消費が減り続ける米に嗜好品の価値を 山田屋本店6代目が見つけた商機
創業117年の米店「山田屋本店」(東京都調布市)は、飲食店や学校などへの卸業を主軸に、本店や銀座三越内での小売りも担います。6代目の秋沢毬衣(まりえ)さん(33)は、米の消費量が減り続ける日本で嗜好品としての可能性に商機を見いだしました。イベントの企画やパックご飯の開発を進め、生産者と消費者の架け橋になろうと挑み続けます。
創業117年の米店「山田屋本店」(東京都調布市)は、飲食店や学校などへの卸業を主軸に、本店や銀座三越内での小売りも担います。6代目の秋沢毬衣(まりえ)さん(33)は、米の消費量が減り続ける日本で嗜好品としての可能性に商機を見いだしました。イベントの企画やパックご飯の開発を進め、生産者と消費者の架け橋になろうと挑み続けます。
目次
山田屋本店は1905年、「山田屋精米所」として調布市内で創業。同市に店舗兼事務所「お米館」、銀座三越内に米店「銀座米屋彦太郎」を構え、山梨県中央市に国際的な衛生管理基準のHACCP認証を受けた精米工場もあります。
米の年間取扱量は3500トンで、販売構成比は飲食店や学校給食など業務用米が8割、小売りが2割。年商は14億5千万円にのぼります。
調布の「お米館」では玄米25~30種類、白米10~15種類を扱い、全国から届いた玄米の米袋が並びます。どれも産地や品種、銘柄、特徴などを明記し、お客さんは必要な量をその場で精米してもらえます。
量り売りの仕組みを整えたのが、4代目で秋沢さんの祖父・岩佐敬山さんです。量より質を重視する時勢をいち早くつかみ、全国の農家を訪ねて直接米を仕入れ、販売する流れを作りました。
5代目の父・秋沢淳雄さんは2006年からブランド米を2合で真空パックする個食包装販売を始め、ギフト用として重宝されています。
そして6代目の秋沢さんは、ハンバーグや麻婆豆腐など料理ごとに米を選ぶ楽しみ方を提案。食べ比べイベントの開催やパックご飯の開発、販売促進に力を入れています。
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農林水産省によると、1人当たりの米の年間消費量は1962年度の118キロをピークに、2020年度は50.8キロにまで減りました。しかし、秋沢さんは悲観していません。
「今は1日3食お米を食べる人はなかなかいません。1日のうち1食を楽しみながら選んでもらえるように提案したい」
秋沢さんは物心ついたころから、米とともに成長しました。毎日の朝食では、日本に2人しかいない上級米飯食味評価士(日本精米工業会認定)の母・美佳さんから「今日炊いたお米は何?」とクイズが出されました。
粒や味、香りから産地や品種を当てるなど、特徴を楽しみながら覚えていきました。
祖父母や両親からは「生産者さんあっての商売。関係性を大事にしなければいけない」と言われて育ちます。
「子どものころからお米農家さんを訪ねていて、全国各地に親戚がいる感覚です。大雨や台風が来ると聞けば、心配で電話することもあります」
家族から「店を継いでほしい」と言われたことはありませんが、秋沢さんは小学校のころ「朝はおにぎり店、午後は米店を営業し、そのうち2時間は画家として好きな絵を描く」と日記につづりました。
秋沢さんは日本女子大学家政学部で酢のフィールドワークを手がけたのをきっかけに、食酢メーカー・内堀醸造(岐阜県)に入社しました。
同社は飲む酢の専門店「OSUYA GINZA」を展開。秋沢さんは新たな酢の楽しみ方を提案する「酢ムリエ」として活動しました。「現在取り組んでいる『料理に合わせてお米を選ぶ』という提案にも通じます」
3年後、家業に入ることを見据えて内堀醸造を退社。その後の半年間の欧州留学も刺激になりました。東京五輪開催が決まった年で、今後は多くの外国人観光客が来日すると考え、「海外でお米がどのような食べ方をされているのかを知りたいと思いました」。
マルタ共和国と英国に滞在し、予想以上に米食文化の浸透を実感しました。「おかずと一緒にご飯を詰めてくれる総菜店が多く、すしや天ぷらだけではない日常の日本食が各国の食文化と肩を並べていると感じました」
一方、そうした店で扱うのは中国米やカリフォルニア米が中心。「安価なお弁当の値段を考えると妥当ですが、日本のお米のおいしさが知られていないのはもったいないと思えました」
秋沢さんは帰国後、26歳で山田屋本店に入社。「五つ星お米マイスター」(日本米穀商連合会認定)などの資格も取得して接客販売に携わるようになると、調布の「お米館」と銀座の「銀座米屋彦太郎」で顧客ニーズに違いがあると実感しました。
「お米館は常連さんやファミリー層が5キロを主食で買うのに対し、銀座では少量を複数選ぶお客さんが主流です。お米を野菜や魚と同じ生鮮食品と捉え、米びつ感覚で利用する方が多いのが印象的でした」
銀座三越では「夕食のハンバーグに合わせてお米を買いたい」などという相談もあり、「ハンバーグはジューシーなので弾力と粘りのある品種がおすすめです」などと提案しました。そんなやり取りの中で、米が主食から嗜好品へと変わりつつあると感じました。
秋沢さんはできるだけ産地に出向き、生産者の情熱を聞いて接客に生かすようにしています。逆に生産者には接客で得た気づきや消費者のニーズなどを伝えているそうです。
「栽培方法などは必要以上に口を出さないよう気を付けると同時に、量り売りの玄米は特に石抜きや異物除去の徹底をお願いしています。生産者さんはお米が銀座に並ぶことで士気が高まるようで、お互いに高い意識を持つことができています」
日本で作られる米の品種は約800種類で、特にここ10年は新品種が多数デビューしています。しかし、秋沢さんは「お客様がお米を選びきれていないのでは」と思うようになりました。
米の品種改良は長くて10年以上かかることも多いといいます。一方、消費者は食べ慣れた米を買い求めるのがほとんど。デビューしても埋もれたままの品種がたくさんあるのです。
様々な料理に合わせた品種の提案で、これまでより一歩踏み込んだ伝え方ができるのではないか――。
秋沢さんが18年に「オコメコレクション」というイベントを企画しました。「名前はパリ・コレクションにちなみ、お米の優劣を決めるのではなく、それぞれの個性を知って楽しむ機会になればと思いました」
イベント会場を借りるために一人で企画を練り、「米屋彦太郎」を出店する銀座三越にプレゼンしました。断られることも覚悟していましたが、バイヤーも同年代で「山田屋さんの想いに応えたい」と協力してくれました。
「『食卓のシーンを提案するのも百貨店の使命。ただ売るだけでなく、エンタメとしてのお米の売り方は面白い』と共感してくれました」
生産者も積極的で、各県から炊飯器持参で駆けつけました。
会場では「平成生まれのお米」というテーマで、味覚チャート付きのトレーを配りました。気分や好みに合わせて選ぶと「おにぎり」「お弁当」「お茶漬け」などにたどり着きます。
入場料500円で9県13銘柄を食べ比べできるとあって、会場は盛況でした。外国人の姿も目立ち、ワインのマリアージュに例えて選び方を伝えると納得してくれたといいます。
会場には山形県の人気イタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフも招き、イベントを盛り上げました。
19年のオコメコレクションでは「ブレンド米」をテーマに、それぞれの銘柄に合う「ごはんのおとも」を紹介。来場者にカルテを配り、回答結果から2~3種類をその場でブレンドする「オーダーメイド米」にも取り組みました。
ブレンド米というと「安価な混ぜ物」というイメージを抱きがちですが、「飲食店への卸ではお店が目指す味に合わせたブレンドが一般的です」といいます。
「小売りのオーダーメイド米で、山田屋本店ならではの米の楽しみ方を打ち出せれば、米価に左右されない強い店づくりができると考えています」
コロナ禍の20年はオンラインでオコメコレクションを開催。事前送付した米の食べ比べのほか、画面上でヒアリングして後日オーダーメイド米を届けています。
秋沢さんは20年からパックご飯(1合分)「極一膳(きわみいちぜん)」の開発に着手しました。「これまで知らなかった品種をさらに手軽に試せるようにという思いでした」
時期によって品目は異なりますが、約9種類の銘柄をそろえています。
一般的なパックご飯は、大量に炊いた後に小分けに詰め、殺菌のために再加熱します。
「再加熱の工程により、米の持ち味を最大限発揮できていないのではと感じていました。一度の加熱で炊飯と殺菌ができれば、炊きたての味をそのままお届けできるのではと考えました」
複数の製造元のパックご飯を食べ比べし、官能評価を実施。お米本来の味を十二分に引き出せていると感じられた製造元に依頼しました。綿密に打ち合わせを重ね、銘柄ごとに水分量を調整して炊き上げるよう工夫を凝らしたといいます。
「一人暮らしや高齢者の方はもちろん、海外でも日本のお米を知ってもらえる機会になると考えました」。日本産米を海外で販売する企業WakkaJapanを通じ、米ニューヨークにも輸出しています。
21年には元サッカー日本代表の中田英寿さんがプロデュースする「にほんものストア」からの依頼で、「農家さんのサブスク米」をスタートさせました。
「卵かけごはん」や「サンマと秋鮭」などに細分化してそれぞれにぴったりの米を厳選。秋沢さんは「米マスター」として、生産者や米の上手な炊き方、料理ごとの楽しみ方などを紹介するコラムも手がけます。
「これまで2キロずつの注文だったお客さんが、3キロに変更してくれることもあり、お米を食べる機会や量が増えていると実感しています」
22年春には、都市部の米作りを応援する「東京お米サロン」を同世代の仲間と立ち上げました。東京都国立市の西野農園13代目・西野耕太さんと協力し、田んぼの様子をSNSで発信。田植えや刈り取りの体験やオンラインイベントなどで、都市農業を身近に感じてもらうのが目的で、現在までに170人以上のメンバーがいます。
「東京都の食料自給率は1%以下。特にお米の生産量は年間約400トンで、山田屋本店の精米量2日分程度しかありません。同じ都市部でもパリやニューヨークの方が自給率が高く、危機感を持っています」
秋沢さんは今後「お米のデザイナー」として、生産者とともに米のブランディングやプロデュースに携わりたいといいます。
「私が担当しているのは山田屋本店の事業の2割に過ぎません。大きなロットでの目利きや買い付け精米など、8割を占める業務用卸は父から教わらなければならないことがたくさんあります。事業承継についてはゆっくり向き合っていきたいです」
夢はパリでオコメコレクションを開催すること。「一緒に行きたい」と言ってくれる生産者たちとともに、米の新たな未来を見据えています。
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