「360度評価」の落とし穴とは 企業経営にもたらす影響を解説
社員を評価するとき、上司だけではなく同僚や部下の見解も加えるのが「360度評価」です。最近は大手から中小まで活用する企業が増えています。しかし、360度評価には大きな落とし穴が潜んでいることをご存じでしょうか。気付かないうちに深刻な問題が生じてしまう恐れもあるのです。全国3200社に組織コンサルティングを提供する識学で上席コンサルタントを務める和田垣幸生さんが、360度評価の弊害について解説します。
社員を評価するとき、上司だけではなく同僚や部下の見解も加えるのが「360度評価」です。最近は大手から中小まで活用する企業が増えています。しかし、360度評価には大きな落とし穴が潜んでいることをご存じでしょうか。気付かないうちに深刻な問題が生じてしまう恐れもあるのです。全国3200社に組織コンサルティングを提供する識学で上席コンサルタントを務める和田垣幸生さんが、360度評価の弊害について解説します。
筆者は、360度評価を導入していた会社のコンサルティングを請け負ったことが何度もあります。そういう会社は上司を評価したり指示に従わなかったりする社員が必ずと言っていいほどいて、上層部が存在に手を焼いています。そもそも評価というものは、上の立場にいる人が下の位置にいる人に行うものです。上司より責任が軽い社員が、上の立場の人を評価するなんておかしな話ですよね。
「あなたにとって上司はよい上司ですか」という問いがあったとしましょう。この質問を投げかけられた部下は、上司のよしあしを自分の尺度で評価できると思ってしまう、言い換えれば無意識のうちに「自分は上司よりも上の立場にいる」という経験を重ねてしまうわけです。360度評価を続けるほど、その意識は濃くなっていきます。
そのうちに、部下は「自分の考えに合わない」、「これをやると大変だからやりたくない」、あるいは「自分にメリットがない」などと言い始め、上司の指示に従おうとしなくなるでしょう。指示された内容をやるかやらないかの選択権が自分にあると勘違いしてしまうようになるわけです。
本来、社員は上司が望む成果を出すために集中すべきです。しかし、360度評価が浸透している会社では、誰もが上司以外の評価を意識しなければならなくなるため集中力がそがれ、組織全体の生産性が低下してしまいます。
それに、部下から高い評価を得ている社員が、必ずしも会社にとって有益な人材とは限りません。会社のトップである経営者は、売り上げや利益といった成果につながる働きをする社員が必要だと考えているでしょう。しかし、部下にとっての理想的な上司は、できるだけストレスをかけずに働かせてくれる人、仕事がうまくいかなくても何も言わないでいてくれる人などということがあり得ます。
厄介なのはこのような問題が組織内で起きていたとしても、360度評価のせいとは気が付きにくいことです。それは因果関係が分かりにくいからです。
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我々に対し「360度評価を導入しているのですが、うまく使いこなせず困っています」などという相談はまずありません。そうではなく、例えば「理由は分からないけれども、なぜか生産性が上がらないのです」という漠然とした相談を受け、経営者にヒアリングすると主な原因が360度評価だったというようなケースがほとんどなのです。
360度評価を導入している経営者には、各人各様の狙いがあるでしょう。よく聞くのは、A~Cの3階層がある組織において「中間管理職であるB層の社員の働きぶりの判断が難しいから360度評価を入れている」というものです。
これは、B層の社員がパフォーマンスを発揮しているという状態を定義できないがゆえの逃げに過ぎません。例えば評価項目を「半年以内にプロジェクトを完了させる」、「1千万円を売り上げる」、「会社のルールを順守している」といった定量的なものにすれば、達成可否のチェックは簡単にできます。
それなのに「リーダーシップを発揮している」や「積極性を持って仕事に取り組む」といったあいまいな評価項目を設けていると、360度評価が必要という考えに陥ってしまうのです。
B層の社員を評価する際、注意すべきことがあるとすれば、個人成績ではなくその社員が管理するチームの成績を評価するということです。
仮に、経営者が部全体に1千万円の売り上げ目標を課しているとしましょう。その部の部長を評価する際は、部長1人で950万円を売り上げたとしても、他の4人のメンバーが10万円ずつしか売り上げられなかったとしたら、部長の目標は未達であると判断すべきです。
部長はその部全体の成果に対して責任を負う存在なので、全体の成果に対して評価項目を設定するのが正しいと言えます。
もし、360度評価によってルール違反やパワーハラスメントの発生を防ぎたいと考えるなら、専用の通報窓口を用意しましょう。このとき、通報した人物が決して特定されないようにすることが肝心です。ルール違反を指摘した人が何か被害を受けるという状況は絶対に防がなくてはなりません。
これは360度評価と一くくりにされてしまいやすいですが、あくまで事実の把握です。ここに、上司を感覚的に評価するような設問を交ぜないように注意してください。
360度評価は外資系企業や大企業が多く導入していると言われていますが、最近は中小企業でも採用しているところが増えている印象です。そのなかにはもちろんファミリービジネスも含まれます。
私の経験上、360度評価だけで評価を実施している会社は少なく、評価制度のオプションの一つとして使っている企業が大半です。
しかし、どれくらい重きを置いているかに関係なく、あなたが360度評価を会社に導入しているのであれば、すぐにやめましょう。360度評価の撤廃によって反発が起きる可能性はゼロではありませんが、単にアンケートが一つなくなるだけですから、むしろ社員の負担は減るはずです。
筆者が360度評価を入れている会社の経営者に、そのネガティブな側面について説明すると、皆さんすぐにやめてくれます。
「地域に一定の顧客がいて会社として今以上の成長を望まず、皆が仲良く楽しく仕事をするために360度評価を活用したい」と願うファミリービジネスの経営者がいるかもしれません。
それでうまくいっているのであればよいでしょうが、優秀な人ほどその会社に所属することで成長したいと願っているはずです。360度評価を是として、社員同士の仲の良さを何よりも大切にするような会社では、そういう優秀な人から先に退職してしまうでしょう。
その結果、急な環境の変化に耐えられず、会社の経営が立ち行かなくなる可能性もゼロではないはずです。
そうならないように、社員一人ひとりが「いつまでに何を達成したらどういう評価を得られるのか」を整えることが経営者の大事な役割です。社員を大切に思うのであればこそ、経営者は本当に社員のためになる評価制度を整備してください。
識学上席コンサルタント/開発本部本部長
横浜国立大学経済学部を卒業後、システム開発の会社でエンジニアとしてキャリアをスタート。その後コンサルティング会社、人材紹介の会社を経て識学に入社。2016年に営業部門の課長に就任し、17年には品質管理部門の立ち上げを担当。同年春に部長に就任。以降、マーケティング、インサイドセールス、プラットフォームサービス開発などの責任者を経て、20年からは再び営業部門へ。営業1部の部長を担当したのち、現在は開発本部本部長として活動。
(※構成・平沢元嗣)
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