「カリスマだった」父と違う色を 工事会社3代目が追求した働きやすさ
福井市の電気工事業「ススキ電機」の3代目社長、鈴木未奈美さん(34)は2015年に、急逝した父の後を継ぎました。「カリスマ性があった」という父が大切にした経営理念を守りつつ、社員全体の働きやすさも追求。有給休暇を取得しやすくして、授乳室の充実や制服のリニューアルを行うなどして、「女性活躍推進企業」の認定も受けました。
福井市の電気工事業「ススキ電機」の3代目社長、鈴木未奈美さん(34)は2015年に、急逝した父の後を継ぎました。「カリスマ性があった」という父が大切にした経営理念を守りつつ、社員全体の働きやすさも追求。有給休暇を取得しやすくして、授乳室の充実や制服のリニューアルを行うなどして、「女性活躍推進企業」の認定も受けました。
ススキ電機は、鈴木さんの祖父が1959年に創業。2代目の父が規模を拡大して、1986年に法人化しました。工場内の設備の電気工事や保守点検、高速道路やトンネルの照明設備、公立病院や学校などの電気工事といった、幅広い業務を手がけています。従業員数は25人で、うち4人が女性です。
鈴木さんは短大卒業後に、ススキ電機に入社し、8年間、事務の仕事をしていました。「母が経理だったので、私も銀行とのやりとりや経営の数字を見てきましたが、当時、私が継ぐとは、つゆほども思っていなかったです。父も私に継がせるとは思っていなかったでしょう」
先代の父はずっと元気で、朝早くから夜遅くまで仕事をするような、走り続けていた生活だったと振り返ります。
しかし、鈴木さんは「ある日突然、父が大病を患っていると判明し、私たち家族に伝えられました」と言います。病院に行くと死に至る病と告げられ、「父は余命を宣告されてから、会社の将来についてずっと考えていたと思います」。
父が妹と二人きりの時、「娘に同じような苦労は味わせたくない」と胸の内を話してきたとのこと。そこには厳格だった父の親心がありました。長女の鈴木さんに事業承継を頼むことは、ずっと言えなかったといいます。
しかし、父から「会社も、社員も、社員の家族のことも、全てに責任がある。子どもの頃から俺の姿を見てきて、考え方もわかっていて、信頼がある未奈美に、社長をお願いできないか」と言われ、鈴木さんは継ぐことを決意しました。
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「父には『若いもんにやらせる』『長い将来を見据えた事業継承』という想いが強くあったみたいです。『これからは女性の時代だ』とも自分に言い聞かせるように言っていました」
長く会社に勤める経営陣も5人いましたが、当時28歳だった鈴木さんに白羽の矢が立ちました。
継ぐと決めてから2カ月間、鈴木さんは父の病状が落ち着いた時に、社長としての業務を、ひたすら聞きました。「もう、父の横でつきっきり。スマホでメモしつつ、父に聞くという毎日でした」
朝は新聞を持って行き、深夜も父の病状が落ち着くのを待ちながら、何度も話を聞いたといいます。ベテラン社員を病室に呼んで、ともに会社の今後を話しあうこともありました。
「備品や機材の購入のタイミング、仕事を決断する時期、決算までにやるべきこと・・・。社長ってそんなことを考えて仕事していたのかと感じました。今までは、『(機材などを)いきなり買いだして』と思っていたのですが、このときに買っておかないと納期が遅れるとか、工期に間に合わなくなるという意味がありました。1年の中で仕事の時期がきちんと決まっている。こんなに大変なことを1人でやっていたのかと」
これまで知らなかった父の業務に触れ、驚きの連続でした。
「先代はカリスマ性がありました。仕事でも家でも厳しい人でしたが、話が面白く、人を引き付ける魅力がありました」と振り返る鈴木さんには、「引き継いだ後にお客さんが離れちゃうのでは」という心配もありました。
父は2015年に亡くなり、鈴木さんは社長に就任しました。その前後に自身の結婚と出産もあり、「当時のことをあまり覚えていない」と言うくらい、ライフステージがめまぐるしく変わった時期でした。
就任して、男性である父との違いを感じることもありました。
「男性の多くは、仕事を終えた後、取引先や業界内の人と飲みに行くコミュニティーがありますが、女性の私にはそれができませんでした。今も、子育て中なので経営者同士の夜の会合にはなかなか行けませんが、当時は私が女性ということもあり、コミュニティーに入っていないことで、何か失うものがあるのでは、という不安がありました」
鈴木さんは現場を経験していないこともあり、「現場のことはわからんやろ?」と言われることもあったといいます。
「私はいい意味で、現場経験がないことも会社にとって重要だと受け止めています。逆に先代が社員さんを育てて、会社としての力がついたからこそ、私にも継がせることができたと思います。だからこそ、社員が力を発揮できるような態勢を整えることが私の仕事になります」
ススキ電機の社員が培ってきた技術力が物を言い、先代からの取引先との仕事は続いています。最近も新しく工事を請け負った会社から「やっぱりススキさんとの仕事を継続させてほしい」と言っていただいた、といいます。
ススキ電機には、先代から大事にしてきた「ススキマインド」があります。病床で父から伝えられたのは、次のようなものでした。
「創業当時からきれいにして当たり前、早く仕事をして当たり前という仕事を実直にやってきたことで、お得意様をはじめ、昔仕事をいただいたお客様から10年ぶりに仕事をお願いしていただくこともあります。その積み重ねが、『ススキに任せれば大丈夫』という信頼につながり、当たり前のこととして若い世代に引き継がれています」
ススキ電機の理念は「全社員の協力で組織の状況に合った豊かな社員生活を実現する」です。鈴木さんが、理念をより追求するために取り組んだのが、働きやすい環境の整備でした。
「先代のようなカリスマ性のない私がどうやってリーダーシップを発揮するか考えた時に、社員の働きやすさに行き着きました。仕事はもちろん厳しい環境ですが、ススキ電機に勤めていることで、本人もその家族も豊かな生活を実現してほしいと思っています」
鈴木さんは、業界特有の働き方を変えようと考えました。
「電気工事は、どうしても(建設作業の)最後の工程になるので、前の作業が押すと、電気工事が後ろに延びることがよくあり、ぎりぎりの工期に合わせて、土日も無理して働くということもありました」
同社は土日に工事があるときは手当を付け、有給休暇を取りやすい環境も作るようにしています。従業員の年次有給休暇取得日数も平均15.0日となり、全国平均(厚生労働省統計)の10.1日を上回っています。
「今は、男性も保育園の参観に訪れる時代です。私が子どものころ、父は仕事でほとんど来ることはなかったのですが、今の時代に合わせた働き方をつくっていきたい」と力を込めます。
4歳と2歳の子どもを育てる鈴木さんは、現場の男性の働き方を変えるだけでなく、女性社員の働きやすさ、育児のしやすさにも取り組んでいます。例えば、授乳室は以前から社内にありましたが、新たに看板を付けるなどリニューアルしました。
育児休暇や有給休暇を取得しやすくするだけでなく、細やかな改善も進めています。会社の制服は、女性社員のスカートにパンツスタイルも導入しました。女性社員と話をしていたとき、「膝頭が出るのでスカートは抵抗があります」と聞いたことがきっかけでした。男性作業員の制服も10月にリニューアルします。
法人化35周年の21年は、周年祭を考えていましたが、コロナ禍で断念。その分、社内環境の整備に取り組み、リニューアルしたのが、社員の休憩室です。狭くて殺風景だった部屋を、清潔感があってリラックスできる環境に変えました。洗面台やトイレも新しくしました。
「私が社長になってから、(従業員は)いいことも悪いことも含めて、社内の色々なことを話してくるようになりました。父も、私が娘だから言いやすい面があったと思います。親族承継は親子の折り合いがつかないということも聞きますが、逆に女性だからやりやすかったのかなと思うこともあります」
働き方改革を進めることは、事業の継続性を高めることにもつながります。
「産休や育休、子どもの急な発熱などで仕事を離れても、周りがカバーできる体制を作りたいです。仕事ができるエースがいたとしても、その人が離れると周りが大変になってしまいます。会社全体として考えると、この人がいないと仕事ができないというのは、強みだけでなく、弱みにもなってしまうと思います」
同社の取り組みは福井県や福井市から評価され、「ふくい女性活躍推進企業プラス+」(18年)と「子育てファミリー応援企業」(20年)に認定されました。
電気工事業は現場作業のほとんどを男性が担いますが、鈴木さんは「現場のことを分かることは大事ですが、現場経験の無い営業社員もいます。それぞれの立場を尊重して仕事をすることが大事ではないでしょうか」
同社が持つISO9001(品質管理の国際標準規格)、 ISO14001(環境対策の国際標準規格)は、現場未経験の女性社員が取得を勧めたといいます。「現場の『ヒヤリハット』を防ぐ取り決めなどは、経験していないからこそ、ズバッと言えることがあります」と言います。
最近では、現場で働く女性を初めて採用しました。さっそくCADなどを使用して現場の作業補助をしています。「前職の経験もあり、一つお願いしても三つ返してくれるといった感じで、細やかな気遣いをしてくれて助かっています」と期待しています。
工事業界は男女関係なく、慢性的な人手不足が課題になっており、会社の業績は人材確保にかかっています。「女性社長だから不利とは考えていません。先代はカリスマ経営者でしたが、私ならではのリーダーシップの取り方があると思います。ただ、女性経営者のロールモデルが少ないという不安もあります」
鈴木さんは今も天国の父に「こういうときは、どうする?」と何度も問いかけているそうです。「生きていて聞ける人はうらやましい。経営者の親子はあまり話さないようですが、生きているなら聞いてほしいですね。私は頭の中で考えることしかできないので」と目を潤ませます。
「父が亡くなった今も、事業承継は続いています。男女がともに活躍し、力を発揮し合える会社をつくることが、私のビジョンです」
社内の技術と先代の意思を受け継ぎながら、今の時代に合わせた3代目らしい未来をつくります。
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