カリスマからの事業承継ゆえの「成長痛」 山下PMC5代目による体質改善
建築系のコンサルタント企業「山下PMC」の丸山優子さんは2022年1月、会社を急成長させたカリスマ的経営者である前代表から社長職を引き継ぎました。当時感じた課題は、急成長した組織ゆえの「成長痛」でした。バラバラだった権限と責任をまとめ、意思決定スピードを上げるところから始めました。この組織作りは次の事業承継を見据えた布石でもありました。
建築系のコンサルタント企業「山下PMC」の丸山優子さんは2022年1月、会社を急成長させたカリスマ的経営者である前代表から社長職を引き継ぎました。当時感じた課題は、急成長した組織ゆえの「成長痛」でした。バラバラだった権限と責任をまとめ、意思決定スピードを上げるところから始めました。この組織作りは次の事業承継を見据えた布石でもありました。
目次
大規模施設の建設プロジェクトは、設計者や施工者などたくさんの会社や人がかかわり、高い専門性が求められます。
そんななかで、山下PMCは、自らの仕事について、品質・コスト・納期・サービス・環境等をコントロールしながら、発注者のやりたいことを実現するための「施設参謀」と掲げています。
1997年に山下設計の子会社として設立し、具体的な業務は、PM(プロジェクトマネジメント)/CM(コンストラクションマネジメント)。近年は、北海道日本ハムファイターズの新球場『ES CON FIELD HOKKAIDO』(北海道ボールパークFビレッジ 新球場)、外資系ホテル『ハイアットセントリック銀座東京』、世界的な建築家である妹島和世氏が設計した『日本女子大学新図書館』ほか、多くの人が知る施設のプロジェクトに参画しています。従業員は243人(2024年2月1日現在)。
丸山優子さんは、2022年1月にカリスマ的経営者である前代表から事業を継承します。
「前代表はたった9年で約10倍の会社に育てました。強い力で社員を牽引し、急成長したために、組織に成長痛のようなものが出ているとは思っていました」
丸山さんのいう成長痛とは、レポートライン(指揮系統)がスムーズでなかったり、意思決定の責任の所在が曖昧になっている部分があったりする点だといいます。強い経営者がいると、一定の役割や機能ごとに小さなまとまりをつくる「クラスター型の組織」になる傾向があります。
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「また、前代表が設定する目標は高く、それを達成する喜びはありましたが、やはり組織に疲れはどうしても残ってしまいます。その体質改善のために、組織整備をすることから着手しました」
黎明期から成長期にかけては、トップダウンで前進し続けることが重要ですが、成長が安定するとそれでは仕事が回らなくなる。丸山さんが最初に着手した仕事は、バラバラだった権限と責任を洗い出し、これを紐づけるところからでした。
「誰がどう決めるか、責任の所在はどこかを明確化すれば、意思決定のスピードは速くなります。部門ごとの役員が課題を洗い出し、それらを皆で精査するのです。この組織の再構築が想像以上に大変で、プロジェクトがスタートした当時は課題が山積みでした。このとき、これまでのキャリアの中で、最も仕事をしたかもしれません」
クラスターを分解し、会社をひとつのチームにして、全員で進んでいく体制を整える。改革は部門ごとに役員が改革の責任を持ち、3年という長期スパンで徐々に行っていくので、仕事が滞ることはありませんでした。
「社員間の経験値の共有も重視しました。山下PMCはプロ集団ゆえに、中途採用の社員も多い。それぞれが異なるキャリアを構築しているので、サービスの品質を守るためにも、ナレッジの共有は重要課題です」
建築の仕事は、発注者、設計者、施工者ほか、多くのステークホルダーがいます。それぞれの対応で長年蓄積したノウハウや暗黙知を、データベース化していますが、ここに生成AIを活用することについても検討を行っているところです。
「PM /CMの仕事は、どうしても属人化してしまいます。だからこそ、社員間の交流が重要なのです。私が代表に就任してから決定したことの一つは、社員全員がワンフロア上で仕事ができるオフィスへの移転です」
2024年5月の移転先は、それまで4つのエリアに分かれていた社員約250人が一つの空間に集結します。
「社員同士が交流すれば、化学反応が起こり新たな価値が生まれる。感性こそがAIに代替されない、人間の強みだと考えています」
誰もが仕事をしやすい組織づくりを進める丸山さんの周りを固めるのは、役員として苦楽を共にしてきた仲間たち。
「だからこそ、組織のバグのようなものを見つけて、解決へと導けるのです」。事業承継で大切なのは、同じ志を持ち、意見を出し合いながら同じ方向に進む仲間なのかもしれません。
丸山さんのキャリアは、建築一筋です。大学で建築を学び、1988年の卒業後に大手建築会社に入社し一級建築士の資格を取得。2009年に山下PMCに転職し、2012年に執行役員、2018年に取締役とキャリアアップしてきました。
とはいえ、 「次期社長に」とオファーを受けた時は、天変地異が起こったのではないかとさえ感じたそうです。
株主総会を控えており、決断までの猶予は3日。引き受けるかどうか悩んでいるときに、幹部として、ともに歩んできた仲間たちから「大丈夫ですよ。丸山さんの経営をしてください。僕たちが支えますから」と言われ、代表への就任を決断しました。
当時を振り返り「人生であれほど悩んだことはありませんでした。社長になるなんて、まったく思っていませんでしたから。就任のときに、可能な限り社員がオフィスに集められ、200人くらいいたと思います。皆の目が一斉に私を見た時に、膝が震えました。まさかそんな反応が起きるとは思わず、起きたからこそ覚悟が決まったのかもしれません」と語ります。
社員の後ろには、家族がいる。少なくともここにいる何倍もの人の生活や人生が自分の肩にかかっているという重圧。「社員とその家族、関係者を今以上に幸せにしたい」と決意を新たに、歩き始めました。
丸山さん率いる、山下PMCのブランドプロポジション(定義)は、「ビジョンを実現するための仕組みと施設を、お客さまに、社会に」です。
「私たちが考える、PM/CMの仕事は、建物をつくることがゴールではありません。最終的な目的は、発注者のビジョンを実現することです」
例えば、アジア初進出のライフスタイルホテルとして、2018年1月開業した『ハイアットセントリック銀座東京』も山下PMCがPM/CMとして参画しています。
丸山さんたちのチームは、ここでどのような事業を行うか検証する段階から参画。地域と発注者の歴史・文化を活かした建物のあり方を提案します。
「インバウンド旋風が始まった頃に、 銀座に新風を巻き起こすホテルを、品質、予算、スケジュールのいずれも遵守して実現させました。これ以降、外資系ホテル案件の問い合わせは増え続けています」
ホテルのみならず、スポーツ施設、R&D(研究開発)施設、医療・教育施設、行政施設ほかそれぞれの用途に精通したプロたちが最適解を導き出してきました」
丸山さんのものの見方が柔軟であり、常に客観的であるのは、男女雇用機会均等法の施行とキャリアが重なることが関係しているのかもしれません。
「私が社会人になったのは、男女雇用機会均等法が施行されて3年目でした。当時、建築業界に限らず、女性の地位は低く、女性に門戸を開いている会社は少なかったのです」
それでも一生設計の仕事がしたかった丸山さんは、大手建設会社に設計職 として入社。ここは、女性も設計の現場に立つことができる数少ない企業でした。
「一段も二段も下に見られる中で、とにかく手を動かし続けました。性別に関係なく、人として仕事をするのみです。そこで気づいたことも、経営者になった今、生きているのかもしれません」と振り返ります。
だからこそ、丸山さんに性差の垣根はありません。子育てや介護をしながらも仕事をしやすい組織を作り、賃上げやボーナスの支給も続けています。
約35年前の建築業界は、女性というだけで門前払いや無視は日常茶飯事。給料は男性社員よりも極端に少なく、深夜帰宅のタクシー代も自腹だったそうです。
「当時は、それが“常識”だったんです。それでも続けられたのは、 私の恩師の女性建築家の影響があります。恩師は“男女差別とかそんな自分 1人でどうにもならんことをぐだぐだ言うのは時間の無駄。男の倍働けばいくらなんでも認めざるを得ない。不満を語るなら仕事をした方がいい”とクールに言っていましたから」
そんな社会も次第に、多様性が重視されるようになってきました。
丸山さんは「たとえば、富士山は山梨側から見るのと静岡側から見るのでは形が違います。俯瞰する力を持てば多様なものの見方ができ、発注者、設計者、施工者などそれぞれの立場における正しさと必要性がわかります。私たちの仕事はその橋渡しをすること」と社員に言い続けています。
これは、山下PMCが数多く手がけている公共工事においても必要な視点です。
「2014年に『公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)』が改正されました。民間で培われ進化した多様な入札契約方式 を自治体が活用できるようになり、これまで公共工事で採用されなかった発注方式におけるプロジェクト運営を、各自治体のお作法にのっとりながらスムーズに行う役割が求められるように。形がないからこそ、利用者像を明確にし、最適な道を探さねばなりません。それにはやはり人なんです。組織の強化、知の共有を維持することが、経営の正解の一つだと確信しています」
丸山さんの課題の一つに、次の世代にどう引き継ぐかという問題もあります。「私はサラリーマン社長ですから、次世代への事業承継は就任前から考えています。役員間で密に情報共有しながら、次の世代にバトンを渡す。そのための組織作りでもあるんです」と続けます。
事業承継計画で、最も重視しているのは、山下PMCがPM/CMのリーディングカンパニーであり続けること。「山下PMCは、時代を先ゆく仕事や、常識を覆すプロジェクトに参画し続けてきました。これを拡大するには、人と組織の強化しか打つ手はないんです。それと同時に、海外進出も積極的に行なっていきます」
施設には街の潜在力を引き出し、人の営みを変え、新たにエネルギーを生み出す力があります。そこで、新たな歴史は紡がれていくのです。
山下PMCの存在は、設計でも施工でもないために、あまり表に出ることがありません。施設とそれが生む幸福と進歩を、縁の下の力持ちとして支え続けています。
その深部にいるのは、代表の丸山さん。牽引するリーダーではなく、歪みや滞りを取るリーダーとして、強い組織のためのメンテナンスをし続けています。
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