「この子たちに活躍の場を」 ツイッターで呼びかけた土田化学4代目
兵庫県丹波市の株式会社土田化学は、プラスチック関連製品の設計や製造を手がける、創業74年目のメーカーです。4代目の土田翔大さん(27)は2021年秋、会社員を辞めて家業に入りました。ある日、納品基準を満たさず廃棄される製品の山を見つけ「もったいない」と感じます。ツイッターでアイデアを募ったところ、意外な利活用に結びつきました。
兵庫県丹波市の株式会社土田化学は、プラスチック関連製品の設計や製造を手がける、創業74年目のメーカーです。4代目の土田翔大さん(27)は2021年秋、会社員を辞めて家業に入りました。ある日、納品基準を満たさず廃棄される製品の山を見つけ「もったいない」と感じます。ツイッターでアイデアを募ったところ、意外な利活用に結びつきました。
目次
土田化学は、土田さんの曽祖父・秀吉さんが1949年に創業し、服飾用のプラスチック製ボタンの製造からスタートしました。その後、眼鏡用ネジ、自動車や照明器具の部品など、様々な分野に製品を広げました。従業員数は20人、2022年5月期(2021年6月~2022年5月)の売上高は約1.9億円です。
「好奇心旺盛な性格だった2代目の祖父が、取り扱う製品の幅を広げました。何かに特化せず幅広く手がけるスタイルは、今に引き継がれています」
創業家4代目の土田さんはそう語ります。製品が広く分散されているおかげか、コロナ禍でも大きな打撃を受けませんでした。現在の主力製品は、一般家庭で広く使われる照明器具のカバーです。
土田さんは家業に入る前、農薬メーカーで4年間、営業をしていました。子どもの頃から就職するまで、家業への関心は低かったといいます。そこから一転、家業を継ぐ決心をしたのはなぜでしょうか。
土田さんは小学2年生の時、友達から「翔ちゃんのお父さんは会社の社長なんだよね?」と言われ、驚きました。父・光一さんが社長だと自覚していなかったからです。
家業を知らなかったのは、光一さんが家で仕事の話題を出さなかったからです。光一さんには若い頃、後を継ぎたくないと考えた時期がありました。「自分の子どもには好きな道を歩んでもらいたい」という親心から、積極的に家業の話をしませんでした。
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さらに小学校高学年の頃から、土田さんは家にいる時間が短くなりました。中学受験のため遠くの塾に通い、県外の中高一貫校に進学。大学時代は大阪で1人暮らしだったからです。こうして家業に触れる機会は減りました。
大学では経済学部で学びながら、登山部で各地の山に登り、「食が体をつくる」と実感したそうです。就活では、保険や証券といった目に見えないものより、「食に関わる、形のある商品を扱いたい」と考えました。より良い農薬を農家に届けようと新商品を次々開発するスピード感にひかれ、農薬メーカーに就職します。
入社3カ月後には鳥取県に配属され、4年間、農家や農協の人たちを回って鍛えられました。同業他社の営業は40~50代が多く、知識量では劣ります。しかし、行動力やフットワークの軽さを武器に競い合いました。
仕事に慣れてきた頃、子どもたちと関わる鳥取のボランティアグループに入りました。週末はシャボン玉や工作で遊んだり、子ども食堂でお弁当を作ったりしました。読書量も増え、経営に関する本を読み漁るようになります。
実は土田さんは中高時代、学級委員長や生徒会役員を務め、大学でも各校の学生登山部の集まりで中心的存在でした。そのせいか、メーカーに勤め続けることに次第に違和感を覚えるようになったそうです。
「会社員のままなら、長い下積み期間を経て、やっと支店長や部長になれるかどうかです。それなら事業全体を自分で仕切れる経営者が一番楽しそうだ、と思いました。その頃から電話やLINEで父と話すことが増えました」
いずれ起業したい。そういえば子どもの頃、宇宙飛行士に憧れた。今は宇宙で農業をする研究が進んでいるらしい。いずれ宇宙でイチゴを栽培する時代が来るなら、今からイチゴ農家で修行でもしようか――。
「そんな話を父としていた時です。父が『ゼロから起業するのもいいが、めちゃめちゃ業績の悪い会社を立て直すのはどうだ? きっといい経験になるぞ』と言ったんです。思わず『そんな会社があるの?』って聞いたら、『うちや。土田化学や』って」
じゃあ挑戦してみようかな――。2020年秋、家業を継ぐことを初めて意識しました。
その後も光一さんと対話を重ね、仕事やボランティア活動を通じて様々な人と交流し、考えを深めました。「たまたま自分には家業がある。父の言う通り、確かに得がたい経験ができそうだ」と気持ちが傾きかけていた時、光一さんから課題を出されます。
「もし本気で土田化学に入るなら、飯のタネになるようなもうかる仕組みを1つ見つけてこい」
新規事業を発案せよ、というのです。土田さんは家業を通じて解決しうる社会課題や、ターゲットについて考えました。しかし、いいアイデアは浮かびません。
その頃、土田化学の大口の取引先から「そろそろ後継者の準備を」という要望がありました。土田さんは2021年秋、課題をクリアしないまま、土田化学に入社しました。
その後の半年間、取引先の現場に受け入れてもらい、射出成形の技術をみっちり教わります。射出成形とは、プラスチックを熱で溶かし、金型に流し込んで固める手法です。取引先は広い工場を持ち、工程を体系的に学べる環境が整っていました。
「射出成形は奥深いです。基本的な機械操作は習えばできますが、プラスチックは生き物です。その日の気温や湿度に応じて微妙な温度調節をしないと、うまく製品ができません」
あいさつの仕方や従業員を気遣う視点も教わりました。土田化学の工場に戻ったのは、2022年4月のことです。
「新規事業を見つける」という課題を自分はクリアしていない――。取引先での修行中、土田さんの心の中では、そんな思いがくすぶっていました。
そんな時、目についたのが「第2回アトツギ甲子園」です。アトツギ甲子園とは、全国の中小企業の後継者候補が家業の経営資源を生かした新規事業プランを競う、中小企業庁主催のイベントです。
エントリーするためのアイデアを練っていた時、土田さんはあるイベントで見かけた光景を思い出します。イベント終了後、会場を飾る大量の花が廃棄されていたのです。
同様に、飾られた花が捨てられてしまう、でも「もったいないから持ち帰りたい」というニーズのある場面はないか。結婚式はどうだろう。持ち運びの簡単なプラスチック製の花器があれば、フラワーロスの解決になるのでは――。
プラスチック製花器を開発し、結婚式の出席者向けに提供する。さらにプラスチック製花器に入った生花のサブスクサービスを一般向けに展開する。そんな企画を練り、アトツギ甲子園にエントリーしたのです。
並行して、当事者へのインタビューも行いました。結婚準備中の女性たちが情報収集用に使う「#プレ花」で検索し、SNS上で話を聞いたのです。女性たちは土田さんのアイデアをポジティブに受け止めてくれました。しかし、結婚式場関係者へのヒアリングは実現せず、式場向けサービスに行き詰まりを感じます。
次に、プラスチック製花器の展開を深掘りしようと考えました。インタビュー中、女性から「実家では花を飾っていたが、今は小さい子どもがいて危ないので花瓶を置けない。花も飾れない」と言われたのがヒントになりました。プラスチック製花器なら落としても割れないし、当たってもけがをしにくいはずです。
再びSNSで、子育て中の人が使う「#子どもがいる暮らし」で検索し、インタビューしました。しかし、多くの人がすでにプラスチック製花器を持っていたり、子どもの手の届かない場所に花瓶を置いていたり。進展の糸口をつかめないまま、アトツギ甲子園は2022年2月の2次審査で落選。ファイナリスト15人には残れませんでした。
「花器の試作品を作ったり、さらに多くのインタビューを重ねたりできれば、よりよい事業計画を作れたかもしれません。土田化学ならではの独自性も足りなかったです。何より、モノを作って売るというビジネスモデルから脱却できませんでした」と土田さんは振り返ります。
とはいえ、新たな気づきや学びを得た上、2次審査まで進んだことは大きな自信になりました。
土田化学への入社直後から、土田さんは「作業の無駄をなくしたい」と考えてきました。例えば倉庫の中身の配置換えに取り組み、物を見やすく取り出しやすくしました。
そんな中、射出成形機で生産するある部品が、わずかな傷などを理由に廃棄されていることに気づきます。射出成形には難しいとされる形状で、不良品の発生率が高かったのです。
「全体の10%前後が廃棄対象で、とてももったいない。しっかりした容器の形をしているので、何かに使えないかと考えました」
直径約13センチ、高さ約4センチの凹型です。製品としては不合格でも、見た目も触り心地も問題ありません。
いろいろ試してみました。水を入れて桜の花びらを浮かべてみたり、針をつけて時計にしてみたり……。活用例のアイデアを募集しようと、ツイッターで呼びかけることにしました。すると、40件以上の提案が寄せられたのです。
「何も反応がなかったら恥ずかしいと、少し気後れしました。でも、思い切って投稿したら、みなさん親身になって考えてくれた。とてもうれしかったです。何が何でも形にしようと心に決めました」
中でも、子どもの遊び道具として活用する提案に心を引かれました。油性ペンでお絵かきしたり、伏せた緑色の容器を大地に見立てて動物のフィギュアを置いたり。製作の材料を入れる小物入れにも使えます。
カラフルに塗装された容器は2022年4~5月、ツイッターで手を挙げた大阪や東京の保育施設4カ所に発送されました。大阪や鳥取で開かれた子供向けイベントにも登場しました。
小さな子どもが大切な物を入れた容器を両手で持って歩く様子に、土田さんは目を細めます。利用した現場からは、「出っぱりがなく扱いやすい」と喜ぶ声が寄せられました。逆に「容器の上に乗って遊ぶ子のために滑り止めのゴムをつけてほしい」「なめても安全な塗装を」といった要望もありました。
「予想以上の需要があると分かりました。改善点も見つかりましたが、これは使っていただいたからこそです。自社製品の開発から販売までのイメージを具体化することもできました」
「やっぱり自分は人とつながることが好き」と言う土田さん。今回は、カラフル容器を介して様々な人とつながることができました。次は丹波地方の小中学校で、廃材の利活用について紹介するワークショップを計画しています。将来は顧客と多くの接点を持ち、新商品開発につながるようなワクワクする話をしたい、と語ります。
工場の入り口には、品質や出荷のトラブル件数が一目でわかるボードを置きました。トラブルゼロに向けた「見える化」です。ボードの裏には、社内のニュースも掲載。ツイッターでの呼びかけや、社外でのイベントの様子を報告しています。社員が会社を誇りに思えるように、と願いを込めたたそうです。
土田さんは毎朝7時前に出社。夕方5時に操業を終えた後、家業の後継ぎが集まる「アトツギU34」のオンラインミーティングで事例を共有したり、社外の知り合いに設計ソフト「CAD」の使い方を教わったり。事務の効率化を考えていたら夜11時まで社内にいた、ということもあるそうです。
「父には、焦るなよと言われます。でも、私が30歳の時に代替わりするというのが、父との間の共通認識です。あと2年半ほどですし、今やれることに全力で取り組みます」
27歳の今が人生で一番充実していると、土田さんは笑顔で話しました。
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