父親の急逝と借金1億円、それでも継ぐと決意

 Twitterで「あわず」という愛称で活動する粟津さんは、ムクヤホームの社長です。28歳の時に、父親をがんで亡くしました。借金1億円を抱えていた家業を継ぎ、2年間で借金を7500万円まで減らした一方で、年商を2倍以上の3億円に伸ばしました。オンラインイベントでは、粟津さんの事業承継ストーリーの紹介から始まり、続いて参加者からの質問に答える形で進行していきました。

 粟津さんは新卒で大手のインテリアメーカーに就職し、5年間、営業の仕事をしていました。もともと起業願望があり、ITベンチャーに転職。その転職の半年後に父親が末期がんとの連絡が入りました。父親が亡くなったのはその1か月後でした。

 父親に生前、病室で「お前しかないから、ごめんな。継いでくれないか」と頼まれた粟津さん。亡くなった直後に1億円の借金があることを知りましたが、「育ててもらった恩を返したい。父親の願いは無下にはできない」と継ぐことを決意しました。

急に継ぐことになったら、まずやるべきことは?

 粟津さんの場合、大手企業のように引継ぎ資料やマニュアルはありませんでした。父の急逝という事態だっただけに、事務所を全部ひっくり返して、ありとあらゆる資料に目を通したといいます。

 「何から手を付けたらいいかわからない」状況だった粟津さんにとって、とても救われたアドバイスがあったといいます。ほかの工務店の社長をしている従兄に電話をし「何からやったらいいですか?」と相談すると「とりあえず請求書を払っておけばつぶれないから大丈夫」と言われたそうです。

粟津さんが継いでから改装したムクヤホームの事務所

 粟津さんは「めちゃくちゃ安心した」といいます。まず、事務所のなかから請求書を探し、手形なども確認して支払ったところで「1か月猶予ができた。次、考えようか」と、気持ちを切り替えることができました。

顧客は経営者の何を見ているのか?

 粟津さんは家業を継ぐまで経営者としての経験はありません。建設の知識もなく、釘を打つ技術もなく、住宅ローンも組んだこともないという「何もない状態」でした。

 そんななかで、経営者に就いた初年度に契約をしてくれたお客さんが複数いました。契約した理由を聞くと「粟津さんが一番逃げないと思った」と答えが返ってきました。

設計図面を使った打ち合わせ

 「一生に一度の買い物を任せられる人かどうか」をお客さんは見ているのだと考えました。大手では、出世や転勤で担当者が変わってしまうこともありますが、粟津さんは「僕は住所も身元も公開して、『何かあったら来てください』と言っています。この営業スタイルだけで事業を続けることはできませんが、お客さんから絶対に逃げないという姿勢を貫き通せるのが、大切かなと思います」と話しました。

 粟津さんが継ぐ前の2015年は、新築着工頭数が5棟で、年商で1億2千万円が最大でした。継いだ後の2018、2019年には12棟を契約し、年商3億円まで伸ばしました。借金は減らしていましたが、2019年から新規事業の立ち上げに向けて、今は借り入れを増やしています。

社員との信頼関係はどう作ればいい?

 粟津さんの父親が経営していたころ、ムクヤホームのウェブサイトは「ドーンと親父の顔があって、建築についてのこだわりを書いた文章が載っていた」といいます。経営者がカリスマで、お客さんは父親の文章に感動して相談に訪れるという営業手法で、いわゆる「ワンマン型の経営」でした。

 事業を継いだ際に、粟津さんはまずそのサイトを変えようとしました。すると、社員から「ここは先代が生きているかのように見せておいて、来てもらったお客さんには『代替わりした』と挨拶するのではダメですか?」と言われたといいます。

 それではいつまでたっても変わらないと考えた粟津さん。「元々の取引先やお客さんが僕と先代社長を比較されるのは引き受けますが、社内でそれをやったら立ち行かなくなります。先代が仕事をどう進めてきたのかは情報として知りたいが、真似したほうがいいという意見は一切いりません」と社員の前で宣言しました。

粟津さん(手前中央)とムクヤホームのスタッフ

 ただし、これは「社員が社長を信じていない会社はお客さんにすぐバレる」という信念のもと、社員が信頼してついてきてくれる関係を築くための言動でした。仕事の中身については若くして継いだからこそ「教えがいのある社長、かわいげのある社長」を意識し、大工や設計士などから積極的に教えてもらう姿勢でいるそうです。

経営者の親とどう話せばよい?

 2017年の中小企業白書(PDF形式:7.46MB)によると、個人事業者の 59.9%、小規模事業者の35.8%が「先代経営者の死去」や「先代経営者の体調悪化」をきっかけに事業を引き継いでいます。
 引き継ぎもできないままの急な事業承継とならないよう、現経営者と後継者とのコミュニケーションをどうするかを考える必要があります。

 粟津さんは「僕みたいな状況は最悪。リスクしかない。できれば現社長が元気なうちに引き継ぐ時間を作ってほしい」と考え、Twitterで若い後継ぎたちの相談に乗ってきました。

 しかし「親子関係だからこそ、腹を割って話すことができない」という相談が多く寄せられます。こうした悩みに対し、粟津さんは「自分たちの父親の世代は体力的な部分や経営状況などについて弱みを見せられない人が少なくありません」と話します。

 しかし、子どもに悩みを打ち明けられなくても、周りには心を開ける人がいるはずだと考えています。そこで、後継ぎが会話をしよう、心を開かせようと自分ですべて解決しなければと考えるよりも、まず腹を割って話せる第三者を通して「後継者について、今後の経営についてなどを聞き出すことから始めましょう」と提案しています。