目次

  1. 横川さんが75歳で起業した理由
  2. 「価格とモノ以外の価値をいくつ付けるかがレストラン」
  3. 会社の経営思想と目指す方向・役割・目標を明確に
  4. 横川さんの語る商売の基本とは

 横川4兄弟の一人、横川竟さんは「楽しい店を作ろう」という思いですかいらーくを立ち上げ、その後、ファミリーレストラン(ファミレス)は外食産業の一ジャンルになるまで成長しました。

 しかし、2008年にファンドとの意見対立によって辞任します。そこから5年後の75歳で、全国にある高倉町珈琲を起業しました。

 辞任した理由について、横川さんは経営を立て直すなかでファンドが求める「儲ける店」よりも「お客様が喜ぶ店」を作りたかったのだといいます。しかし、すかいらーくでは、その思いがかなわず、高倉町珈琲で実現させようと考えました。

 高倉町珈琲は天井を高く、通路を広く、椅子を大きく、柔らかくし、居心地のよい空間づくりにこだわっています。また、空気も定期的に循環するように設計しています。

 「料理は価格とモノしかないんです。価格とモノ以外の価値をいくつ付けるのかがレストランなんですね。見えない価値というのは難しいのですが、接客の人も大事、店舗そのものも商品なんですね」

 今回の対談を前に、筆者は大井町店に休日の10時30分ごろ来店しました。中高年の女性同士や若い男女ペアなど周囲の来店者のほとんどはそこから2~3時間滞在していました。

 視聴者からは「高倉町珈琲は回転率よりも居心地の良さを大事にされているのは、リピーター客を増やすことを重視する戦略ではないか?」という質問が寄せられました。

 横川さんは「高倉町珈琲では、お客様の数“客数”を大切にしています。売上と客単価は、値上げなどにより変動しますが、客数は『お客様の満足度』の表れです。気持ちのいい店・おいしい料理・楽しく過ごす時間など、お客様に喜んでいただけることを色々とそろえて、『また行きたい』と思っていただけることが毎日の基本です」と話していました。

 飲食店チェーンの短期間での従業員教育に疑問を抱いた横川さんは、店のスタッフに対し、将来面白い、やれば結果が出るということを伝えようとしています。

 「トップがどういう店にしたいのか、お客様とどういう関係を持ちたいのか。はたらく人と経営者がどういう風に向き合っていくのか。きっちり思想を持って、さらにそれを行動に起こすことで繰り返すことで変わっていきます」

 高倉町珈琲では約2000人のパートを雇用しており、スタッフ一人ひとりに店の思想を落とし込むうえで重要になるのが店長です。

「店長を私の代理人にしなくてはなりません。そのためにはまず、店長と私の思いをいっしょにする必要があります」

 商売と経営の基本、利用客とスタッフにどう接すればいいのかを考えるのが店長の仕事だと伝え続けているといいます。しかし、本社でルールを決めたとしても、店舗で100%実践できているとは限りません。どうしても店舗ごとに違いが生まれてしまうため、このギャップを修正するのが経営の役割なのだといいます。

 「私は5分でも10分でも店舗を回って店長と話します、その際に必要なのが自分の方へ引き込むというマネジメントです。そうしないと人は離れて行ってしまいますから」

 視聴者からは「店長教育について悩んでおります。1on1など続けているのですが、なかなか理想とする店の共有がうまく行きません」という相談が寄せられました。

 横川さんは「店長に限らず、店で働く人には、会社の経営思想と目指す方向・役割・目標などがいつも見えるようにすることが大事だと思います。私達の会社(店)はお客様に「何で」喜んでいただくかがはっきりしていて、そのために皆で頑張ろうという気持ちが持てるのです。1on1も大切ですが、自分の人生の中の時間を使って働くことの意味を感じることができれば、向かうべき方向を共有できるものです」とアドバイスしています。

 ただ、会社の思想と現実にはズレが出るもので、その相違点・不足点を見つけて人を育てるのが経営者の仕事です。

 横川さんは「自分が働く会社(店)に、自分の夢と将来の目標と成長性があり、夢に手が届く可能性を感じることができれば、がんばろうと積極的に行動できると思います。家庭人であることとは別に、自分自身の人生の過ごし方への思いがあれば生き生きします」と話していました。

 今回の対談のなかで、印象深かったのが横川さんの語る「商売の基本」でした。

 「商売はその場の思い切りでやるものではなくて、もっと長期的に見て取り組むことだと思います。安全であったり、衛生であったり、おいしいという思いであったり。価格は無視してはいけませんが、価格を安くしてライバルのやっていることを取り入れると儲からなくなるんです。他社がやっていることを真似している限り将来はありません」

 コロナ禍では飲食業界でもこぞって「新業態」が生まれました。しかし、アフターコロナにおいて、多くの新業態は定着しませんでした。

 2024年12月に開催したイベントの一橋大の楠木建教授の基調講演「競争戦略の基盤論理」で、競争戦略の本質は、競合他社との違いをつくる独自性にあり、独自性は「何をやるか」より「何をやらないか」ではっきりさせることにあるという言葉がありました。楠木さんと横川さんの今回の講演には、共通する考え方があると感じました。

 都心を歩けば、そこかしこに大手コーヒーチェーン店がある時代。そんな言葉を思い出しながら、高倉町珈琲の店舗を再び訪れると、新たな視点での独自性が見えてきました。