最初は売れなかった「接触冷感マスク」 アパレル後継ぎはバレエに活路
新型コロナウイルスでアパレル業界が苦境に立たされる中、大阪市の婦人服販売会社が、機能性とデザイン性を兼ね備えたマスクを製造販売しました。発案者は現社長の長女で、3代目経営者を目指す29歳です。マスク製造は家業の新たな未来を見据えるきっかけの一つになりました。
新型コロナウイルスでアパレル業界が苦境に立たされる中、大阪市の婦人服販売会社が、機能性とデザイン性を兼ね備えたマスクを製造販売しました。発案者は現社長の長女で、3代目経営者を目指す29歳です。マスク製造は家業の新たな未来を見据えるきっかけの一つになりました。
マスクを製造したのは1952年創業の婦人服販売会社「ミズワン」です。中高級品の婦人服の製造や卸販売が主力で、大阪、兵庫、奈良で直営6店舗を運営していますが、マスクの製造は初めてでした。同社の販売サイトで扱っている商品は、真夏でも涼しさを保つ「接触冷感マスク」と「接触冷感フリルマスク」の2種類。いずれも日本製のコットン100%で、口に当たる部分には接触冷感の素材を使い、真夏でもつけたまま、心地よさを保てます。耳の後ろでひもが結べて、自分に合った付け心地を調整できる仕様です。
発案者で同社取締役の水本彩香さん(29)は「ミズワンのターゲットはミセスやシニア層で、夏の暑さをしのぐため、カットソーなどに以前から冷感素材の生地を使っていました。マスクにもその生地を使用しています」と話します。接触冷感マスクは2枚1760円、接触冷感フリルマスクは同2860円です。安くはありませんが、4月に販売を始めた接触冷感マスクは約20500枚、6月に販売開始したフリルマスクは約4000枚が売れました。
水本さんはなぜマスク販売に動き出したのでしょうか。「新型コロナウイルスの影響が大きくなって、何かできないだろうか悩んでいました。マスク不足が深刻となり、会社として布マスクを作って、困っているお客様に届けられないだろうかと思いつきました。アパレル業界は国内の縫製工場が年々少なくなっていたところに、新型コロナが追い打ちをかけました。ミズワンの商品を製造している工場の仕事が減っていたのも、大きな理由でした」と話します。
ミズワンには縫製のプロや生地に詳しいデザイナーを抱えている強みがありました。水本さんは父で社長の晶大さんにマスク製造を直談判しました。晶大さんは「やるのはいいけど、ほどほどに」と言いながらも、許可を出してくれました。水本さんは数百枚からのスタートを決めて工場の協力を取り付け、約1週間でサンプルを完成させました。
4月下旬に販売を開始しましたが、マスクの販路はほとんどありません。直営店に来る顧客に売ることを考えていましたが、テナントで入っているデパートや商業施設が、コロナの影響で客足が大幅にダウンしました。最初に800枚を製造したものの、2週間は売れませんでした。「オフィス街にある本社の前にテーブルを出して売りました。不織布マスクと比べれば値が張るので、高いと言われることもありました。何百枚も作ったのにどうしようかと焦りました」
起死回生の切り札となったのは、水本さんが大学卒業まで15年間打ち込んでいたクラシックバレエでした。なぜバレエが、マスクの売り上げアップにつながったのでしょうか。
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2019年秋、水本さんはターゲット顧客を広げようと、バレエ用品のブランド「PRIMAQUA.BALLET」を立ち上げ、ネットショップやインスタグラムなどを展開していました。ここでマスクを扱えないかと考えたのです。「試しに、バレエを続けている妹に接触冷感マスクをつけてレッスンをしてもらったら、『むっちゃ快適』と言われました。インスタでプロモーションをかけたり、プレスリリースを打ったりしたら、大きな反響がありました」
でも、水本さんは満足はしませんでした。マスクを求める顧客が増えるだけでは、ミズワンの主力商品を知ってもらえません。発案したのが、マスクにかわいらしいフリルをつけた「接触冷感フリルマスク」でした。
「私自身、顔の半分が隠れるマスクはテンションが上がりませんでした。当分マスクを使わなければいけないのなら、かわいい方がいいと思って、フリルをつけてみました。バレエや他のスポーツをする人に、かわいいウェアを扱っているPRIMAQUAというブランドの認知にもつなげたいと思い、フリルマスクを作りました」
6月中旬に接触冷感フリルマスクを販売すると、最初に用意したものが即完売しました。「PRIMAQUA.BALLET」のインスタグラムのフォロワーも増えました。「フリルマスクは年齢に関係なく、愛用されています。マスクだけじゃなく、バレエブランド自体に興味を持ってくださる方が増えてきたと実感しています」と手応えをつかみました。
ミズワンは実店舗での販売が中心で、ネット販売を模索した時期もあったものの、うまくはいかなかったといいます。自社商品がネットでヒットしたのは、初めての経験でした。「社長もここまで売れるとは思っていなかったようで、経験は今後にいかせると喜んでいました」と話します。
水本さんは子どもの頃から洋服に囲まれ、家業の存在を意識していました。関西学院大学に入学し、就職活動が近づいたとき、家業を継ぐことを本格的に考え出しました。「父からは何も言われませんでしたが、2人姉妹の長女なので、後を継ぐとしたら私しかいないと思いました。服が好きだったので、何年か後には家業に戻ろうと考えて、アパレル業界に就職しました」
最初に就職した大手アパレル傘下の会社では、名古屋の店で販売の仕事を経験しました。次に転職した東京のアパレル販売代行会社では、高級品から若者向けブランド、メンズ、アウトレットまで様々な商品を扱いました。
約3年間の「修行」を経て、2016年末、ミズワンに入社しました。最初は人事、労務、経理などを担当しました。未経験でしたが、税理士などの助けも借りながら仕事を覚えていき、取締役になった今も人事、労務などを担当しています。経営者や従業員との関係に悩む後継ぎも少なくありませんが、水本さんは「人にはすごく恵まれました」と言います。「販売スタッフは50~70代の女性が中心で、娘みたいにかわいがってくれている気がします。また業務に関しては割と自由にやらせてもらっていて、社長にはバレエブランド立ち上げもマスク販売も、受け入れてもらっています」
経験を積む中で、ミズワンの課題も見えてきました。老舗としてミセスやシニア層に支持されてきましたが、実店舗での販売がほとんどでした。「次世代の顧客は確実にオンラインでの販売が必須になります。また、今はデザインも多様化が進んで、高齢層もファストファッションの店で買う時代です。世代でターゲットを絞るのではなく、ブランドの世界観に共感してくれるファンを増やすことが大切ではないかと感じています」
水本さんの思いが、マスクを販売した自社のバレエブランド「PRIMAQUA.BALLET」に現れています。1人で立ち上げ、デザインも自身で手がけています。「バレエに打ち込んでいた頃、ウェアの良し悪しは頭にありませんでした。でも、今思い返せば、もっとかわいいウェアが着たかったという気持ちもありました。アパレルは競合がひしめいていますが、バレエ用品はまだあまり開拓されておらず、面白いジャンルだと考えています」。ブランドのインスタのフォロワーも1000人を超えて、認知度は少しずつ高まっています。
会社として初めてとなるマスクの製造販売は、経営者を目指す水本さんにとって大きな経験になりました。「マスクを作ろうかどうか2週間くらい悩んでいましたが、今思えばもったいない時間でした。小さなことでも思いついたら何でも手を動かしてトライしないと、新しいことは始められないことに改めて気づきました」
水本さんは後継ぎになる準備も続けています。34歳未満の後継ぎが集う団体「ベンチャー型事業承継」(アトツギU34)に参加し、他業種の経営者らと交流を深めています。異業種の視点も採り入れたことで、プレスリリースを出してマスクを売るという発想も生まれたといいます。
「お客さんが何に困っているかを見失わず、オンラインでもオフラインでも密な関係を築いていきたいです。自社、お客さん、協力工場などの取引先がみんな満足できる『三方良し』の精神を目指そうと思っています」。洋服を愛する老舗の後継ぎとして、明確なビジョンを描いています。
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