42年前の1979年6月12日、元号の制定について定めた「元号法」が施行されました。

元号といえば、2019年4月に当時の菅義偉官房長官が「令和」を発表した場面の記憶が新しい方も多いかもしれません。

この「令和」を定めた根拠となった法律が、元号法です。

施行されたのは昭和54年(1979年)なので、この元号法にもとづく元号は「平成」と「令和」のみとなります。

新元号「令和」を発表する菅義偉官房長官(当時)=2019年4月1日、首相官邸、朝日新聞社
新しい元号「平成」を発表する小渕官房長官(当時)=1989年1月7日、首相官邸、朝日新聞社

元号法では、元号は、①内閣が制定する命令である「政令」で定めること、②皇位の継承があった場合に限り改めること――が定められています。

 

元号は、東アジアの漢字文化圏に特有の制度で、日本では645年の「大化(たいか)」が始まりとされています。

皇位の継承時や、天変地異の発生時などに時の天皇が定めていましたが、天皇一代に元号一つを意味する「一世一元の制」が始まったのは明治からでした。

この元号の決定については、明治憲法時代の旧皇室典範で規定されていました。

しかし戦後、国民主権の新憲法となり、天皇は「国民統合の象徴」とされ、政治関与も禁じられ、旧元号制も廃止されました。

元号は法的根拠を失い、「慣習」として使われていました。

 

元号法案をめぐっては、元号の存続を望む立場の人々や、元号は廃止すべきだと考える人々などの間で、さまざまな論争が交わされました。

元号法制化に反対するデモ=1979年5月15日、東京都中央区、朝日新聞社

元号法によって法制化されましたが、元号は戦後、使う機会が減り、西暦の使用が増えています。

中国やベトナムにも元号制度がありましたが、現在は使われなくなり、今は日本の元号制度が世界でただ1つの存在となっています。

 

みなさんは普段、元号を使いますか?

みなさんにとっての「元号」とは何かを考えることは、歴史を知り、国民と天皇の関係を考えること。

これからの時代をつくっていく私たちこそ、元号の意義について考えていきたいですね。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年6月12日に公開した記事を転載しました)