「日本一の郷土愛」を経営戦略に 電子化の波に立ち向かう書店4代目
電子化の波が書店を襲う中、122年の歴史を持つ三重県伊賀市の「岡森書店」は、大手フランチャイズ(FC)に加盟しながらも、地元の作家やアーティストの作品を前面に出し、生き残ろうとしています。4代目店主の岡森史枝さん(49)は、「日本一の郷土愛」を経営戦略につなげました。
電子化の波が書店を襲う中、122年の歴史を持つ三重県伊賀市の「岡森書店」は、大手フランチャイズ(FC)に加盟しながらも、地元の作家やアーティストの作品を前面に出し、生き残ろうとしています。4代目店主の岡森史枝さん(49)は、「日本一の郷土愛」を経営戦略につなげました。
岡森書店は、岡森さんの曽祖父・鹿次郎さんが1899(明治32)年に新聞販売所として創業した後、1940年から本格的に書店へと変わりました。外商と配達を中心に成長し、87年に3代目がグリーンモールオカモリとして会社化。現在は書店2店舗に加え、レンタル業や飲食業も展開しています。
岡森家は2代目、3代目は養子をとって家業を続けてきました。4代目の史枝さんは、3代目夫婦の長女になります。
「小さい頃は、本屋の店番をする祖母の傍らで過ごしていました。小学生の頃はマンガが読み放題。本屋の娘でうれしかったです。物心ついたときから長女の私が後継ぎという自覚はありました」
それでも、最初は継ぐのが嫌だったと言います。高校卒業後の進路を決めるとき、「家を出る」と言ったら祖母が大泣きしたそうです。「愛情をもって面倒をみてくれた祖母の涙を見たとき、この人を泣かしたらあかんと思いました」
岡森さんは短大で経済学を学び、東京の書店で1年間研修に入りました。業務全般を学ぶ傍ら、「書店学校」という書店の後継者育成研修にも参加しました。「このときに学んだ商品管理の徹底は、今でも実践しています」
本に挟まれている紙のスリップを見せてもらうと、入荷日と売り場を示す手書きメモがありました。「メモを見れば、同じ本でも売り場による動き方の違いが一目で分かります。アナログで手間もかかりますが、こうしてリアルタイムで売り場の鮮度を保っています」
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22歳で家業に入り、30歳から岡森書店白鳳店の店長を任されました。約1300平方メートルの同店は観光名所の伊賀上野城の東側で、市街地から少し離れた郊外にあります。書籍売り場だけでなく、TSUTAYAのレンタルスペースや、妹夫婦が製造販売を担うパンやケーキが食べられるカフェも備えた、市随一の大型複合書店です。
岡森書店は30年以上前から複合書店を営み、TSUTAYAのビデオレンタル部門のFC店に加盟したのも、全国で50店舗目くらいで早かったといいます。「(3代目の)父は先見の明がありました」。当時、全国の書店経営者が岡森書店へ見学に来たそうです。
異業種へ手を伸ばしたのは、家業である書店を支えるためでした。雑誌と書籍で人を集め、パンやレンタルで利益をあげて、町の書店を守り続けています。
02年、岡森さんは4代目として、書店2店舗を統合した新店舗を任されました。03年には、TSUTAYAのFC契約をレンタルビデオ部門だけでなく、書店にも広げました。本やパンの購入にも、Tポイントカードを使えるようにするのが目的でした。
看板はあくまで「岡森書店」を前面に出し、その下に「TSUTAYA」を置きました。これは異例のことでしたが、レンタルビデオ部門で草創期のTSUTAYAを支えた功績が認められたからこそでした。「私たちは曽祖父の代から何代にもわたって、地域のお客様に支えられました。『TSUTAYA〇〇店』ではどこの書店か分かりにくく、岡森書店の看板を掲げない、という選択肢はありませんでした」
岡森さんは32歳で夫の克幸さんを婿養子に迎えて結婚、2人の子供にも恵まれます。克幸さんが社長として会社全体の経営を担い、書店は岡森さんが店長として、責任を負っています。
ネット社会で電子書籍も増える中、大手チェーン店さえも淘汰され、書店経営は厳しい時代です。TSUTAYA本部からは、全国の売り上げデータに基づいて、本がどんどん送られてきます。しかし、岡森さんは「それを置いているだけではダメ」と言います。「本の値段はどこも同じで、ネットでも買えます。どの書店でも一緒では、お客様は足を運んではくれません」
「日本一郷土を愛する本屋を目指して」。岡森さんはこんなスローガンを掲げました。それは、伊賀という地域性や、長年培ってきた信頼を武器にすることでした。
伊賀市は、忍者や松尾芭蕉などのネタが豊富で、研究者による自費出版も多い地域です。岡森さんが通った地元高校の同級生には、芥川賞作家の伊藤たかみさん、歌手の平井堅さん、テキスタイルデザイナーの伊藤尚美さんなど、アカデミックに活躍している人がたくさんいました。
「今でも同窓会で集まったり、交流もあったりします。全国で活躍するみんなの本やCD、DVDなども、知ってもらう場所が無ければ広まりません。私が伊賀で本屋を営んでいる意味や使命が、ここにあると思ったのです」
フランチャイズの本部のデータベースは、全国的な本の売れ筋や在庫情報を知るには便利です。しかし、郷土本のようなニッチな商品は、決して上位にはなりません。「流行の本、旬の本も大事ですが、店に足を運ぶお客様に目を向けると、地元の人の作品が、地元で手に入ることも大切です。お客様の反応に基づくスタッフの感覚を大切にした品ぞろえを心がけています」
独自に設置している「郷土本コーナー」には、伊賀に関する書籍や雑誌が約800点も並びます。図書館にあるような歴史書や古地図から、岡森さんの同級生の関連書籍をまとめたコーナー、地元住民の自費出版本など、あらゆる「郷土本」が、詳細な説明を添えた手書きPOPとともに、所狭しとディスプレーされています。「自費出版の本を置いてほしいと、直接店に来てくださる人もいます。もちろん大歓迎です」
本に関連する商品を置く「伊賀もんコーナー」を設け、レシピ本が発売された地元店のお菓子や、その包装紙のイラストを手掛ける地元作家のポストカードなどを並べています。
同社は約20人の従業員(パートを含む)が働いています。書店では20年以上勤めるベテランが多く、顔なじみの客と楽しそうに会話する光景が日常です。19年には、くつろぎの場やイベント会場として使えるようにカフェスペースを拡張しました。
コロナ禍にあって、20年の白鳳店の売り上げは前年比で10%アップしました。「巣ごもり需要」の恩恵を受けた形ではありますが、長年にわたり、地域との信頼関係を築いたことが土台になりました。「心細くて不安なときに、本はいやしになる気がします。リアル店舗ならではの魅力があるから足を運んでいただけたのかなと思っています」
本の検索システムなど便利なツールは取り入れつつ、それらに頼り過ぎることなく、「目の前のお客様のために、仕入れや接客を大事にすることこそが地方書店が生き残る道だと信じています」。
広いフロアで忙しそうに動き回り、楽しそうに本に触れる岡森さん。「どこに何の本があるのか、だいたい把握できている」と言い、顧客に尋ねられても、さっと案内する姿が印象的です。
本を読むことも買うことも、デジタル化が進む中、岡森さんは経営ビジョンを、しっかりと見据えています。
「もちろん書店の力だけでは限界があります。地域のおもしろい人と一緒に、モノやコトを発信していくのが大切です。誰もが気楽に立ち寄れる書店は、地域の文化や情報発信の中心でした。『町の本屋』というスタンスが明確なほど、地域の皆様が応援してくれることを実感しています」
「紙の本が放つ安心感は、日本人の感性からは消えないと思っています。お客様とよく会話をして、求められている本を手から手へ。私が子供のころから見てきた商いの姿勢を、これからも守っていきます」
岡森さんの子供たちは、書店を継ぐことに前向きといいます。「少しでもいい状態で渡せるようにまだまだ頑張りたい。70代の父もまだ現役で本店を守っているので、私も大好きな本を、郷土愛を持ってお客様へ届けたいです」
4代目は地域と向き合いながら、リアルな書店の価値を高め続けていきます。
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