西陣織もアップデート ファンと育てる「文化を纏う」アパレルブランド
京都とイタリア・ミラノの2拠点生活を送る大河内愛加さん(31)は、使われなくなった素材や技術を用い「renacnatta(レナクナッタ)」など複数のアパレルブランドを立ち上げました。ファッションを通じて、職人の高齢化や後継者不足に悩む伝統産業の活性化に貢献しようと、ファンと一緒にブランドを育てています。
京都とイタリア・ミラノの2拠点生活を送る大河内愛加さん(31)は、使われなくなった素材や技術を用い「renacnatta(レナクナッタ)」など複数のアパレルブランドを立ち上げました。ファッションを通じて、職人の高齢化や後継者不足に悩む伝統産業の活性化に貢献しようと、ファンと一緒にブランドを育てています。
目次
「文化を纏(まと)う」をコンセプトに、D2Cアパレルブランド「renacnatta(レナクナッタ)」を展開している大河内さん。日本とイタリアの素材を組み合わせたファッションアイテムを企画・販売しています。その原点は、学生時代にさかのぼります。
大河内さんは、15歳のときに家族でイタリアのミラノに移住しました。当時、広告のアートディレクターになるのが夢だったことから、美術高校に進学。卒業後は、Istituto Europeo di Design(ヨーロッパデザイン学院)の広告コミュニケーション学科で、アートディレクションを学びました。
イタリアで深く共感したのは、歴史ある建物や古いものを大切にする文化でした。
当時、大河内さんが住んでいたのは、1800年代に建てられたアパートメント。学校の隣には3世紀から残る教会があったり、休日は美術館でルネサンス期の絵画を見たりという暮らしを続けるなかで、古くから残る普遍的価値があるものの魅力に引き込まれていきました。
こうしてイタリアでの生活に慣れるにつれ、いつしか日本への関心が薄れていったといいます。
そんな大河内さんの転機となったのが、2011年3月の東日本大震災でした。イタリア人の友人たちに母国のことを心配されたことから、改めて自分が日本人の代表であるという自覚が芽生えたといいます。
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「周りのイタリア人にとって、私は唯一の日本人。私次第で日本のイメージが変わるんだろうなと感じ、日本人としてのアイデンティティーを大切にしたいと思いました。これをきっかけに、日本の文化を伝える仕事に就きたいと考えるようになりました」
当時、経済産業省がクールジャパン戦略を推進していた時期で、ミラノにメイド・イン・ジャパン専門のショールームができました。そこでインターンをしたのを機に、日本のものづくりに興味を持ち、「自分でも何かつくりたい」という思いが沸き起こったといいます。
大河内さんは、IT企業の経営者だった父から、「自分にしかできないことを探しなさい」と言われて育ちました。そのため、「私にしかできないことは何だろう」と、ずっと自らに問い続けてきたといいます。
そして、イタリアに移住して10年の節目となる2016年。大河内さんが探し続けてきた「自分にしかできないこと」を自らの力で形にしたのが、「renacnatta(レナクナッタ)」です。その後、2019年9月に「Dodici」として法人化しました。
日本とイタリアの素材を組み合わせたものをつくりたい――。そう考えた大河内さんが、最初にひらめいたのが、着物とシルクのデッドストックを使ったリバーシブルの巻きスカートでした。
日本の着物で使われていない反物があることを知り、イタリアの素材を組み合わせたいと考えていたときに、ファッションを学ぶ友人から「ブランドのコレクションで使われなかったシルクがある」と教えてもらいました。こうして出合ったのが、質は良いものの日の目を見ずに眠っていたデッドシルクです。
使わ「れなくなった」イタリアのシルクと、着ら「れなくなった」日本の着物が融合し、新たに価値あるものに生まれ変わる。この背景が「renacnatta(レナクナッタ)」というブランド名につながりました。
こうした背景やコンセプトを買ってもらいたいとの思いから、販売方法として選んだのが「Makuake」です。
これが予想以上の反響を呼び、目標金額50万円に対し、2倍を超える114万円を調達しました。しかし、「予想以上に注文をもらったため、生産ラインが狂ってしまい、結果的に利益はほぼ出なかった」と振り返ります。
「ただ、全く後悔はしていません。クラウドファンディングを通して、多くの人に知ってもらうことができ、メディアにも取り上げられました。また、多くの人に求められる商品をつくることができたという自信にもつながりました」
しかし、反響が大きくなるにつれ、新たな課題に直面します。
デッドストックには限りがあるため、コンスタントに販売することができません。また、生産数が少なく、発売してもすぐに売り切れてしまいます。SNSでも「また買えなかった」という声を目にするようになりました。
今後どうしたらブランドを成長させていけるか考えていたときに、縁あって京都に拠点を置くことになります。そこで出合ったのが斜陽産業といわれる伝統工芸でした。
「伝統工芸の職人さんたちは、ものづくりの技術を何とか次世代へと受け継ぐために必死で取り組んでいます。その姿を見て、つくら“れなくなった”素材や技術を生かし、量産型のブランド展開を図ることで、もっと直接的に伝統産業に貢献したいと思うようになりました」
現在、展開しているアイテムのひとつが、西陣織を用いた「一生着られるウェディングドレス」です。
西陣織の関連企業は年々減少。職人の高齢化や後継者不足の問題も深刻化しています。そこで、「西陣織を新しい形でまとう機会を提供したい」との思いから生まれました。
これは大河内さんが自分の結婚をきっかけに思いついたアイデアを具現化したものです。挙式後もさまざまなシーンで着続けられるよう2ピースのセットアップに仕立てました。
「ドレスは着物からインスピレーションを得たデザインです。トップスはカシュクール、ボトムスは体形変化にも対応できる巻きスカートで、それぞれ単品で着ることができます。また、流行に左右されないシンプルなデザインにまとめました」
コラボしたのは、550年以上の歴史を誇る西陣織の織元、RE:NISTA代表の酒井貴寛さん。京都信用金庫のビジネスマッチングで「広幅の着物生地を織る織元さんを教えてほしい」と相談して紹介されたのがきっかけです。
「西陣織を使うアイテムだと、どうしても価格が高くなってしまいます。そうしたなか、ウェディングドレスという形であれば、一生大切にしていただける。また、ウェディングドレスとしては手が届きやすい価格で提供できると考えました」
2020年3月に「Makuake」で発売したところ、700万円以上を売り上げました。
西陣織の可能性について、大河内さんは次のように語ります。
「西陣織というと『和』のイメージが強いですが、西陣織の定義は『先染めされた織物』のこと、つまり『技術』を指します。素材は絹でないといけない、和柄でなくてはいけないという決まりはありません。西陣織は表現の自由度が高く、可能性のある織物だと確信しています」
「一生着られるウェディングドレス」に使用している西陣織は、先染めされたポリエステルの糸で織られています。
「これは、“現代に生きる西陣織”です。先人たちが引き継いできた技術はそのままに、素材や柄を現代風にアップデートした西陣織を見ていただくことで、伝統工芸を身近に感じていただければ嬉しいです」
また、西陣織でマスクも製作しました。このマスクは1カ月で約5000枚受注し、1750万円の売上になりました。
「コロナ禍にも関わらず、パートナーである職人さんたちに通常の何倍もの発注をすることができたことが何より嬉しかったです」
「発信がただただ好きで続けている」という大河内さんのSNSの総ファロワー数は、約5万8000人。SNSを活用し、ファンとともにブランドづくりをしています。
「スカート丈を長くしてほしい」「フレアスカートが欲しい」といったSNSの要望も商品づくりに生かしてきました。
「大切にしているのは、“共感者”を増やすこと。職人さんの言葉や私自身のブランドにかける思い、商品づくりで苦労した点など、ものづくりの背景を多くの人に届けることに力を入れています」
伝統工芸の職人や生産者とも、ひとつひとつ縁を紡ぎ、ビジネスへとつなげています。
夫の出身地が福岡だったことから、久留米絣(くるめがすり)の織元とSNSの相互フォローでつながりました。これをきっかけに、製作現場を見学することになり、久留米絣で巻きスカートを製作しました。
また、学生時代に大賞を獲得したビジネスコンテストの主催者である横浜のシルクメーカーともつながり、コラボ商品を企画しました。
さまざまな伝統工芸とコラボするなかで、一貫して心掛けているのが、「継続的に新作を発売すること」です。
年に数回、柄や形を変えた新作を発表することで、定期的に生産者に発注することができます。また、さまざまなデザインのアイテムを集めることで、多様なコーディネートを楽しめることから、リピーターにもつながります。さらに、新作発表のたびに発信することで、伝統工芸に親しみをもってもらえると考えています。
「『renacnatta』は、単なるアパレルブランドではありません。ファッションを通じて、お客様とともに伝統工芸の知識を深めながら、文化を築いているのです」
大河内さんは、京都の金彩職人として活動する上田奈津子さんとともに、伝統工芸「金彩(きんさい)」を施したイヤーアクセサリーも展開しています。「金彩」は京友禅の着物に金箔を施す技術で、安土桃山時代に確立したといわれる伝統工芸です。
2022年2月には、デザインを一新した新作を発売。「伝統工芸を身近に感じていただくために、気軽に身に着けられるイヤーアクセサリーにしました。前回は金の柔らかさを出していましたが、今回は、小ぶりの丸形のデザインで、よりジュエリー感を増しました」
さらに、2021年にはアップサイクルブランド「cravatta by renacnatta(クラヴァッタ・バイ・レナクナッタ)」を立ち上げ、メンズ向けの商品を展開しています。
大河内さんが新たに着目したのは、革のデッドストックです。現在、鞄の産地として知られる、兵庫県豊岡市の工場とともに革小物の展開に向け動いています。
「革=非エコと考える方もいらっしゃいますが、革も畜産副産物です。また、手入れさえすれば、革製品はずっと使うことができるという点もサステナブルだと考えました」
「私が目指すのは、メディアのようなブランドです。これからも、ファッションを通じて、ものづくりの背景や文化を伝えていくことで、伝統産業の活性化に貢献できるような影響力のあるブランドにしていきたいです」
大河内さんのモットーは、イタリア語で「Meglio tardi che mai.(遅くともやらないよりはやる方がいい)」。この言葉を胸に、伝統工芸の技術と人々の思いを紡ぎ、ものづくりの文化を未来へとつなぎます。
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