社員に不満をぶつけて孤立 時計店3代目が信頼回復へ示したビジョン
仙台市の時計卸店「後藤」を営む3代目の後藤大輔さん(33)は、家業に入った直後、不満ばかりこぼし、一時は孤立して社員を信頼できなくなっていました。自分を見つめ直し、会社のビジョンを明確にすることで、従業員をリード。メーカー依存の薄利多売体質に問題意識を持ち、新規事業を次々と提案し、生き残りを図ろうとしています。
仙台市の時計卸店「後藤」を営む3代目の後藤大輔さん(33)は、家業に入った直後、不満ばかりこぼし、一時は孤立して社員を信頼できなくなっていました。自分を見つめ直し、会社のビジョンを明確にすることで、従業員をリード。メーカー依存の薄利多売体質に問題意識を持ち、新規事業を次々と提案し、生き残りを図ろうとしています。
目次
「後藤」は1948年、後藤さんの祖父が、時計修理の下請け会社として立ち上げました。2代目の父が時計部品の卸売りを始め、次第に現在の主力である時計の卸売りも担うようになりました。
現在は、カシオ計算機の製品を中心に取り扱い、宮城県や隣県の時計専門店約300~400店のほか、ホームセンター、ECサイトにも商品を卸しています。年商は7億円にのぼります。
後藤さんが子どものころは、自宅1階に事務所がありました。「会社と家は一緒のものだと思っていて、社員に面倒を見てもらっていました」
しかし、後藤さんは自分が家業を継ぐとは思っていませんでした。カシオの時計「G-SHOCK」のブームが終わった90年代後半に、業績が悪化したのです。「売り上げが約半分に落ち込み、父からも継がないでほしいと言われていました」
大学卒業後の2009年春、後藤さんは大手住宅会社に入社し、営業所に配属されました。当時は夢もやりたいこともなく、大企業だからという理由で就職したといいます。
「でも、飛び込み営業で3千件回るように言われたり、靴のすり減り自慢が始まったりする中で、何のために働いているのか、わからなくなってしまいました」
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姉に相談したところ「やりたくないなら辞めればいい」とアドバイスされました。当時、父の体調があまり思わしくなかった一方、会社の業績は持ち直していたことから、入社から半年後に退社し、家業に入りました。
後藤さんは先輩社員とホームセンターを中心に営業に回りながら、社内の業務を学びました。その中で「業務効率が悪い」と感じることが少なくありませんでした。
「書類は手書きで、電話も当たり前。その対応のために人を雇っている状況でした。業務を効率化、共有化するため、パソコンやデジタルツールをもっと採り入れればいいのに、と思っていました」
当時の後藤さんは、社員との信頼関係が全くなかったと振り返ります。例えば、社員に「誰でもわかる料金表を作ったから、この通りやってください」など、冷たい言い方で一方的に意見をぶつけていたといいます。
「自分のやり方が全て正しいと思っていたんです。でも社員からは、機械のようだ、バカにしているのか、と言い返されていました」
後藤さんは次第に自分の殻に閉じこもり、社内で孤立してしまいました。
「上司からやり方を教えられても、自分が否定されたような気がして、反論してしまいました。当然、上司との仲は険悪になってしまいました」
後藤さんの入社後、社員による不正行為が複数発生したことも、信頼できなかった大きな理由でした。「自分1人で何とかしなければ、と考えてしまい、心を病んだ時期もありました」
後藤さんは約3年間、専務を務めた後、17年に3代目社長に就任しました。先代の父が30歳で社長になっており、同じくらいの年齢で任されたのです。「自分に務まるか心配もありましたが、張り切って頑張ろうとしていました」
ただ、父は会長として残っているうえ、母も社内で働いていました。そのため、指示を出す人間が複数いる状況になり、社員は、誰の話を聞いて動けばいいか、わからなくなってしまいました。
「母は1人で商品の受注から発送までこなせました。特に時計部品の取り扱いにたけていて、何でも対応してしまうため、社員を育てられない状況でした。母は社員に怒るのですが、そもそも、仕事を回したり、ある程度任せたりしなければ、覚えられないですよね」
後藤さんは、母に退社を求める決断をしました。「母は会社が生きがいだったので、納得していなかったと思います。でも、会社のために辞めてくれ、と話して離れてもらいました」
しばらく疎遠になった母とは、その後にじっくり話す機会があり、理解が深まったといいます。ただ、母を辞めさせた当時は、それでも社員との関係性はなかなか改善しませんでした。
後藤さんは社長就任後から、経営者向けのセミナーなどに積極的に参加し、経営や組織作りを学びました。
特に、20年に参加した宮城県中小企業家同友会の研修会で「社員を無条件に信頼せよ」と言われたことが、大きな転機となりました。
「そんなの無理だ、と思った瞬間に失神して、救急車で病院に運ばれました。過労と診断されました」
入院中、後藤さんはこれまでのやり方を振り返りました。結果を出すことにばかりこだわり、社員を信頼する勇気がなかったと気付きました。
「両親に頼りたくなくて、『報・連・相』をしてこなかったため、会社全体を混乱させてしまいました。社員の信頼があって、初めて結果がついてくると思ったんです」
後藤さんは、社員が働く目的を明確にしようと、入院中に「未来に笑顔をつなぐ時計屋」という経営理念を考えました。全社員の名刺に理念を印字し、朝礼や会議でも、理念を言葉に出すように心がけました。
「自分が本当にやりたいことを考えた時、まず浮かんだのが子どものことでした。自分の子や周りの子だけでなく、その子孫、ひいては全世界の人が笑っていられる未来であってほしい。時計を通して、そんな社会づくりに貢献したいと思いました」
後藤さんはそのため、社内の組織改革に着手しました。トップダウン型から社員主体の体制に改めようと、組織図を作って共有し、社員の役割を明確化しました。
役割が明示されたことで社員自ら改善策を考え、「報・連・相」をするように変わっていきました。
売り上げだけでなく経費まで意識して動くことを提唱し、無駄を削減するように努めました。毎月の訪問営業も、目的のあるものに絞ったほか、営業担当に一人ひとり付けていた車も共用にするなど、見直していきました。
後藤さんが役員に就いた6年前と比べ、旅費・交通費を7割削減でき、空いた時間を新規事業に充てられるようになりました。
さらに、社員の意見を反映させ、プロジェクトごとにロードマップを作成してタスクを管理し、全社で共有するよう仕組みを整えました。後藤さんは個人面談を何度も重ね、丁寧に説明しました。
「自分の考えだけを押し付けるのではなく、相手の話も聞くことを心がけました。社員とは、対等の関係でありたいという思いでした」
社員8人には、最初から完全に納得したわけではない人もいましたが、次第になじんでいきました。「今ではプロジェクト会議も、私が考えた大枠に、社員から問題点を洗い出してもらっています。意見を言い合える雰囲気になりました」
会長の父とも月1回役員会議を行い、必ず顔を合わせてコミュニケーションをとるよう改め、仕事がスムーズに進むようになったといいます。
「今は自分1人で何とかしようとは思っていません。私自身、父や社員に相談できるようになりました」
後藤さんは家業のビジネスモデルに、課題意識を持っていました。「価格決定権がメーカー主導で利益率が低く、どうしても薄利多売になってしまいます。世の中のブームなどに起因して、売り上げが上下してしまうんです」
時計の販路が時計店やホームセンターなどに限られ、新規開拓がしにくく、小さな店が海外向けに時計を販売することも難しいという、時計業界の構造にも危機感を覚えていました。
自社製品を作るにも、採算ベースに乗せるには大量生産が必要となります。中小企業には難しく、結果としてメーカーに依存せざるを得ない状況になっていたのです。
後藤さんは、メーカー依存から脱却するため、新規事業として、ホームセンターなどの従業員向けに有料で、時計の電池交換の技術講習会を企画しました。21年中に第1回の講習会を開催し、本格的に事業を始めます。
「うちの強みは、メーカーと販売先の双方から情報が集まることです。状況に合わせて的確に情報を提供すれば、日々の困りごとを解決できるのではないかと考えました」
同じく、21年からは電話やメールといったリモートでの商談を強化しています。顧客に高齢者が多くこれまでは導入が難しい状況でしたが、コロナ禍もあり、納得してもらえました。
営業の社員が社内にいる時間が増え、他の業務に充てられる時間が増えたほか、車両費も減らせました。
同社では、事業再構築補助金の採択も目指しています(21年11月末現在)。補助金を使って、UVプリンターを導入し、写真や絵をプリントしたオリジナルのアクリルクロックを作るサービスを考えているほか、事務所を改装して小売り販売を始める計画も立てています。
時計業界全体は衰退し、後継ぎがいない企業も多く、時計店や時計卸が担っていた仕事が、メーカーに移っている現状もあります。しかし、後藤さんは前を向きます。
「両親は家業の仕事は何でもこなして、社員の家族までも幸せにしてきました。先代の良いところは見習いながら、社員や取引先、自分の家族も幸せにできる会社にしていきたいです」
社員との信頼関係を構築した3代目は、その組織力で新規事業を展開し、「町の時計店」の未来を開こうとしています。
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