「岩下の新生姜」のリニューアルから考える リーダー企業のデザイン戦略
「岩下の新生姜」のパッケージが2021年9月8日出荷分から変わります。製造元の岩下食品はその理由に「類似品対策」を挙げています。リーダーのパッケージデザインは、競合に模倣される傾向にあります。なぜ模倣されるのか、模倣に対してデザインをどのようにリニューアルをしていくべきかについて、明治大学ビジネススクール兼任講師などをつとめる「プラグ」の小川亮社長が解説します。
「岩下の新生姜」のパッケージが2021年9月8日出荷分から変わります。製造元の岩下食品はその理由に「類似品対策」を挙げています。リーダーのパッケージデザインは、競合に模倣される傾向にあります。なぜ模倣されるのか、模倣に対してデザインをどのようにリニューアルをしていくべきかについて、明治大学ビジネススクール兼任講師などをつとめる「プラグ」の小川亮社長が解説します。
目次
あなたの会社が新しい牛乳を商品化することになり、新たにデザインをする場合を考えてみましょう。
牛乳のデザインと言えば、おおよそみんなが安心する色は青と白が多いでしょう。そうなると、青と白をベースとしたデザインを選びたくなります。
文字はどうでしょうか。色は見やすく、黒か青で、横書きではなく縦書きが牛乳らしい。こう考えていくと段々、リーダーのデザインに似てくるのが想像できるでしょうか。
リーダーの模倣が多くなるのは、新たに参入しようとする競合企業が「カテゴリーらしいデザイン」をしていこうとした結果、その雰囲気がリーダーのデザインに近くなっていくからだと言えます。
模倣する側の企業からすると、買い手に混同させるような意図はなかったとしても、結果としてデザインが類似するケースが少なくありません。気が付けば、同じカテゴリーには類似デザインばかりということもあります。
もちろん悪質な模倣は不正競争防止法で訴えた方が良いのですが、実際にはそこまでいかない場合も多く見られます。
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このような場合、その商品カテゴリーのリーダー企業は、デザインをどのようにリニューアルしていくべきでしょうか。
リーダー企業がデザインをリニューアルするときの定石は、自分のデザイン資産を徹底的に強めていくというやり方です。
たとえば、コカ・コーラは数年前に自社のブランドカラーを強化するためにシリーズすべて赤色を前面に採用し、ブランドカラーの強化に努めました。
マルボロはV字のロゴ部分を強化するために、わざわざブランド名をエンボスにして見えにくくしました。このように、もともと持っていたデザイン資産を絞り込んで強化するという方法は1つの定石です。
数年前、サランラップは、競合商品の多くがサランラップのブランドカラーである黄色を採用してしまうという問題に悩んでおり、メインカラーを緑色に変えました。
雪印の牛乳も、あえて青色を捨てて、赤色でブランドリニューアルをはかりました。
しかし、サランラップも雪印の牛乳もデザインリニューアル後にシェアを落としています。ブランドオーナー側が一方的に変更しようとしても消費者がついてこない場合もあります。
さらに難しいケースとして、ロングセラーなのにデザインに守るべき資産がきわめて少ない場合があります。
冷凍食品、漬物、豆腐、うどんなどのカテゴリーではとくにそのような傾向が強くみられます。焼きおにぎり、冷凍うどん、冷凍チャーハン、絹ごし豆腐……。
こうした商品の名前を挙げたときに、特定のブランドのデザインが思い浮かぶでしょうか。どの商品も非常によく似たトーンの中でデザインが作られた結果、リーダーのデザインに特徴が見えにくくなっている場合があります。
短期的に大幅なデザイン変更を行ってしまうと、競争環境が変わったときにシェアを逆転されてしまうリスクにさらされます。
ブランド名が存在せず、商品名が「メーカ名+カテゴリー名」で構成となっているようなケースは、とくに注意しましょう。
たとえば「ニチレイの冷凍シューマイ」「ニッスイの冷凍シューマイ」「マルハニチロの冷凍シューマイ」というような名前ではブランドもデザインも育ちにくいのです。
「伊藤園の日本茶」と「お~いお茶」という2つの名前を比較すると、ブランドとデザイン資産に差が出ることがイメージできるのではないでしょうか。
こうった場合は時間をかけて少しずつ、競合との差異になりそうなところを強調して、デザインの資産にしていくことが重要です。
どのようなデザインにもちょっとした競合との差、強いデザイン資産になる可能性のある”場所”が眠っている。それを取り出して強調し時間をかけて資産にしていきましょう。
同時に、商品の品ぞろえを強化しながら市場を面でとっていく方法も有効です。エビスビールやカルビーポテトチップス、カップヌードルなどを見れば、カテゴリーリーダーでありながらも次々と新商品を投入し、市場を拡大しながら商品群でシェアを獲得している様子がわかるでしょう。
こうなると、単品のデザインが模倣されているかどうかというレベルでは競合からの影響を受けづらくなっていきます。
パッケージのリニューアル戦略や、競争ポジションによってどのようなデザインにしていくかなどは著書「売れるパッケージデザイン150の鉄則」(日経BP)に詳しく載せているので、デザインにお悩みの方は参考にしてみてください。
さて、こういった視点で岩下の新生姜のデザインリニューアルを分析してみるとどうでしょうか。
リニューアルにより、デザインの資産であるピンクの面積を広げ、岩下の新生姜という商品名、特に「岩下の」という部分を強調しています。この2点はリーダーのデザインリニューアルの定石をしっかりと守り、強調すべき資産を印象づけています。
しかし、本当の差別化されたデザイン進化はここをスタートにして、段階的に強化していくことが望ましいでしょう。勝手ながら、私だったら今後、こんな課題を持ってデザインを進化させていくでしょう。
ロングセラーデザインは、リニューアルのたびに情報をそぎ落とし、シンプルになっていきます。いわば独自の記号として機能するように情報をそぎ落とすのです。
これが定石です。赤い缶をみればコーラとわかるように、ロングセラーの完成された強いパッケージはそぎ落とされた要素で差別化された存在感をグローバルに醸成しています。
この点で見ると、今回のリニューアルでは従来の記載要素はほぼそのまま残っており、さらにキャラクターが追加されています。
キャラクターで気を付けたいのは、ブランドマーケティングに新キャラクターを活用しようとすると、そのキャラクターを認知させるために商品デザインと同じような時間と投資が必要になることです。
実は商品キャラクターが消費者に認知されないまま、中途半端な扱いになっている例はとても多くみられます。
もし、キャラクターで差別化をしようと思うのであればここにも今後、認知理解に向けた長期的な育成が必要になります。
岩下の新生姜のピンクはなぜピンクなのでしょうか。デザインやブランドにはそこに至る物語や意味があり、それが本質的な競合との差異になります。
たとえば、ティファニーが採用しているティファニーブルーは「コマドリのたまご」に由来します。
コマドリの卵はまさにあのティファニーブルーと同じ色。創業者ティファニーは土地や資産の台帳に風習として施されるコマドリの卵を意識して採用したと言われています。
ティファニーブルーには代々受け継がれるような大切な価値ある商品を生み出したいという創業者の思いが反映されているのです。
こうなると競合が色だけをまねても、ティファニーブルーはコマドリの卵という点で既に差別化されています。
岩下の新生姜のデザインの中に、こういった物語をどのように吹き込んでいくか、本当の意味でのデザインの差別化には欠かせない視点だと言えます。
リーダーの基本戦略は市場拡大です。「若掘りの生姜」を軸に、新しい新生姜の在り方を、容器や味や加工法など様々な視点で深化させ、市場を拡大していくことが、競争戦略の定石です。
市場拡大で最も恩恵を被るのは市場リーダーだからです。米菓や日本酒、ごま油など参考になる市場はたくさんあります。
従来の主力商品の競合になるような商品を自社で発売し、市場を活性化させていくことは重要な企業活動の1つですが、岩下食品公式サイトを見ると、コラボ商品が多く、本当の意味での市場やブランドの活性化が弱い印象を受けます。
リーダーのデザインはカテゴリーの顔になるため、様々な挑戦を積極的に継続的にしていくことで模倣品を振り払うスピードあるマーケティング活動が必要になります。パッケージのリニューアルや新商品、新シーンの提案など様々な角度からのアクションが継続的に求められるでしょう。
今後、新たなパッケージデザインを軸に、商品展開やコミュニケーション活動を強化させた圧倒的なリーダーとしての岩下の新生姜のマーケティングに期待したいと思います。
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