売上高より「社員の笑顔と誇り」中里スプリング製作所は生産性を追求しない
富岡製糸場からほど近いところ、群馬県甘楽町に、「中里スプリング製作所」というバネをつくる町工場があります。創業は1950年。なので、2020年という年は、ちょうど70周年にあたります。いまの社長は2代目、中里良一さん、68歳。中里さんが父から会社を継いだときのこと、そして、中里さんが次世代へ託そうとしているのは何なのか。それらの物語をお送りします。(以下、敬称略)
富岡製糸場からほど近いところ、群馬県甘楽町に、「中里スプリング製作所」というバネをつくる町工場があります。創業は1950年。なので、2020年という年は、ちょうど70周年にあたります。いまの社長は2代目、中里良一さん、68歳。中里さんが父から会社を継いだときのこと、そして、中里さんが次世代へ託そうとしているのは何なのか。それらの物語をお送りします。(以下、敬称略)
中里は、家業を継ごうとは思っていなかった。東京のとある私立大学に通っていたとき、証券マンとして風を切っている姿を思い描いていた。
兜町がオレを呼んでるぜ!
だが、証券会社は、入社試験さえ受けさせてくれなかった。あなたの大学は枠外です、と。名もない商社に入った。営業担当として、いろいろな会社に飛び込むのだが、アポがないのでダメ。「こんな会社、知らない」と名刺を破られ、水をかけられ。
学歴社会、名刺にある社名がものをいう。そんな世の中の現実が身にしみた。
父親から会社が危ないと聞き、24歳で家業に入る。こんな言葉がある。
「ダメでも専務、だれでも常務」
つまり、同族企業の場合、一族出身の人間は、どんなヤツでも肩書をもらえるということである。
中里は、そんなエラい肩書はもらわなかった。けれど、工場の人たちの視線は厳しい。認めさせるには、自分が努力をして、工場の人たちを認めさせなくてはならない。
中里は下戸。つまり、酒が飲めない。でも、毎晩、親に、「飲みに行ってくる」と家を出た。行き先は、工場。真夜中、ひとりでバネづくりを練習した。
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そして、ある日。工場の人たちの前で、バネをつくって見せた。みんな、中里の存在を認めた。31歳で会社を継ぎ、中里は宣言した。
日本一楽しい会社にする
その柱は、すべての経営判断を、好きか嫌いで決めることである。
嫌いな取引先とは、こっちから縁を切っている。
「大きな取引をしているんだから、コストダウンしろ」
「うちがあるから、おまえんとこは助かってんだろ?」
そんなこと言ってくる取引先と仕事をするのは、イヤだ。そう思った社員は、理由を添えて中里に申請する。裏付けをとって妥当であるなら、取引をやめる。たとえ、それが、どんなに大きな取引だろうと、取引先が上場会社だろうと。
事実、50社ほどと縁を切ってきた。守るべきは、会社の売り上げなのか。いや、違う。守るべきは、社員の笑顔を誇りである。
でも、取引先を切るということは、みずから売り上げを減らすことである。簡単なことではない、いや、みずから道なき道、「獣道(けものみち)」を進むことなのだ。
中里の思いに共感した人たちが、全国にいる。話を聞きたいと、中里に講演に来てもらう。その講演先で、中里は、飛び込み営業をする。こうして、取引先を増やしてきた。
飛び込み先に何を言われようと、へっちゃら。慣れているから、中里は。
では、社員たちは何をしているのか。社員たちは、思う。
〈会社は、自分たちの言うことを聞いてくれる。社長が営業をがんばってくれている。わたしたちがすべきことは、バネづくりを磨くことだ〉
どんなに短納期の仕事でも、引き受ける。たとえ一品注文であっても、引き受ける。難しいバネづくりでも、既存の機械設備を改良して行う……。
大企業や中堅企業にとっては採算がとれないからしない仕事、そもそも技術がないからできない仕事。それをすれば、中小企業は生きていける。
群馬の片田舎にあるバネ工場である。でも、中里は社員たちと語り合った。
「47都道府県に取引先をつくるぞ」
すでに、達成。いまの目標は、800あまりある全市区の制覇。461市区まで達成した。
菅首相は、こう唱えている。
「我が国企業の最大の課題は生産性向上だ」
政権の周辺や、ブレーンたちからは、こんな主張が聞こえてくる。
「中小企業は大きくなって中堅企業にならなければならない」「再編、統合を進めなくてはならない」「中小企業が、多すぎる」……。
中里は言う。
「会社とは生産性を高めて事業拡大していくもの。そう考えている人が多いと思います。それは、間違いです。かつて、日本は大艦巨砲主義で戦争をし、負けました。大きいことはいいことでしたか?」
中小零細の町工場で生産性に走ると何が起こってしまうのか?
中里の考えでは、会社の歯車が狂ってくる。まず、生産性とは統計学や会計学の世界の話、である。アタマのいい人たちからの上からの発想である。
「ものづくりの現場は、強いて言えば心理学の世界です」
これまで書いてきたように、中里スプリングの社員たちは、会社の心意気に共鳴している。だから、取引先を増やしてこれたのだ。社員の気持ちの勝利である。
生産性の低さを指摘する「アタマのいい人たち」は、ものづくりの現場を、次のように思っていないだろうか。
最新の機械があって、ボタンを押せば、データ通りの部品が大量生産できる。だれがやっても同じさ。
「ものづくりの現場を知らないんですね。原材料などを何度も何度もさわり、微妙な違和感が感じ取れる。そんな指の腹をもたない社員に任せられないのです。不安ですから」
機械では表現できないことがある。それが、ものづくりの現場なのだ。
だが、世の中には、中小の町工場が最新の設備を入れたということを、スゴイ、とする風潮が強い。とくに中小を下請けにつかう大企業は、そうもてはやす。
けれど、それは、コストダウンの余地ができたから素晴らしい、と言っているだけだ。
中小の町工場が、機械設備による生産性の向上をし始めたら、たいへんなことになる。最新の機械を買って生産し、古くなったら機械を最新のものに買い替え、古くなる、また買い替える……。
「借金地獄に陥るのが関の山です」と中里。
事実、大企業は、約束をやぶることがある。大きな仕事を任せるから機械を入れてくれ、と言っていたくせに、町工場が機械を買うと、「そんな約束したっけ?」。多くの町工場が、泣いてきた。
中小の町工場が業績拡大、統合再編などで大きくなったら、どんなことが起こるか。
中里は、こう考える。
「下手に大きくなると、生き残るための生産性アップがカギになってしまいます」
これは、「アタマのいい人」たちの思い通りになってしまうことだ。それが、社員たちの幸せにつながるのならいいのだけれど……。
「職人として輝いていた人が、マネジメントという不慣れなことをさせられ、輝きを失います。やがて、人間がコストになります。いらなくなるのは、アナタ。そして、会社も大企業から切り捨てられるかもしれません。いくらでも取り換えはききますから」
地域の人たちを幸せにする、それが中小企業なのである。上から目線の「生産性」は、そぐわない。
中里の工場は、群馬にある。群馬といえば、国定忠治である。
『赤城の山も今宵を限り(中略)、可愛い子分の手めえ達とも、別れ別れになる首途(かどで)だ』
けれど、中里が好きなのは、清水の次郎長だ。
大政、小政、森の石松。
次郎長の愛する子分は28人だった。だから、中里は、社員は最大28人と決めている。現在21人。
「わたしが幸せにしたい21人です」
そんな中里スプリングに、中里の息子が入っている。信用金庫などで経験を積んできた男である。
中里は、息子に言っている。
「30年後に創業100年になる。それまでに、取引先の全市区制覇、これをぜひ実現してくれ。101年目からは、どうするか、そのとき、みんなで決めてくれ。もちろん、廃業してもかまわない」
次の時代に、何を託すか。中里スプリング製作所の場合は、夢であり、思いである。
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