目次

  1. 今回の年金制度改正案の全体像と施行日
    1. 社会保険の加入対象の拡大(106万円の壁の撤廃)
    2. 在職老齢年金制度の見直し
    3. 遺族年金の見直し
    4. 保険料や年金額の計算に使う賃金の上限の引上げ
    5. 子の加算の見直し
  2. その他の主な改正内容
    1. 私的年金制度の見直し
    2. 脱退一時金制度の見直し
    3. 遺族厚生年金受給権者の老齢年金の繰り下げ許容
    4. 国民年金の納付猶予制度の延長
    5. 国民年金の高齢任意加入対象の追加
    6. 離婚時分割の請求期限の伸長

 厚労省の公式サイトによると、改正案は多岐にわたりますが、主なポイントは以下の通りです。

  1. 社会保険の加入対象の拡大(106万円の壁の撤廃)
  2. 在職老齢年金の見直し
  3. 遺族年金の見直し
  4. 保険料や年金額の計算に使う賃金の上限の引上げ
  5. 子の加算の見直し

 それぞれ予定されている施行日が異なることに注意が必要です。

 改正の目的について「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化を図る観点から、働き方や男女の差等に中立的で、ライフスタイルや家族構成の多様化を踏まえた年金制度を構築するとともに、所得再配分の強化や私的年金制度の拡充等により、高齢期における生活の安定を図るためのものです」と説明しています。

 政府は中小企業のパートなど短時間労働者や個人事業所で働く人の、厚生年金や健康保険に加入する要件を見直します。

社会保険の短時間労働者の加入要件の見直し
社会保険の短時間労働者の加入要件の見直し

 従来、パートなど短時間労働者の社会保険加入要件は、週の所定労働時間、賃金(月額8.8万円以上)、企業規模(50人超企業等)、学生でないこと、などがあります。

 今回の改正では、これらの要件がシンプルになります。

 具体的には、まず「賃金要件(月額8.8万円以上)を撤廃」します。これは、いわゆる「年収106万円の壁」として意識されている状況を踏まえたもので、全国の地域別最低賃金の引上げ状況を見極めて判断され、法律の公布から3年以内の政令で定める日から施行される予定です。

 つまり、賃金要件が撤廃されれば、週20時間以上働くだけで社会保険の加入対象となります。ただし、最低賃金がどんどん引き上げられるなか、週20時間以上働いて月額賃金を8.8万円未満にしようとすると、時給が1015円以下で働くことになるため、今後も最低賃金が引き上げられることを考えると元々、実質的に廃止となるとも言えます。

 次に、企業規模要件を段階的に撤廃します。現在、一定規模以上の企業で働く短時間労働者が社会保険の加入対象となっていますが、これを10年かけて段階的に縮小・撤廃し、最終的には短時間労働者が週20時間以上働けば、勤め先にかかわらず社会保険に加入することになります。

 従業員36~50人の企業は2027年10月から、21~35人以上の企業は2029年10月から、11~20人以上の企業は2032年10月から、10人以下の企業は2035年10月から、それぞれ順次適用対象が拡大されます。

個人事業所の適用対象の拡大
個人事業所の適用対象の拡大

 また、社会保険に加入する個人事業所の対象を広げます。

 現在、常時5人以上を使用する個人事業所のうち、法律で定める17業種のみが社会保険の適用対象ですが、2029年10月からは、常時5人以上を使用する個人事業所は原則として全業種が適用対象となります。

 ただし、2029年10月の施行時点で既に存在する事業所については、当分の間は対象外とする経過措置が設けられます。

 新たな加入拡大の対象者や事業主への支援措置も検討されていますが、時限的な措置である可能性があることに注意が必要です。

社会保険の加入拡大の対象となる短時間労働者と事業主への支援
社会保険の加入拡大の対象となる短時間労働者と事業主への支援

 事業主への支援として、労働時間の延長や賃上げを通じて労働者の収入を増加させる事業主をキャリアアップ助成金で支援する措置を検討しています(2025年度中に実施、1人当たり最大75万円助成)。

 働く人に対しても、就業調整を減らすため、3年間、保険料負担を国の定める割合に軽減できる特例的・時限的な経過措置を設ける予定です。

 年金を受給しながら働く高齢者が増えているなか、人手不足にも対応するため、在職老齢年金制度を見直します。

在職老齢年金制度の見直し
在職老齢年金制度の見直し

 在職老齢年金制度は、一定の賃金を有する高齢者の年金を減額する仕組みです。現行制度では、働く高齢者の賃金(ボーナス含む年収の12分の1)と厚生年金の合計額が、50万円を超えると、超過分の半額が支給停止(減額)されていました。

 今回の改正では、この支給停止となる収入基準額を、現在の50万円から62万円に引き上げます。この「62万円」という基準額は、年金を受給しつつ50代の平均的な賃金を得て継続的に働く者を念頭に置いて設定されています。この見直しは、2026年4月からの施行を予定しています。

 遺族年金は、厚生年金保険または国民年金の被保険者が死亡したときに、遺族が受けることができる年金です。遺族年金には「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」では、支給要件や支給対象となる遺族に違いがあります。

遺族厚生年金の見直し
遺族厚生年金の見直し

 遺族厚生年金の改正は、男女差を解消することが主な目的です。現行制度では、子どものいない配偶者が遺族厚生年金を受け取れる要件や期間に男女差がありました。

 改正後は、子どものいない60歳未満の妻・夫(18歳未満の子どもがいない20歳から50歳代の配偶者)を原則として5年間の有期給付の対象とし、これまで支給対象外であった子どものいない55歳未満の男性も新たに支給対象とします。

 有期給付者へも配慮します。たとえば、死亡分割により老齢厚生年金が増額されたり、有期給付加算が新設されたりします。また、年収要件が撤廃され、収入に関係なく受け取れるようになります。

 配慮が必要な場合は、5年目以降も給付が継続される仕組みも設けられます。なお、すでに受給権がある人、60歳以降の高齢者、18歳未満の子のある20代から50代の方は、現行制度の給付内容が維持されます。これらの見直しは2028年4月から20年かけて段階的に施行される予定です。

 遺族基礎年金については、子どもを養育している人の状況にかかわらず、子どもが遺族基礎年金を受給できるように見直されます。

遺族基礎年金の見直し
遺族基礎年金の見直し

 これにより、遺族基礎年金の受給権を持つ親が再婚した場合、親の収入が基準額を超えている場合、子どもが直系血族等の養子となる場合、親の死亡後に離婚していた元配偶者が子どもを引き取る場合など子どもが自身の選択によらない事情に左右されることなく、遺族基礎年金を受給できるようになります。

 厚生年金における保険料と年金額は、原則として賃金(報酬)に基づき計算されますが、計算の元となる「標準報酬月額」には上限が設けられています。

 現行では標準報酬月額の上限は65万円となっています。この上限を超える高い賃金を受け取っている人は、実際の賃金に対する保険料の割合が低くなっていました。

厚生年金等の保険料や年金額の計算に使う賃金の上限の引上げ
厚生年金等の保険料や年金額の計算に使う賃金の上限の引上げ

 厚労省は今回の改正の目的について「賃金に応じたご負担をいただき将来の給付を手厚くする」と説明しています。

 具体的には、準報酬月額の上限を段階的に引き上げます。現在の65万円から、68万円(2027年9月~)、71万円(2028年9月~)、そして75万円(2029年9月~)へと段階的に引き上げられます。

 新たな上限に該当する人や企業の保険料は増えますが、将来の年金額も増えると説明しています。

 年金には、こどもを養育している年金受給者の方に対し、年金額を加算する仕組みがあります。現行制度でも、子どもがいる年金受給者に加算されていますが、今回の改正では、子の加算額を引き上げます。

こどもの加算などの見直し
こどもの加算などの見直し

 現在の加算額は、2024年度の年額で計算すると、第1子・第2子が年額23万4800円、第3子以降が年額7万8300円ですが、改正後は子ども1人につき一律で年額28万1700円となります。この加算額の引き上げは、現在年金を受給している人も対象となります。

 加えて、これまで子に係る加算がなかった老齢基礎年金のみを受給している方なども、加算の対象となります。これらの見直しは、2028年4月からの施行が予定されています。

 上記の主要な見直しのほかにも、いくつかの改正があります。

 個人型確定拠出年金(iDeCo)について、現在の制度では、iDeCoに加入できるのは、老齢基礎年金やiDeCoの老齢給付金を受給していない、国民年金の被保険者の人に限られており、働き方などにより何歳まで加入できるかの上限の年齢に差が生じています。

 このため、シンプルで分かりやすい制度となるよう加入要件を拡充します。具体的には、60歳以上70歳未満のiDeCoを活用した老後の資産形成を継続しようとする人で、老齢基礎年金やiDeCoの老齢給付金を受給していない人にiDeCoの加入・継続拠出を認める改正を予定しています。

 脱退一時金とは、外国人の場合は、滞在期間が短く、保険料納付が老齢年金の受給に結び付きにくいという特有の事情を踏まえた制度です。被保険者期間に応じて一時金の形式で支給(支給上限5年)され、受給するとそれまでの被保険者期間がなくなります。

 しかし、外国人滞在期間の長期化などを踏まえ、支給上限を現行の5年から8年に引き上げることなどが検討されています。また、将来日本で老後を過ごす可能性がある外国人について、再入国許可を受けて出国した場合は、許可の有効期間中は脱退一時金を請求できないようにします。

 これまで遺族厚生年金を受けている人は自身の老齢年金の繰り下げ受給ができませんでしたが、高齢者の就労進展を踏まえ、年金を増額させたいという選択を可能とする観点から、遺族厚生年金受給権者についても、繰下げ申出を認める予定です。2028年4月施行を予定しています。

 2030年6月までの間、同居している世帯主の所得にかかわらず、本人と配偶者の所得要件で該当の有無を判断し、実際に保険料を負担できるようになった時点で追納できる仕組みとなっていました。

 今回、2035年6月までの間についても利用できるよう、時限措置を5年延長する予定です。

 老齢基礎年金の受給権がない者について、65歳以降も資格期間を満たすまで任意加入できる制度について、対象となる生まれの人の範囲を1975年4月1日まで生まれの人に拡大し、制度を延長する予定です。

 離婚時の厚生年金記録の分割請求期限について、民法の財産分与請求権の除斥期間の伸長に伴い、2年から5年に伸長する予定です。