後継ぎ不在の旅館が「祝いの宿」に 逆風下のM&Aで生まれたシナジー
結婚式場の運営などを手掛けていた小野写真館(茨城県ひたちなか市)は、コロナ禍で売り上げ8割減に追い込まれました。事業の見直しを迫られ、静岡県河津町にある高級旅館「桐のかほり 咲楽(さくら)」を取得し、新たな相乗効果を生み出すことに成功します。後編は小野写真館2代目の小野哲人さん(46)に加え、旅館のオーナーだった萩原良文さん(71)に話を聞きました。
結婚式場の運営などを手掛けていた小野写真館(茨城県ひたちなか市)は、コロナ禍で売り上げ8割減に追い込まれました。事業の見直しを迫られ、静岡県河津町にある高級旅館「桐のかほり 咲楽(さくら)」を取得し、新たな相乗効果を生み出すことに成功します。後編は小野写真館2代目の小野哲人さん(46)に加え、旅館のオーナーだった萩原良文さん(71)に話を聞きました。
――小野写真館はコロナ禍で事業の見直しを迫られ(前編参照)、2020年10月、M&Aで咲楽を取得しました。どのようにして見つけたのでしょうか。
小野哲人さん(以下敬称略):20年6月ごろにM&Aをしようと決めたものの、最初から旅館に対象をしぼるつもりはありませんでした。まずはM&Aの仲介サイトを見ながら、小野写真館と組み合わせて新しい事業に昇華できるところがないか、広く探していました。
すると「4部屋しかない静岡県の高級旅館」といった趣旨のキャッチコピーが目に止まったのです。コロナ禍で世の中が変わる中、自然豊かな伊豆半島の小規模旅館は非常にプラスになると、見た瞬間に思いました。
4部屋だけなら、旅館を親族だけで貸し切って小規模な結婚式ができます。還暦祝いや七五三など、3世代で宿泊する需要も作り出せます。ウィズコロナの時代にあわせた、祝いのアップデートができるとひらめきました。
仲介サイトには毎日何百という情報が流れてきますが、この旅館は運命的な感じがして、直接見たいとすぐコンタクトをとり、7月初めに足を運びました。
――実際に訪れてみての印象はいかがでしたか。
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小野:旅館は海沿いの国道からすこし上がった高台に位置していますが、敷地に入ってまず気持ちが高ぶりました。ちょうど庭みたいなスペースがあり、まさに10~20人くらいのガーデン挙式にぴったりでした。
そのあとオーナーの萩原さん夫妻とも話をして、とてもすてきなお二人だったので、絶対この旅館を事業にしたいという最終結論が、このときには出ていました。コロナを受けて、政府系金融機関から多めの資金調達をしていたので、すぐM&Aに踏み切れるだけのキャッシュもありました。
――旅館のオーナーだった萩原さんは、どのような経緯で咲楽を始めたんでしょうか。
萩原良文さん(同):元々は会社員でしたが、安定した事業を次の世代に残せればと思い、55歳で退職して06年に地元で咲楽を始めました。
建物は企業の保養所として使われていたものを取得。当時はすでに団体旅行が減っていたので、個人旅行向けに改装しました。客室数を10から4に減らし、部屋には海が見える露天風呂をつけました。
たった4室でも、質が高くゆったりしてもらえる旅館を目指しました。多くの人に気に入ってもらえ、お客さんの3割くらいはリピーターでした。
――なぜ事業譲渡を考えるようになったのでしょうか。
萩原:当初は開業から10年が過ぎたら、宿の運営を息子たちに引き継ぎたいと思っていました。でも、家族経営の旅館というのは、世間が休みの時に仕事をしなければならず、朝から晩まで非常に忙しい。息子たちからは「自分の子供との時間を大切にしたい」と言われ、引き継ぎは断念しました。苦渋の選択でしたが、息子たちの人生を尊重したかった。
その後は悩みながら営業を続け、一時は廃業も考えました。でも支えてくれているリピーターのことも考え、私たちの意思を継いでくれる人に事業を譲りたいと思い、銀行や不動産屋に相談していくなかで、M&Aの仲介会社に出会い、サイトで情報を発信するようになりました。
――小野写真館の他には、どんな引き手があったのでしょうか。
萩原:当時は他に3件のオファーがありました。全国で旅館業を手がけている専門の会社、旅館をテレワークの拠点にしたいという物流会社、脱サラした若い夫婦からでした。
小野社長が来たときは、「どうして写真館が宿を使いたいんだろう」と不思議でした。すると、写真と宿泊を掛け合わせた「祝いの宿」として活用したいと提案されました。
咲楽では以前から、家族の還暦祝いなどで使ってもらえる機会がしばしばあり、小野社長なら、咲楽をうまく活用して発展させてくれると思いました。コロナ禍のなか、スピード感をもって前向きに挑戦する熱意に打たれ、咲楽を託すと決めました。旅館の従業員6人は引き続き雇用してもらい、私は運営から退きました。
――譲渡をした後の感想はいかがですか。
萩原:21年2月に、咲楽の庭で最初の貸し切り結婚式が開かれました。新郎新婦とその親族の計10人が2泊3日で滞在し、親族だけの会食や写真撮影を楽しまれました。一生に一度の場面にこの地が選ばれ、みなさんが喜んでいる様子を見て、本当に感激しました。
最初に譲渡を考えたときは、4室だけという小さな規模は不利な条件ではないか、と心配でした。でも小野社長には「その規模感がちょうどいい」と言ってもらい、観光だけでないプラスアルファの価値が加わりました。
マイナスだと思っていたことが実は逆で、こうして活用してもらえているので、譲渡をして本当によかったと思います。
――小野社長は、咲楽の取得によって経営上どんな手応えがあったと考えていますか。
小野:20年10月に旅館の営業を始め、滑り出しは好調でしたが、21年の年明けからは、また緊急事態宣言になって多くのキャンセルが出ました。旅館業だけで見ると、まだ赤字の月があるのが現実です。
ですが、咲楽を拠点に始めた「アンシャンテ伊豆」というフォトウェディング事業の売り上げを合わせると、黒字化が見込めています。
伊豆半島のこのエリアは河津桜や海などの自然に恵まれ、フォトウェディングには絶好のロケーション。競合他社もいません。フォトウェディングを担当していた従業員3人を現地に派遣し、咲楽の中でメイクや衣装の着替えができる環境を整えました。旅館を一日貸し切り、伊豆半島の自然をめぐって撮影する日帰りのプランを打ち出したところ、横浜など他の店舗でも紹介したおかげもあり、売り上げが思った以上に伸びています。
コロナ禍の最低の時期でも収益を生む形が作れたので、旅館の宿泊がもう少し戻ってくれば、非常にいい形で収益を上げていけると思います。
――21年6月にはさらなるM&Aを実施しました。
小野:ウェブメディア運営などを手がけるポーラスタァ(東京都港区)から、「BABY365」と「UCHINOKO Diary」という二つのアプリ事業を取得し、運営できるようにしました。赤ちゃんやペットの写真をユーザーが日々記録しておくと、1年分の写真が高品質なフォトブックに製本できるというサービスのアプリです。
これは、小野写真館が店舗でやっていた事業モデルが、非接触のオンラインに変わったものと言えます。それまで小野写真館のグループの売り上げはすべて店舗からで、接触型のビジネスモデルが100%でした。
それゆえに、コロナ禍では売り上げ8割減という事態を招いてしまいました。今後に備え、非接触でも自動的に上がってくる売り上げを増やし、会社がどうなっても雇用を守っていけるようにしたい、というのがM&Aの狙いです。
――いずれものM&Aも、非常にスピード感がある印象です。
小野:トップが判断して1秒後には行動に移せるのが、我々のような中小企業の良さです。リスクはありますが、今はコロナで世の中のルールが大きく変わって再起動するような状況です。
何かを変えきって本当に会社を成長させるには、これ以上ないチャンスだと思います。ご縁があって「これだ」という情報がまたあれば、すぐ次のM&Aに動きたいですね。
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