バスケ元日本代表がフィットネスクラブをM&A 地域密着で挑む黒字化
バスケットボール元日本代表の伊藤俊亮さん(43)は、家業の不動産業の経営を引き継ぐと同時に横浜市のフィットネスクラブをM&Aで取得し、「ブルーゲートヨコハマ」として開業しました。プロアスリートのキャリアを生かし、子ども向けのチアリーディングスクール開設や、法人会員制度の改革など地域密着型の経営で、コロナ禍からの反転攻勢に意欲を燃やします。
バスケットボール元日本代表の伊藤俊亮さん(43)は、家業の不動産業の経営を引き継ぐと同時に横浜市のフィットネスクラブをM&Aで取得し、「ブルーゲートヨコハマ」として開業しました。プロアスリートのキャリアを生かし、子ども向けのチアリーディングスクール開設や、法人会員制度の改革など地域密着型の経営で、コロナ禍からの反転攻勢に意欲を燃やします。
目次
身長204センチの伊藤さんは中央大学卒業後、東芝、リンク栃木、三菱電機、千葉ジェッツふなばしなどの強豪チームで活躍。積極的なツイッター発信でも人気を博し、バスケットボールBリーグのソーシャルメディアリーダーを受賞しました。
伊藤さんが小学生の時、会社員だった父の秀之さんが独立し、ラ・シェールという会社を起業しました。当時は時計やおもちゃなどを輸入する仕事でしたが、その後会社を売却し、2002年に不動産業のベルニとして業態をシフトしました。
伊藤さんは小学生のころ、父の姿を見て「自分も何かを経営する仕事がしたい」という夢を持つようになりました。
スポーツでは最初、水泳やラグビーに夢中でした。大人気マンガ「スラムダンク」にあこがれてバスケットボールを始めたのは中学に入ってからです。
神奈川県立大和高校、中央大学では中心的選手でしたが、競技一辺倒ではありませんでした。中大では社会人になるための基礎を学ぼうと、総合政策学部を選びました。
卒業後は、当時実業団だった東芝(現川崎ブレイブサンダース)に入団します。「午前中はみっちりと仕事をしました。グローバル企業で社会人経験を積めるということが、入団の決め手になりました」
↓ここから続き
その後はプロアスリートとなって国内の強豪を渡り歩き、日本代表にも選ばれました。2015年にバスケットボールBリーグが発足すると、伊藤さんは千葉ジェッツふなばしに移籍。18年までプレーを続けて引退しました。
経営者への道のりは、ここから本格化します。
伊藤さんは現役中から引退後のことを考え続けてきました。「バスケを活性化させるには、プロ野球やJリーグのようなプロリーグが必要だと感じていました」
将来は魅力あるクラブチームを経営したいと思い、千葉に入団した時も「引退後はぜひフロントスタッフとして事業を手伝いたいと申し出ていました」。
Bリーグ発足で伊藤さんの描く将来像が少しずつ動き出し、引退後は自ら望んで千葉のフロントスタッフとなります。
マネジャー、事業部長を兼務し、広報活動、物品販売、デザインなどを手がけて「チーム運営のイロハをすべて学びました」。
伊藤さんはほぼ1年間休む間もなくチームに貢献し、翌19年に独立しました。
「自分の夢やビジョンに向かって全ての精力を傾ける一方、家族との時間をまるっきり作れませんでした。自分の夢だけでなく家族との時間をも大事にする。その両立を探った結果が独立という形でした」
伊藤さんは父が経営していた不動産業のベルニで働くことを決意。父は意外な方向転換に驚きつつも温かく迎え入れてくれました。
「私がベルニに入ると決めた時点で父は代表取締役を譲り、業務内容の仕分けをきっちりと始めました」
ベルニの代表取締役となった伊藤さんには、スポーツ事業に携わりたいという目標がありました。父の時代から付き合いがあった日本M&Aセンターから、横浜市中心部にあるフィットネスクラブ経営の話が持ち込まれたのは、経営者になって間もなくのことでした。
「当初は手がけたことのない業務に戸惑いもありましたが、フィットネスクラブ経営について調べると、場所や時間の提供という点で不動産業との共通点が多いとわかりました」
石川県にあるフィットネスクラブの運営会社は、関東進出を計画していましたが、実際には地の利が生かせない状況でした。そのため、横浜の店舗だけを譲渡したいという条件だったといいます。
「地元のことは中華街の真ん中にあるベルニが熟知しています。地元横浜に貢献できるのは魅力の一つでした」
横浜のフィットネスクラブを分社化する条件でベルニがM&Aで引き受け、子会社として設立したビスタが、フィットネスクラブの経営を担うことになりました。
最初に譲渡の話があったのは、新型コロナウイルスの感染拡大直前。順風満帆の船出ではなかったはずですが、伊藤さんは迷いなくフィットネスクラブ事業を引き受ける決意を固めました。
伊藤さんが経営を引き継いで立ち上げた「ブルーゲートヨコハマ」は、延べ床面積約1450平方メートルを誇ります。スタッフは9人で、マシンフロアのほか、本格的なホットヨガスタジオや、サーフボードに乗ったユニークなバランストレーニングなど独自のプログラムを行うスタジオを備えています。
「会員数の増加が見込めなければ、クラブそのものの運営が成り立ちません。コロナがこれほど長引くことは想定外でしたが、いずれ収束すれば、どうやって魅力的なコンテンツを増やして会員数を上げて、定着させていくかは永遠の課題です。それはプロリーグのクラブ運営とも共通すると感じていました」
M&Aの後も従業員はほぼ全員が伊藤さんの元に残りました。
「地域密着型で、地元の人たちに愛されるクラブを作ろう」
それが、伊藤さんの新たな会社のミッションとなり、経営の柱を次の三つに定めました。
この夏からはスタジオを活用して子ども向けに、空手とチアリーディングのスクールを開講します。チアリーディングはBリーグクラブ「横浜ビー・コルセアーズ」のチアスタッフが指導することになりました。
「現役時代のチームメートが、引退後に横浜のGMになった縁でプログラムが実現しました。ユースやチアスタッフの方にも利用していただきながら、スクールを開講します」
これは地元クラブと子どもをつなぐ、プロジェクトの第1弾です。
「子どもたちが習ったチアリーディングを、実際の試合で披露する機会を作る。すごく大きなモチベーションになるはずです」
また、地域に発表する場や検定や競技会などがあれば、子どもたちのやる気がアップするはずと考えています。
子どもたちが活躍する場には、その家族や友人がついてきます。子どもがスクールに通う時間帯に家族がフィットネスで汗を流す、という楽しみも増えます。子どもたちの笑顔を地域へと広げるのが、伊藤さんの望みです。
千葉のフロント時代に経験した法人営業は、ブルーゲートヨコハマでも力を入れたいと考えています。
「法人会員の制度をチケット制に変更しようと思っています。そうすれば、会員企業の従業員だけでなく、お得意様やご家族が利用できるし、そこから個人会員に誘導することもできるでしょう。(家業の)ベルニが元々持っている取引先も多く、法人会員の可能性は大きいと感じています」
まだクラブを運営してから日は浅いですが、2021年度の年商は4400万円と、順調に滑り出しました。
21年春から本格的にフィットネスクラブの運営を始めた伊藤さんは、3年後をめどに黒字化を目指すといいます。
「フィットネスクラブは、スポーツの入り口(ゲート)だと思っています。ヨガでリラックスしたい人も、めちゃくちゃ汗をかきたい人もいる。そしてゴルフやテニスなどの上達を目指してトレーニングしたい人も通っています。本格的に何かを追求したい人に、道筋を示してあげられる存在でもありたい」
子どもから高齢者まで集まれば、地域が活性化する場になります。「キッズスクールが軌道に乗れば、これらの歯車が自然とスムーズに回っていくのではないかと考えています」
チアリーディングスクールをきっかけに、横浜ビー・コルセアーズとのパイプを太くすれば、地元のバスケットボールファンを増やすことにもつながります。長年プロ選手として活躍した伊藤さんだからこそのアイデアであり、夢の実現でもあるのです。
千葉ジェッツ時代に付き合いのあった千葉県八千代市の製氷会社「小久保製氷冷蔵」(KOKUBO)とは、今も取引があるといいます。同社は大手コンビニエンスストアなどに並ぶ商品「ロックアイス」で有名です。
現役時代からアイシングの重要性を実感していた伊藤さんは、経営者になってすぐに同社との取引を開始しました。
「スポーツの現場で氷はとても重宝されますよね。けがをした時だけでなく、スポーツ直後のアイシング、熱中症対策には欠かせません。また、本格的にトレーニングしている人が飲むプロテインドリンクにも使われます。水だけだとダマになりやすいのですが、氷を入れると簡単に混ざり合うんです。メーカーを地元の学校などにも紹介し、体育の授業や部活動に生かしてもらう計画もあわせて考えています」
家業の不動産業とのシナジーも考えています。「場所の時間貸し」というビジネスの根幹に、不動産業のノウハウを生かせると感じていたからです。
「経営譲渡以前は、せっかくの設備を持ちながら収益に生かしきれていないスペースがありました。それを改めて整理してプログラムを見直しました。スペースの有効活用はベルニで学んだ経験が生きました」
また、不動産に関わる様々な業者との取引があるので、循環ポンプや配管などのトラブルにすぐ対処できることも家業との相乗効果の一つといいます。
「何より横浜地区の再開発計画をベルニが把握していることから、地元の活性化をいっそう促進できると感じています」
現在、父親はベルニの一社員としてこれまでの業務を続けながら、伊藤さんの新事業が円滑に進むようにサポートしているといいます。
「父には本当に感謝しています。父の姿を見て僕は経営者として事業を推進できています」
スポーツを深く理解する若き経営者として、この先見つめているビジョンは「人に喜んでいただくこと」といいます。
「日本のスポーツシーンは今後もっと拡大すると思っています。まだバスケの試合を見にくるのはかつての経験者ばかりで、どう広げていくのかが課題です」
「また、健康にいいことはわかっていても、体を動かすのは面倒と感じている人もいます。そういう人たちにどうやって地域のスポーツクラブに来ていただくのか。スポーツを一つのきっかけとして、より良い人生の一部にしていけるように、僕らがリードできればと考えています」
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。