中尾さんが、表参道に念願のビストロを出店したのは2017年のこと。港区という賃料の高いエリアで、半地下の店舗を選びました。コストパフォーマンスの高い料理を提供する工夫が功を奏し、なかなか予約が取れない人気店として順調に収益を上げていました。

 今年2月には、麻布十番に二店舗目「Bistro Plein Azabu」を出店。しかし、時をほぼ同じくして、中国で発症した新型コロナウイルスの猛威が日本でも報じられるようになります。

「大変な貧乏くじ」から新ビジネスへ

 「大変な貧乏くじを引いてしまったかもしれない――。当時からそう思っていました」。中尾さんはそう語ります。
 中華人民共和国・湖北省武漢市において、2019年12月に発生したとされる新型コロナウイルス。多くの中国人が海外旅行で移動する2020年1月下旬から2月上旬にかけての春節期間、日本政府は特に入国に関する制限を設けませんでした。
 中国のニュースを見た中尾さんは「沖縄で発生したくらいの(距離感の近い)出来事に感じました」と話します。「この時代ですから、ウイルスはすぐに日本にもやってくる。飲食店には人が来なくなる――。そんな図がすぐに頭に浮かびました」
 「臆病さこそが強み」と語る中尾さんは、すぐに2つの新ビジネスを考え、準備に取り掛かります。オンラインショップの開店、そして、新業態のカフェのオープンです。

オンラインショップでプロの味

 日本政府は4月7日に緊急事態宣言を発令。4月6日から6月4日までは「Bistro plein OMOTESANDO」と 「Bistro plein AZABU」の両店舗を休業することにしました。
 中尾さんが取り組んだのは、まずオンラインショップの製品開発でした。「Bistro Pleinの売りはお肉料理です。それまでお付き合いのある精肉店さんに連絡をとり、『これまでの仕入れ量を維持するから』と約束し、家庭でも楽しめる肉の加工食品(シャルキュトリー)を共同開発しました」
 4月24日には、自社サイト上でオンラインショップをオープン。「Bistro plein の詰め合わせ (8種類)」(6800円)は、冷凍のまま家庭に届き、解凍してプロの味を楽しめるものでした。

Bistro plein の詰め合わせ (8種類)

 冷凍で配送し、解凍しておいしく食べられる製品の開発には、レストランの料理とは異なる知見が必要です。これはもともと星野リゾートや、「Soup Stock Tokyo」などを展開するスマイルズで新商品の開発経験があった中尾さんだからこそできた技とも言えます。

 それでも中尾さんは、70種類は試作し、関係者で試食を重ねました。その甲斐あって、家庭の冷蔵庫でも、半年から1年は味が落ちることなく保存可能な製品に仕上がったと言います。4月19日からは、休業にあたり廃棄の危機にあった提携農園の野菜を全て買い取り、有機野菜をたっぷりと使った「農園野菜の幸せのキッシュ」(2000円)の発売を開始。発売から4ヶ月で5000個を売り上げました。

農園野菜の幸せのキッシュ

 店舗の休業中にもオンラインショップと併せて300万~400万円の売上を確保し、助成金なども活用しながら社員の給与は100%保証する事が出来ました。

 医療機関への支援活動も実施しました。「美味しいをシェアするプロジェクト」と題して、新型コロナウイルスの最前線で働く医療機関のスタッフへ、キッシュを無料で届ける試みです。プロジェクトに共感した消費者が購入すると、1個のキッシュが自宅に、もう1個のキッシュが新型コロナウイルスの重症者受け入れに踏み切った聖マリアンナ医科大学病院へ届きます。
 その結果、2020年5月~9月前半までの4ヶ月で1576人分のキッシュを医療機関へ届けることができました。
 病院から感謝状も届いたといい、その経緯は中尾さんがnoteにまとめています。

テイクアウトを避けたビストロ

 コロナ禍で多くの飲食店が真っ先に始めたのがテイクアウトサービスでした。しかし、中尾さんは最初から、ビストロ2店舗でテイクアウトに参入するつもりはありませんでした。

 「理由は2つ、安全性とクオリティの担保が難しいと感じたからです」

 「『Bistro plein』のお料理は、お皿の上でお客様に出して美味しい料理として作っています。猛暑ですし、レアのお肉などをデリバリーするのは安全面のリスクも高い。衛生管理が一番大切だと、『星野リゾート』と『スマイルズ』で叩き込まれましたから」

カフェではテイクアウトも

 テイクアウトにはテイクアウトに適したメニューがある――。銀行からの借り入れもあり、コロナ禍をしのぎきれそうな7月17日には、中尾さんはさらに新業態のカフェ「michiru」(代々木上原)のオープンに乗り出します。

ウィズコロナ業態と題したショップとテイクアウトを中心とした新業態「michiru」

 こちらのカフェはランチやテイクアウトが中心の新業態です。営業時間は朝10時から夜20時まで。看板メニューはたっぷりの野菜を使った「農家のスパイスカレー」(1000円)。ショップも併設し、シャルキュトリーや特製ソース、キッシュなども購入できる形態です。

カフェ「michiru」の看板メニュー「農家のスパイスカレー」(1000円)

 「コロナという外的要因でお客さんが来ない。これは僕にとってももちろん初めての難題で、昼間メインの業態がないと戦えません。逆に1店舗カフェが増えたことで、立地や業態も異なり、曜日や時間帯によって混雑する時間帯が異なるので、社員を店舗毎に固定せず稼働に合わせて3店舗をぐるぐると8人の社員で運営する仕組みにしています」
 たとえば、水曜、木曜日はコロナの影響を最も受け、全店舗で売り上げが良くないことが多いため、労働時間を調整し、逆に晴れた祝日は売上の最大化を図るべくmichiruに多めに従業員を回すなどキャッシュを生んでいない時間を極力なくすようにしています。

 現在、夜中心で営業している「Bistro Plein」2店舗は6-7割の売り上げですが、昨年同期と比べ、オンラインショップとmichiruにより、会社の総売上高は過去最高になったといいます。

 売上が増えても、コロナ禍での出店により家賃や社員が増え固定費は上がりました。そのため、利益率は下がっているのが正直なところ。ただし、新しい施策への投資をしながら、月30万円程度の赤字で経営を続けていく事が出来ているといいます。

取引先と従業員への支払いを優先

 選択肢を変えれば赤字決算にしないこともできた、と話す中尾さん。赤字になった理由は、取引業者にこれまでの発注量100%を約束、従業員に100%の給与支払いを約束したことにあります。

 4月10日、自身のFacebookに中尾さんは「社員全員の通常時の100%の給与3ヶ月分を振り込みました」と投稿。これは「ただでさえ不安な毎日の中で、せめて働く従業員の金銭的な不安だけは取り除きたかった。取引業者の食材も、取引量をなるべく維持できる施策を考えた」と話します。

提携農家の野菜が廃棄されないようキッシュのメニューをつくった総料理長の金子裕樹さん

 「中小企業のあり方を、日々考えています。僕の会社は正社員しかいませんし、いい仲間と取引先に恵まれて、いわば『人』でお客様がついているようなもの。従業員を切りまくったり、取引先を切りまくったりして会社だけが黒字で残っても、何も残っていないのと同じだと考えました」

ウィズコロナ時代に特化した飲食店を模索

 店舗でのオフラインの体験と、通販などのオンラインの体験を滑らかに繋げる事が鍵だと思っている――。そう語る中尾さんはウィズコロナの世界について、このように語ります。

 「1年後、ワクチンがいきわたるまで、ですが、セグメントが明確な世界がやってくるのではないでしょうか。時間か曜日なのか分かりませんが、経営側も意思決定しやすいルールができていると思いますね。例えばこのエリアは、月曜に営業して火曜は休み、土日はOKとか。東京のこの区域は移動OKとか。震災の時の輪番停電みたいなイメージです。そういった時のためにも、人材は柔軟に時間、場所を移動して稼働できるのがベストですね」

 「ウィズコロナの飲食店に特化した方程式を編み出したいんですよ。誰も正解を知らない世界で、大きな会社が伝統と格式で動けないときにチャレンジできれば、飲食後発ベンチャーの価値がある。ひょっとすると、コロナの前に飲食店を出すより価値があるかもしれないなと思うんです」