後藤製菓5代目は「過去の栄光」に危機感 せんべいの魅力を広げた新ブランド
大分県臼杵市の銘菓「臼杵煎餅」を製造する後藤製菓5代目の後藤亮馬さん(32)は、「過去の栄光」に危機感を感じ、創業100周年を機に味やサイズのバリエーションを増やしてせんべいの新しいブランドを立ち上げました。コロナ禍にも負けず、観光土産からの脱却を目指して商品の幅を広げ続けています。
大分県臼杵市の銘菓「臼杵煎餅」を製造する後藤製菓5代目の後藤亮馬さん(32)は、「過去の栄光」に危機感を感じ、創業100周年を機に味やサイズのバリエーションを増やしてせんべいの新しいブランドを立ち上げました。コロナ禍にも負けず、観光土産からの脱却を目指して商品の幅を広げ続けています。
目次
臼杵煎餅は軽く曲がった小麦粉のせんべい生地に、ショウガと砂糖を煮詰めた蜜が塗られているのが特色です。臼杵がかつてショウガの一大産地だったことがルーツで、江戸時代の参勤交代の携行食に用いられたといいます。
1919年創業の後藤製菓は臼杵煎餅を手がける企業の一つで、従業員は約40人になります。パッケージに描かれた臼杵大仏からほど近い場所に工場兼店舗などがあり、県内の土産品店でも販売されています。
年商は1億円で、臼杵煎餅を製造する会社では代表的存在です。
後藤さんは小さいころから後を継ぐことに疑問を抱きませんでした。「以前は自宅のすぐ横に工場があり、せんべいの香ばしい匂いに囲まれて育ちました」
従業員に「ただいま」とあいさつしたり、臼杵煎餅のロゴ入りの商用車に乗ったりするのは日常のこと。小学校3年生のとき、20年後の自分に向けた作文に「後藤製菓を継ぎ、新しいお菓子を作っている」と書いたそうです。
高校も大学も大分で、卒業後の2013年に家業に入りました。「大学卒業後もスムーズに入社しました。父は祖父が急病に倒れて突然承継したので大変だったそうです。若いうちに継がせようと前々から考えていたのでしょう」
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入社後は製造部門に入り、職人に交じって約100度の蜜をせんべいに塗りました。1人で1日千枚は塗るベテラン職人を間近で見ながら約1年間携わり、同時に父から後継ぎとして渉外的なバトンを渡されるようになります。
「初めて関西の商談会に連れられた日のことは忘れられません」と後藤さんは言います。
それまで名刺交換の経験もないのに、社長の父から「行ってこい」の一点張り。「野に放り出されるようでした」
人前に出れば顔が赤くなっていた後藤さん。取引先の小売店から「せんべい王子」と名付けられ、見よう見まねで営業を学び始めます。
実は後藤さんの入社まで営業担当はおらず、小売店の注文通りに商品を送るだけの毎日でした。かつては行っていたものの手が回らなくなっていたのですが、営業の重要性を忘れていたわけではありません。むしろ大切さをわかっていたからこそ、先代は後藤さんを早めに営業の現場に送り出したのでしょう。
後藤さんも他社の営業マンの売り込み方を間近で見るうちに、営業の大切さに気付きます。催事にも積極的に出店するようになると、違和感を覚えるようになりました。
「お客様に直接販売するうち、臼杵煎餅を買って下さる方がシニア層ばかりなのに気付きました。当時は私も20代だったので同世代が選ばないのはわかります。しかし、30〜50代の方も食べないというのは意外でした」
後藤さんにとっては生まれた時からある特別なせんべいでした。しかし、世間ではそう見られていないのではと思い始めたのです。
父からは常々「大分の代表的な銘菓」と聞かされていました。「でも、それはお菓子が今ほど世に出回っていない時代の話で、過去の栄光だったんです」
後藤さんは次第に危機感を抱くようになります。創業100周年の節目となる2019年が目前に迫っていました。
「100周年のチャンスに30〜50代にも商品を届けたい」。そう考えた後藤さんは、中小企業基盤整備機構の「よろず支援拠点」に駆け込み、財務諸表の見方や労務関連、SNSの活用法など経営について学びました。
県の中小企業支援事業の窓口とも相談しながら、100周年にふさわしい新商品の開発を目指し、メーカーとクリエーターをマッチングさせる大分県のクリエイティブ・プラットフォーム構築事業を活用しました。
まんじゅうや洋菓子などのアイデアが出ましたが、後藤さんはあくまで臼杵煎餅をベースにした新商品を作ろうとしました。
「ただ売り上げが上がればいいのではなく、100周年は伝統食の臼杵煎餅を残す新商品にしたいと思いました。先代はせんべいをベースにした斬新な商品を生み出していました。私も父のようにせんべいの形は守りつつ、臼杵煎餅そのものの魅力をストレートに届けたいと思いました」
そんなとき目にしたのが、熊本県の銘菓「誉の陣太鼓」で小さいサイズが発売されるというニュースでした。それは、16年の熊本地震で工場が被災した影響でやむなくリサイズしたものでした。
「誉の陣太鼓は昔から大好きでしたが、小さいサイズが可愛くて。そこで臼杵煎餅でも小さくしたものを作ろうと考えました」
一方、味のバリエーションは、臼杵煎餅のショウガ風味と相性が良く、地元の特色があるフレーバーを複数試しました。
臼杵のしょうゆを使ったみたらし味や、有機栽培の紅茶やほうじ茶、食用の竹炭なども試しましたが、最終的にカボスやきな粉に決まり、パッケージは30〜50代を意識したデザインとなりました。
100周年を記念した新商品ブランドは「イクス・アティオ」と名付けました。「OITAUSUKI」(大分臼杵)を逆に読んだのが由来で、地域への思いを込めました。
「イクス・アティオ」の開発で一番のハードルは、サイズを小さくすることでした。小さい型は数百万円もかかり、取り換え作業に丸一日必要だったのです。
「新しい型はあきらめて既存の型を活用し、小さく生地を落として焼いてみました。できたと思ったのもつかの間、今度は生地があとを引いておたまじゃくしみたいになったんです」
それでもあきらめず、材料の配合を変更するなどして試行錯誤し、ようやく丸く焼き上げることができました。
サイズが小さくなった分、割れやすくなるという問題も発生しました。割れにくくするには生地を硬く練らなくてはなりません。しかし硬すぎると今度は丸くは焼けず、分量のバランスに苦労したそうです。
さらに蜜を塗るときに指が生地に触れやすくなり、従業員から「熱いし、やりにくい」と言われます。「職人さんを説得しながら慣れていただき、ようやく今の形になりました」
「イクス・アティオ」ブランドは18年に完成。伝統の臼杵煎餅が大胆に変わったことで、注目を集めました。前述した大分県のクリエイティブ・プラットフォーム構築事業で、マスコミや関係者に向けた成果発表の機会があったことも後押しとなりました。
有料広告は一切出さなくても一気に売り上げが上がり、会社の総売り上げは半年で140%増になりました。
19年にはショウガやきなこ、かぼすで味付けした一口サイズのせんべい「百寿ひとひら」シリーズを「イクス・アティオ」ブランドで発売し、ヒットしました。
しかし、「イクス・アティオ」が順調に広がりだした矢先、コロナ禍に見舞われ、観光需要が消失してしまいます。後藤製菓の売り上げは一時期は前年比7割近くになり、会社も一時休業しました。
手立てを模索した後藤さんが思いついたのが、せんべいの手塗りを体験できるキットでした。休業中に家にこもった従業員から「時間を持て余す」と聞いたのがヒントになったのです。
ショウガの搾りかすを活用したジンジャーパウダーを使えば家庭で蜜を再現でき、社内に箱製造部門があったため、発売まではスピーディーでした。
体験キットは3240円で、水と電子レンジと耐熱容器があれば、手軽に臼杵煎餅を楽しめます。全国に先駆けてできた体験キットは、多数のメディアに取り上げられ話題となりました。
加えて後藤さんは観光需要に頼るばかりでは頭打ちと思い、手土産以外の商品展開も考えるようになります。臼杵煎餅は数十年前まで、家で常備して備蓄品のように食べられていたという話を思い出しました。
「江戸時代は保存食だったので、原点回帰で大分ならではの保存食というポジションができるのではと思っています」。どのような商品展開にするかは検討中ですが、将来は宇宙食の道も考えているといいます。
先代は自身の経験から、なるべく早く後藤さんへの代替わりを考えていましたがコロナ禍の影響で予定が伸び、後藤さんは21年7月に5代目社長に就きました。
その際、先代からはこんな言葉をかけてもらったといいます。
「若いうちは失敗しても良いから挑戦しろ」
「経営者は社内のどんな業務も、プロフェッショナルにならずとも知っておく必要がある」
21年には後継ぎたちがアイデアを競い合う「アトツギ甲子園」に出場して「イクス・アティオ」をアピールし、ファイナリストの1人になりました。
ジンジャーパウダーなどを使って、フードロスを解消する商品を発売するなど、持続可能な開発目標(SDGs)にも力を入れています。
22年5月には有機ショウガを主役にした新ブランド「生姜百景」もデビューします。オーガニック専門店を中心に生姜茶や栄養ドリンク、蜂蜜漬、チョコレートなどを製造販売し、オーガニック専門店を中心に展開予定です。将来は自社でのショウガ生産も予定しています。
「100年以上の歴史のなかで、せんべいに使うショウガにも真剣に向き合ってきました。臼杵をショウガの産地として復活させ、文化を残していきたいです」
「正直、順風満帆な状態で継承したとは言えません」と振り返る後藤さん。それでも「何とか守らなければという使命感を持ったお陰で、多くの方から力をもらい、機会に恵まれました」とも言います。
同世代の後継ぎ経営者には次のようなメッセージを送ります。
「後継ぎは厄介なことも多いけど、従業員や歴史を背負って次の時代へとつないでいます。これからも続く歴史の一部分にいると思うと、今しか、そして私しかできないことをやろうと思います。家業に生まれたのなら、ぜひ後継者になっていただきたい。一緒に力を合わせてがんばりましょう」
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