中西ファームは1800年ごろ、初代が米や麦の栽培を始めたのが始まりで、養蚕にも力を入れていました。5代目が1950年ごろに野菜作りに移行し、中西さんの父・一弘さんが6代目です。
現在は4.5ヘクタールほどの農地で、かぶ、大根、にんじん、ホウレン草のほか、カリフローレ、サラダケール、ビーツなど珍しい野菜も含め約80種類を栽培。八王子市内の飲食店やスーパーなど約30店舗に出荷しています。従業員は5人でボランティアの助けも借りています。
小学6年の時、中西さんはお笑いコンビの「テツ and トモ」を見て、芸人にあこがれました。高校の同級生とコンビを組み、卒業イベントで初めてネタを披露したところウケが良く、大学進学後も芸人を目指し奮闘しました。「ひたすらネタを作り、八王子駅前でよく路上ライブをやっていました」
ただ、プロへの道は険しいものでした。「事務所に入れたら芸人として稼げると思っていましたが、なかなか芽が出なくて…。26歳の時、相方から『芸人ではなくユーチューバーをやりたい』と言われました」
「30歳までは芸人を続けたかった」という中西さんですが、相方の転身を機に2019年、家業に入ります。「両親はうれしそうでしたが、後ろ髪を引かれる思いもありました」
父と従業員の想いを共有
中西さんは農業の知識はゼロでした。「作業工程、機械の乗り方、出荷の仕方など、1年目は覚えることが膨大で必死でした。ホウレン草が冬にできることも知らなかったくらいですから」
その中で、課題も浮き彫りになりました。従業員とトップの仲は良好でしたが、目指す方向性などが伝わりきっておらず、中西さんは会社として一丸となっていないと感じていました。
「作業中にも話はできますが、それでは足りないと思いました。仕事に関して父と祖父の仲があまり良くないのを見てきたので、みんなと良い関係を築きたいなと。父と従業員をつなげてチームにするところから始めました」
中西さんは定期的にミーティングの時間を設け、全員で想いやゴールを共有するようにしました。
「農作業、作る野菜、投資すべき場所などが明確になったので、エラーが減りました。現場がやりたいこと、必要としていることが共有できるようになり、お願いしやすい空気や、やりたいことをやらせてもらえる環境になりました」
インスタ強化で生まれた反響
中西さんは入社直後から、中西ファームの野菜をもっと広めようと、毎日インスタグラムを更新しました。畑の写真をアップして作業の様子を伝えたり、従業員の様子を写したりして、楽しい投稿を心がけました。
「例えば、かぶを『柔らかい』と言うより『歯がなくても食べられます!』と説明する方が、楽しんでもらえるし柔らかさも伝わります。頭の回転という部分は芸人時代に鍛えられました」
投稿を続けて2年くらいで反響が出始め、始めたころは200人ほどだったフォロワーも6千人以上に増加。八王子以外から農業ボランティアに来る人も増えました。それまで出店料を払って出ていたマルシェなども、出店料なしで呼ばれるようになったといいます。
「野菜フェス」に1500人
20年からは毎週土日に農産物の直売会を始めました。「外で販売・宣伝をするより、自分たちのホームで直接知ってもらう方が良いのではないか。そんな意見がミーティングで出たんです」。直売会は、コロナ禍でも1日平均150品ほどが売れる人気イベントとなりました。
中西さんはコロナ禍で、地元の子どもたちが習い事の成果を発表する場がなくなっているという話を耳にしました。「それなら、うちの畑にステージを作ってやれば良いのではないかと。屋外なら密にならないですから」
21年11月、中西ファームは初めて「野菜フェス」というイベントを開催。子供たちによるダンスや和太鼓といった子どもたちの演目披露のほか、野菜の直売も行いました。
芸人出身の中西さんはステージMCもこなすなどフル稼働。気候が良く旬の野菜も多い時期だったこともあり、約700人が訪れました。
「1年目はオリジナルTシャツを販売して運営費に充てたので、利益はゼロでした。2年目は企業協賛金を募り、うちの野菜を運んでくれる運送会社の方が、企業を集めてくれたんです。野菜のほかTシャツやパーカなども販売して黒字にできました」
22年秋の2年目は倍以上の約1500人が訪れました。「人が集う農園にして、さらに利益を生み出したいと考えるようになりました」。3回目となる今回は23年11月3日の開催が決まり、2500人の来場を目標に準備しています。
自社の畑で始めた担い手育成
中西さんは家業の成長に汗をかく中で、農家の働き方に危機感を覚えました。
「マンパワーに頼る働き方で、朝早く来て作業するなど労働時間もエンドレス。30年後もこの働き方では続かないし、その労力が収入アップにはつながっていない。もっと売り上げを上げて、より楽しく働ける環境を作っていかなければと思いました」
野菜は有限で生産量にも限界があります。中西さんはサービスなど形のない商材で利益を上げられないか模索しました。そして、21年ごろにスタートしたのが、費用をもらって2カ月間、畑で農業を学んでもらう研修事業でした。
「IT企業などはツールやサービスなど、無限に販売できる商材があるのが強いなと思っていたんです。それを中西ファームに置き換え、農業の経験やノウハウなら販売できると考えました」
研修費用は2カ月で7万7千円。研修を経て農業を仕事にしたいと考えた利用者には、自社の畑の一部を貸し出すなど、担い手育成に努めています。
これまで20人以上が研修を受け、4人が就農したほか、週末だけ作業をしたい人もボランティアとして畑に通い続けています。障害者の就労移行支援事業所を立ち上げた研修生もいて、事業所の利用者をボランティアとして受け入れています。
イベントとセットにした宅配便
22年夏からは、農産物とイベントを組み合わせた「農家の宅配便」のサービスを始めました。旬の農産物を毎月10品届けるだけでなく、購入者を対象としたイベントへの参加をセットにして販売しました。価格は月5980円で、1カ月単位から利用できます。
これまで、芋掘りやみそづくり、種まき・収穫体験、竹馬づくりなどを実施し、畑でとれた野菜で作ったスープなどを一緒に食べるイベントを開催しました。
「セット売りは他社も行っています。1セット買ったら購入者の家族もイベントに参加できるようにして、体験に価値を見い出す層をターゲットと考えて始めました」
当初は、都心の顧客にマルシェなど直売以外のアプローチをするツールとして考えていました。しかし、ふたを開けると、継続利用しているのは約7割が地元で、驚いたといいます。
「年齢層も小さな子どもからおじいさんまで幅広く、近所に住む方々がターゲットなのではないかと気付きました。地元の人にもっと利用してもらえるよう、力を入れていきたいです」
物価高のピンチもチャンスに
物価高の影響は中西ファームにも及んでいます。灯油の価格高騰で、ハウス栽培のトマトの生産をやめました。
「トマトはハウス内の気温を16度以上に保たなければいけませんが、冬場が寒い八王子は燃料代がかさみます。おいしいと好評でしたが、やめざるを得ませんでした」
代わりに目をつけたのが、きのこでした。23年に、トマトを育てていたハウスをきのこ用に改造し、春夏はキクラゲ、冬場はしいたけを栽培することにしたのです。
「ハウス内の温度は10度以上に保てばいいし、0度を下回らなければ菌は死なないので、燃料代も抑えられます。きのこは栽培の手間もかからないんです」
初出荷したキクラゲは好評で、今後もきのこ栽培に力を入れるつもりです。
他社と共同で施設運営
中西さんは他社との連携も進めています。近くで酪農を営み、幼なじみが後継ぎとして奮闘する磯沼ミルクファームからの声かけで、22年10月、同じく八王子のバーゼル洋菓子店とともに「TOKYO FARM VILLAGE」という施設をオープンし、共同経営を始めました。
農場と直売所、カフェ、レストランが一体化した施設で、中西ファームの野菜を販売するほか、レストランでは野菜を使ったメニューを提供しています。
23年5月には、野菜を卸している飲食店が主催するイベントの会場として、中西ファームを提供。中西ファームも野菜の直売で参加しました。
シャインマスカット栽培も挑戦
中西ファームは代々新しいことに取り組み発展してきました。社長の父も中西さんの様々な挑戦を応援してくれたといいます。
父からの提案で20年に始めたのが、シャインマスカットの栽培です。中西ファームで果物を扱うのは初めてでしたが、利益になることと新しいものを入れたい思いが父と合致したといいます。
「木がどうやって大きくなるかもわからなかったし、枝の剪定なども未知でした。人に聞いたり畑を視察したり、時にはユーチューブを見たりして育てています」
中西さんは差別化のため、数年後には野菜つきのシャインマスカット狩りをセットにできないか、検討を進めています。
「公園のような農園」に
父とは事業承継についても話をしていて、タイミングを計っている段階です。
「お互いいつでも事業承継する準備はできていると思います。ただ、父のおかげでできた事業もあるので、すぐに代わるのもどうかなと。どの立場でも、やることは今と変わらない気がします」
家業に戻り、様々な角度から成長へのアプローチを続けたことで、中西ファームは人が集う農園になりました。
「天井が見えるものに取り組んでも伸びません。自社の栽培面積や設備、世の中の需要などから、余白のあるものを見極めることが大事になります。その上で、人が来れば利益は生み出せますから、すべての層にアタックできる試みを続けたいです」
「公園のような農園」を作りたいと語る若き7代目。農家の枠にとらわれないアイデアで、事業を手がけ続けます。