心のメニューに変えて、物販も強化しました。急須で出すお茶はもともとメニューにありましたが、とても安く提供していたんです。
安すぎるとお茶の価値が伝わらないと思い、値上げしました。その代わり、少し安価なお茶とマグカップ入りのお茶などもメニューに入れて、選ぶ楽しさを提供しました。
パフェをメニューから外したので、スタッフは5人から3人体制に変更。外に出していた看板もあえて下げることで、席を探すだけのお客様は減り、お茶を飲みたいと思って来る人だけが来店するようになりました。
売り上げは一時的に下がりましたが、急須のお茶の注文比率は上がり、利益率が改善。約半年後の19年12月に黒字化できました。
しかし、その翌月から新型コロナウイルス感染症の影響が出始め、20年4月には移転せざるを得ないという結論に至りました。
移転リニューアルを機に独立することにしました。当時、会社が調達できる予算では店の規模が小さくなり、スタッフを雇用できなくなるからです。
――移転リニューアルしてオープンしたのが「mirume深緑茶房」です。移転リニューアルを一緒に手がけたときも、松本さんは人より多く挑戦して人より多く失敗し、成功につなげていましたね。kenmaでのインターンの経験は、どのように役立ちましたか。
インターンのときに教わったことがとても役立っています。フラッグシップをつくる理由など、インターンをしているときは、わかったつもりでいましたが、今ほど確信していませんでした。
今井さんと一緒に「朝ボトル」を開発したことで、フラッグシップの価値を実感しています。
「朝ボトル」には、お茶を日常的に飲んでほしいという思いを込めています。ペットボトルではなく、かといって何千円もするお茶でもない。もっと気軽に飲めるものを提供したいと思っていました。
一方、カフェのメニューには水出し緑茶があります。本当は2、3杯飲めるのですが、茶葉は1度きりで捨てています。
おいしく飲めるのに捨てるのはもったいないと思い、お客様自身で水を継ぎ足せるようにすればいいと考えました。ボトル入りで売れば自分で水を継ぎ足すことができる。そこからボトル入りの水出し緑茶というアイデアにつながりました。
――最初、松本さんはサブスクリプションモデルで販売したいと話していました。
ボトルパスという定期券みたいなものをサブスクで販売するのはどうかと今井さんに相談しましたね。
でも「そもそも自分がサブスクで利用している飲食サービスはあるのか」、「サブスクはすでに習慣化している商品でないと難しい」と言われて、たしかにそうだなと。
――ビジネスパーソンの通行量が多い道なので、コミュニケーションの一環として、お店の前であいさつするのはどうだろうか、といった話もしましたね。そこから、朝限定で販売するという企画に発展しました。
実際、朝に一言二言、話すことが日課になっているお客様もいらっしゃいます。ちょっとした会話が習慣化につながるきっかけになり、リピーターも増えています。
――松本さんの実家の茶農家は、06年に農林水産祭地域特産部門で「天皇杯」を受賞しました。だからこそ、消費者の茶離れをどう食い止めるかを考えなければいけません。東京で日本茶カフェといえば、感度の高い人に向けたニッチなサービスという印象がありますが、茶離れを食い止めるには、マスに向けたサービスであるべきですよね。
マスを狙っていくという話は、スタッフにも伝えています。朝ボトルは狙いどおり、自分たちの存在をより多くの人に知ってもらうきっかけになり、そこから新たなビジネスも発展しています。
店の外に設置したカウンターに穴を開けて「ボトルを挿して販売する」という独創的な売り方がヒットの要因になりました。
話し合いの段階では「カゴにボトルを入れて販売しよう」と考えていましたが、今井さんからは「穴を開ける」という提案があったんです。そのときは正直、カゴに入れて販売するのと何が違うのかよくわかっていませんでした。
しかし、オープンするとメディアの皆さんはカウンターの写真をメインカットに使用し、穴のことから朝ボトルについて説明してくれていました。それは一般の方も同じでした。
店の前を通りかかった人が一緒にいる人に「この穴は水出し緑茶入りのボトルを挿すためのもので、朝だけ販売しているんだよ」と、話しているのをよく目にします。
朝ボトルを語る上で欠かせない穴でもあり、今井さんの提案どおりにして良かったと思っています。
――1次産業の農家や酒蔵などが、レストランやカフェなども含めた6次産業化に取り組む動きが増えてきています。ただ、経営に行き詰まっているところも少なくありません。成功と撤退の境目は何であると考えますか。
「餅は餅屋に任せる」という潔さが必要だと思います。とはいえ、全部任せっぱなしでも、うまくいきません。自分たちも主体的に動きながら、任せるところは任せるという姿勢が大切なのでしょう。
「mirume深緑茶房」がうまくいったのは、農業経営大学校の松尾さんと今井さんに教えてもらったことを実践しているからだと思います。
――市場の縮小で守りに入るのは怠慢でしかありません。「朝ボトル」から日本茶の卸のビジネスを拡張できる可能性も広がりますね。
茶葉の価格の違いは、収穫量にあります。小さい芽はうまみが強いのですが、収穫量が少ないので単価が上がります。
私はお茶のおいしさは、うまみだけではないと思っていますが、お茶の文化を継承していく上でも、1度くらいは体験して欲しいという思いもあるんです。そこで、最近は50円から100円の原価をかけて、来店客にうまみの強いお茶を無料で提供しています。
朝ボトルをきっかけに、新しい取り組みも進めています。最近、お茶のパッケージを封筒にしてポストに投函して送ることができる「伊勢茶はがき」も開発しました。名古屋市内のホテルの客室に朝ボトルを設置することも決まり、今は詳細を詰めています。
「mirume深緑茶房」の「mirume」とは「若い芽」という意味があります。これからも新しい価値を提唱していくことを目指しています。
※構成・西山薫(デザインライター)
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