【中小企業向け資金繰り支援一覧表】経営者の記事で経済産業省が動いた
日に日に膨れ上がる事業者向け新型コロナウイルス対策の融資・保証制度を整理した記事が2020年3月に公開され、瞬く間にTwitterで拡散されました。この記事を機に経済産業省のサイトが改善されました。経営者の声が官に届いたスピード感あるこの出来事の経緯を、2人のキーマンのインタビューから紐解きます。
日に日に膨れ上がる事業者向け新型コロナウイルス対策の融資・保証制度を整理した記事が2020年3月に公開され、瞬く間にTwitterで拡散されました。この記事を機に経済産業省のサイトが改善されました。経営者の声が官に届いたスピード感あるこの出来事の経緯を、2人のキーマンのインタビューから紐解きます。
Twitterで拡散された、その記事は、スタートアップや起業家などを支援するためのインフラ作りをしている「プロトスター」のオウンドメディア『StartupList』に掲載された「新型コロナウイルス対策融資・保証まとめ」。著者はスタートアップの創業期の資金調達を専門とする「INQ」代表の若林哲平さんです。
「新型コロナウイルスの影響を受けた事業者さんを支援する制度がいろいろ出てきたタイミングで、そろそろ情報をまとめて発信しなくては、と準備はしていたんです」
そう考えていたINQ代表の若林哲平さん。ちょうどその時、協力関係のあったプロトスターのCCOである栗島祐介さんから、融資にフォーカスした形でまとめをつくって『StartupList』に寄稿してくれないかというオファーを受けました。
はい・いいえで答えていくと必要な制度がわかるグラフィカルでわかりやすいまとめ記事は「ほぼ徹夜で作りました」。ただ、このアイディアはまったくのゼロから出てきたものではないと言います。
「自社で『INQ MAGAZINE』というオウンドメディアを作っているのですが、ベルフェイスのPdMであり複数のスタートアップでマーケティング支援をしている石田啓さんに『はい・いいえで答えていったら自分がどの融資に当てはまるかわかるフローチャートを作ってみたら』というアドバイスをいただいて作ってみた経験があったんですね。その教えを思い出したんです」
記事は内閣府の石井芳明氏、東京都副知事の宮坂学氏、起業家の孫泰蔵氏などの著名人や多くの人にシェアされ、広がっていきました。それを見逃さなかったのが、中小企業庁金融課課長補佐の田口周平さんです。
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「私自身、新型コロナウイルス対策の融資・保証制度の全体像についてよくわかっていなかったんです。同様に、事業者さんもよくわかっていないだろう、うまくまとめて広報しないと、いい制度を作っても使われないのではないかという問題意識が金融課内でもありました」
「レンタル移籍」という制度でそれまで9か月間、ベンチャー企業「VALU」で働き、4月に経済産業省に戻って金融課に着任したばかりだったという田口さん。Twitterで拡散されている若林さんの記事を見て、「これはそのまま使える」と思ったそうです。
「見つけた翌日には、これを使わせてくださいと連絡しました」
4月9日に『StartupList』の運営会社であるプロトスターに連絡を入れ、翌10日には若林さんとやり取りをしました。
若林さんは当時を「田口さんが、既に経済産業省版のフローチャートのドラフトを作成されていたんです。それを見て私のほうから少し助言させていただき、土日を挟んで翌週4月14日にはもう経済産業省のウェブサイトにアップされていました」と振り返ります。
民間の作成した記事を転用してアップするということに対して庁内でコンセンサスを得るのは大変ではなかったのでしょうか。
田口さんは「もともと課内でも、なんとかわかりやすく広報したいという問題意識があったこともあり、コンセンサスを得るのも中小企業庁内の許可を取ることにも、そんなにハードルは高くなかったですね」と答えました。
スピード感を大事にしたかったため、1枚の表でまとめたものをウェブサイト上に出しつつも、もっとわかりやすいものを作らなくては、というさらなる問題意識があったという田口さん。
同じ中小企業庁で、中小企業向け補助金・支援サイトの「ミラサポplus」を運営している長官官房デジタル・トランスフォーメーション室の担当者と連絡を取りつつ、田口さんの作成した表を元に、ナビゲーション形式で簡単に制度を探すことができるサービス「新型コロナウイルス感染拡大 あなたに合った支援」を開発しました。
この一連の流れを若林さんはどう感じたのでしょうか。
「スピード感に感動しました。勝手に持っていた官僚のイメージからすると、すごいなと。本気だなと感じましたね。間接的には、様々な人の尽力によって、スタートアップからの声が官に届きやすい環境ができていたというのもあるのかなと思っています。どこの誰が作ったものかわからなくても、良ければシェアしてもらえる、そしてSNSでちゃんと届く。SNSの正しい使われ方ですよね」
いわゆる「役所」の人たちがこのようにスピード感をもって対処できた要因は何だったのでしょうか。田口さんが解説します。
「コロナの影響による経済的落ち込みがあまりに急速で、すべての職員が危機時のモードで動いていた、というのはあります。実質無利子、無担保でお金を貸す、しかも、政府系金融機関に限らず民間の金融機関も含めてやるのって、前例がないし世界的に見ても例がありません。それを短期間で制度設計した上で、数百万社に及ぶ事業者さんに届けるためには、こうした政策の情報を事業者目線で、わかりやすく伝えていかなくてはいけません。ですから、今回の件に関して、こうすべきじゃないか、ああすべきじゃないかというような固い意見を言う人はいませんでした。それが素早く対処できた要因のひとつだと思います」
田口さん自身もスタートアップに一時期、籍を置いていたことで「ユーザーの視点に立つ」「わかりやすく届ける」という広報の仕方への気づきがあったこともあるといいます。
そもそもの始まりは、若林さんが作ったわかりやすい記事でした。記事を書いた思いを次のように話します。
「この状況下で幅広く支援しようと思うと、制度が複雑になってしまうのはある程度仕方がないことだと思うんです。だからこそ、私のまとめた記事が意味を持った。ではなぜ私にそれができたかというと、スタートアップの方々と日々関わる中で、起業家の発想やスピード感に触れてきたからです。『違う切り口で考えるんだ!』と発想できたことや『徹夜してでも今日中にこれを書き上げよう!』と熱を帯びることができたのは、起業家さんたちに影響を受けていた部分も大きいでしょうね」
気になるのは、非常時でなくとも「役所」に私たちの声を届けることができるのかということです。
田口さんは「届きます」と言い切ります。「特に霞ヶ関の何を言っても届かないようなイメージがあるかもしれませんが、中にいるのは普通の人間です。Twitterなどもよく見ています。不満や批判の声も当然よく見ますが、提案や代案がある形で声を挙げていただけると、建設的な議論になります」
声を上げ、発信することで官と民の距離がより近くなる——。そういう時代が、始まろうとしているのかもしれません。
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