67年前の1955年8月3日、少女向け漫画月刊誌の「りぼん」(集英社)が創刊しました。

 

今でも多くの読者に愛されている「ときめきトゥナイト」(池野恋、1982年)や「ちびまる子ちゃん」(さくらももこ、1986年)を連載し、1994年には販売部数で少女漫画誌史上最高の255万部を記録しました。

ほかにも、「有閑倶楽部」(一条ゆかり、1981年)、「ママレード・ボーイ」(吉住渉、1992年)、「ご近所物語」(矢沢あい、1995年)、「GALS!」(藤井みほな、1998年)、「愛してるぜベイベ★★」(槙ようこ、2002年)など、テレビアニメ化や実写ドラマ化、映画化された作品を次々と生み出してきました。

少女漫画の文化が定着したことを伝える1977年11月6日付朝日新聞朝刊(東京本社版)

創刊から22年後の1977年11月6日付朝日新聞朝刊(東京本社版)の記事では、東京大学の学生たちが少女漫画研究会を発足させたと報じています。

その名も、「りぼん」にちなんだ「東大りぼんの会」。

「研究や評論の対象になれば一人前」という漫画界で、少女漫画も「独自の地位を固めたようである」と伝えています。

 

「なかよし」(講談社)と並ぶ2大少女漫画雑誌と評価されてきた「りぼん」。

作品とともに少女らの心をつかんだのは、工夫をこらした付録でした。

愛らしい品々からは、少女たちの心の変遷が浮かび上がります。

2017年1月20日付朝日新聞夕刊(大阪本社版)の記事

創刊当初は活字の読み物が中心でしたが、創刊3号目からイラストがついた下敷きやしおり、カレンダーの付録がつくようになりました。

誰もが「プリンセス」に憧れた1960年代。シンデレラや、かぐや姫、白雪姫、民間から皇室に入った美智子妃(現・上皇后)の付録が何度となくつきました。

「美智子妃殿下へのお手紙」と題されたレターセットは、封筒の表に「美智子様へ」と宛名があり、文章の見本もありました。

 

1970年代に入ると、恋愛ストーリーが目立つようになります。

付録にバレンタイングッズが初めて登場したのは1972年でした。

1970年代後半、身近な大学生の恋愛をテーマにした「たそがれ時に見つけたの」(陸奥A子)などがブームになり、「乙女ちっく」現象が起きます。

 

1980年代には「ときめきトゥナイト」がアニメ化され、読者が急増。

付録に漫画家とキャラクターの名前がつくようになったのもこのころからです。

「りぼん」創刊60周年を伝える2015年8月25日付朝日新聞夕刊(東京本社版)

発行部数250万部を誇った1990年代、付録づくりも大きなビジネスでした。

りぼんの付録文化をまとめた2017年1月20日付朝日新聞夕刊(大阪本社版)の記事は、「当時の編集者によると、ひと月分の付録はすべて同じ業者に発注するのではなく、レターセットはA社、シールはB社など、何社かに依頼することでバリエーションを保っていました」と報じています。

新素材や新鮮な組み立て付録の考案にも力を入れました。

鍵や引き出し付きボックスなど、紙工作の巧みを凝らした付録が続々と登場しました。

 

しかし、2000年代に入るとアニメ化される人気キャラクターが減少。

少年誌から人気アニメやゲームキャラクターが生まれる一方で、少女向け漫画は勢いを失っていきます。

 

2001年、日本雑誌協会が付録についての規定を見直し、いろんな素材を使えるようになったことで、紙の付録は役割を終えました。

市販品に引けを取らないバッグやマニキュアなど、実用性のあるものが受け入れられるようになりました。

 

インターネットやタブレット端末の普及、少子化など色々な要因が重なり、雑誌文化は強い逆風に見舞われています。

日本雑誌協会によると、りぼんの最近の発行部数は約13万部まで減りました。

 

一方で、その時代の少女のニーズに合わせて進化し続けてきた付録文化は不変です。

「ちょっとだけ大人っぽくて、可愛くて、持っているだけで幸せなもの」という志は、いまも受け継がれています。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年8月3日に公開した記事を、一部修正して転載しました)