大阪で起業し15年、香港人IT経営者が見つめるコロナ禍と日本の“自由”
コロナ禍に苦しむ中小企業経営者は少なくありません。そんな中、大阪で起業し飲食店向けに非接触のモバイルオーダーシステムを開発し、無料で広めようとしている香港人経営者がいます。2019年から始まった民主化デモや、それに続く国家安全法の施行で揺れる香港。そんな香港を見つめながら、日本の起業環境や、日本で感じる“自由の意義”について聞きました。
コロナ禍に苦しむ中小企業経営者は少なくありません。そんな中、大阪で起業し飲食店向けに非接触のモバイルオーダーシステムを開発し、無料で広めようとしている香港人経営者がいます。2019年から始まった民主化デモや、それに続く国家安全法の施行で揺れる香港。そんな香港を見つめながら、日本の起業環境や、日本で感じる“自由の意義”について聞きました。
大阪でIT企業を立ち上げたレオン・メイ・ダニエルさん(44)は1976年に香港で生まれました。香港の中国返還を機に、一族でカナダのトロントへ移住。カナダのラサールカレッジでファインアートを学びますが「アートでは食べていけないかもしれない」と実感。日本の友人たちとチャットを始めたことをきっかけにインターネットに熱中し、Web系の専門学校に入学します。
「もともと僕はものづくりが好き。だからトヨタやソニーを生み出した日本で働いてみたいと思いました」
2000年に来日。高松のデザイン事務所に就職したのち、Web開発企業やベンチャー企業勤務を経て2006年に起業します。
現在は日本企業を中心とするデジタルマーケティングやSNS運営を業務とする「マインドフリー」(大阪・台北)、訪日外国人向けプロモーションや越境ECサービスを行う「ペイサー」(東京)とあわせて2社を経営しています。
グループの全社員数はおよそ100人。クライアントには関西電力、中部電力、大阪ガスといったインフラ会社やネスレ日本、TOYO TIRESなどが並びます。そんなマインドフリー社は、2020年10月にスマホを活用した非接触型のセルフモバイルオーダーシステム「mabo」をリリースしました。
10月18日には大分県・別府商工会議所・青年部が別府公園で開いたイベント「別府エールパーク」で実証実験を実施しました。地元の高校やダンスクラブがブラスバンドや演技を披露したり、子ども向けのアウトドアイベントが開かれたりしたほか、飲食店3店がキッチンカー形式で出店し、3000~4000人が参加しました。
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「mabo」はそのキッチンカーで商品を決済する際に試験導入されました。
「コロナ禍で多くの子供たちの発表の場が奪われ、町にも沈んだ空気が漂っていました。その空気を打開しつつ、なおかつ安全にイベントを実施したいと思い、maboの試験導入をお願いしました」(別府商工会議所青年部・直前会長の浅山和也さん)
maboは来場者がキッチンカーごとのQRコードを読み取ることで、好きな料理をモバイル上でオーダー可能。店舗側に設置されたiPadに注文が表示されると、店舗側は調理を開始します。キャッシュレス決済に対応しているため現金の受け渡しもいらず、注文のために行列に並ぶ必要もありません。
当日は、キッチンカー利用者のおよそ半数がmaboを利用。来場者が比較的少ない時間帯は順調に商品を受け取る来場者が多かったものの、会場が混雑してくると使い方が分からない来場者などの説明に手を取られて運営側がキャパシティオーバーになる場面もありました。
「今回は特別にイベントで実験をしましたが、飲食店舗で使用するケースを考えると座席があり、着席して注文をするため、キャパオーバーは考えにくく、実証実験としては一定の成果は見えたのではないかと考えます」(浅山さん)
今後、別府商工会議所青年部は、2022年から開始される宇宙港関連で、無料で利用できるmaboを活用できないか検討していきます。
しかし、マインドフリー社はなぜ無料のシステムをリリースしたのでしょうか。
「コロナ禍になってから、社内メンバーでまず、自分たちに何ができるかについて話し合いました。まず1つは寄付をするということ。2020年5月21日に、マインドフリー社として大阪府の新型コロナウイルス助け合い基金に100万円を寄付しました。しかしIT企業として、もっとできることがあると考えました」。代表取締役のダニエルさんはそう語ります。
コロナ禍で最も窮地に陥っているのが、中小規模のホテルや旅館、飲食店です。これを機に、中小企業に対するサポートに取り組んでみよう。ダニエルさんはそう思い立ったと言います。
2020年8月に社内で有志のメンバーを集め、5人体制でmaboの開発をスタート。2か月後の10月には別府で試験導入しました。ほかには、GoTo商店街やコロナ追跡システムなどの取り組みについて、広島県や兵庫県、神戸商工会議所との合同プロジェクトの話が進んでいます。
「いくつかの自治体や商工会議所と、弊社のシステムと行政のコロナ追跡システムとの連携や、ふるさと納税への導入についても協議しています。たとえば現在のコロナ接触確認アプリ『COCOA』はBluetoothの接触情報を活用しますが、接触者同士のBluetoothがONになっていなかったり、陽性になった人が報告しなかったりすると実効性がありません」
「弊社のシステムの場合はメールアドレスを取得できます。コロナ追跡システムと連携すると、テーブル上でmaboを起動し、QRコードを読んで注文する際に『この追跡システムに必ず登録して下さい』とアラートを表示できます。そのため、両方のシステムで相乗効果が得られます。もしその店舗でクラスターが発生した場合には、登録されたメールアドレスに通知をすることもできます」
maboそのものの開発費はおよそ1000万円前後。また、通常はランニングコストとして月々20万円から30万円程度が見込まれるシステムだといいます。
無料で提供する理由について、ダニエルさんはこのように答えました。
「まず、弊社としてはSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)の取り組みの一環として考えています。コロナ禍で地域経済が苦しんでいる中で、導入先が持続できる形で貢献したい。その気持ちのほかに、このシステムを広めることによって日本の行政と接点を持ち、DX化に関する弊社の事業を拡大する契機ととらえています。サーバーコストなどは工夫すれば安く抑えられますから、開発の人員コストなどは先行投資といった位置づけです」
地域経済への貢献を意識するダニエルさんですが、そもそも日本での起業はスムーズだったのでしょうか。
「外国人が日本で起業するのは、正直に言ってとても難しいと思います。銀行融資、事業用物件を借りる時――。『外国人だからだめです』と表立っては言われません。しかし、外国人だから故の、目に見えない制約が確実にあるのです」(ダニエルさん)
今でも覚えているのは、事業を拡大するためにとある事業用物件の不動産契約を結ぼうとした時のこと。事務所のビル管理会社から「御社の外国人従業員の割合を教えてください」と電話がかかってきました。「僕だけです」とダニエルさんが答えると、ビル管理会社の担当者は「えっ」と面食らった様子だったといいます。
「外国人比率が高いと、トラブルが増えるかもしれないと思ったのではないでしょうか。かなり大きめのビル管理会社でしたが、それでも聞いてきた、ということに驚きました」
確かに米国などでは、訴訟に発展してもおかしくない質問かもしれません。
「起業して15年間、実績を積み重ねてきました。そのため、銀行融資などは現在では特に問題はありません。解決方法はあるか?ないと思います。解決することはできないでしょう。だめなら見つかるまで探す、それだけ。僕は切り替えが速いですからね」
政情不安で揺れる香港から、永住の地を求めて日本に移住してくる友人も多いと言います。しかし、日本は移民の受け入れに関して消極的な姿勢を取っています。
ダニエルさんのほとんどの知人・友人は起業を選択しますが、外国人故の目に見えない制約に加え、ビザの取得や法人設立、オフィス物件探しや住まい探し、子供の学校選びなど苦労は尽きません。さらに最近では、移住してくる香港人を狙った悪徳業者も耳にします。
「例えば、ビザの取得手続きは10万円だったはずなのに『もう今からだと間に合いません。30万円で特別にやりますがどうしますか。払えないなら他に行ってください』とかね。香港人は『日本人は優しいんじゃなかったの?』ととてもショックを受けるんです」
「起業して飲食店を経営しようとする香港人が多いのですが、日本人が経営する飲食店だってコロナ禍の営業規制で青息吐息。加えて、香港などの諸外国と比べて、日本の飲食店のレベルは極めて高い。決して楽な選択肢ではありません」
「スタートラインは、みんな苦労しますね。実績を作っていくと制約はどんどん少なくなっていきます。しかし、もし香港人を積極的に受け入れてもらえるならば、スタートラインの低さを底上げする支援は必要だと考えています」
一方で、日本で企業経営をする利点ももちろんあります。
「日本では、融資の利率が非常に低く、1%とか1.5%はざらです。香港で借り入れをすれば3~4%かかるのが普通です」
「支払い遅延も、15年経営していて1件もありません。香港では、請求書の入金締め切り日を過ぎても入金されていないのはザラです(笑)。信用、信頼が大切にされる社会だと感じます」
民主化デモ、国家安全法の施行そして新型コロナウイルスのパンデミックに揺れる香港。香港出身のダニエルさんに、日本で感じる自由の意義についても聞いてみました。
「日本人に、不自由に思ったことはないか聞くと、みんな“ない”と言います。たとえばコロナ関連の給付金手続きのIT化などについても、“遅れている”と声を大にしていう人は多くありません。でもそれは、良いか悪いかは別にして、単に気づいていないだけだと思います」
“常識”という概念が存在する日本に比べて、ダニエルさんが生まれ育った香港やカナダは移民国家。それぞれの風習や考え方を尊重し、理解しようとする姿勢が“文化”として根付いています。
「社会が寛容で“こうじゃなければいけません”というのがないんですよ。例えばカナダでは、僕が地下鉄の床に寝っ転がっていても誰も気にしないでしょう。でも日本でやったとすると、警察が来るでしょうね(笑)」
日本とは異なり、香港には国民皆保険制度や年金制度がありません。
「“何もしない代わりに、何も求めない”。それが香港の“自由”でした。でも、香港は変わっていく。今や、欧米やカナダに行かなければ、本当の自由は追求できないかもしれません」
日本の生活を愛している、というダニエルさんですが、私生活で困っているのは子供の教育だとも話します。
「日本の教育システムは、自主性や発想力、自己判断力に重きをおいているわけではありません。そうすると、子供達は『言われたことはそのままできる、でも言われてないものはわからん』となってしまいがちです。予想外のものに対応できないところはもう少し改善してもいいのではないかと感じます」
日本はまだ、移民政策の転換期に差し掛かったかどうかというところです。
「そんな日本で、誰もが自由に生きていくということ自体、もっともっと時間がかかることなのかもしれません。僕もいち経営者として、その実現に力を入れていきたいと思っています。外国人として何ができるのか、いつも葛藤しています。しかし日本で事業をやっている以上、何かこの国に貢献したいのです」
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